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一枚目 「努力したって、報われない」

 努力したって報われないのは、時代のせいだと思う。

 このご()(せい)、「努力すれば報われる」なんて思っている奴、絶対にいないだろ。

 だって、街中を歩けば、死んだ魚のような目をした奴ばかりうろうろしてやがるじゃないか。

 ここはゾンビタウンかよ、バイオハザード的な何かが起こっちまったのかよ! って、腹の底から叫び散らかしたくなる。


 まぁ俺も、そんな人間のうちの一人なのであろう。

 新卒で給料の良さそうな会社に就職し、今日、なんとか初給料日を迎える。

 必死に汗水流して働いた……とは言えないんだが、それでも上司に怒られながらも手に入れた初給料。俺は、この瞬間を心待ちにしていた。


 そういえば、社内報で新入社員紹介なんてものを載せるから書いてほしいと頼まれた用紙に、「初給料は何に使いますか?」という在り来たりな質問があったな。

 当然、俺は「親に何か買ってあげます」と書いてやった。

 が、そんなことするわけがない。そんなのは嘘だ、嘘! つうか、本当のことを書く奴いんの? 居たら見てぇ、拝んでみてぇ。そいつの爪の垢煎じて飲むわ。オエッ。

 何に使うかは、就職する前から決まっていた。ラノベに漫画、それにゲーム。まぁ、ゲームといってもエロゲーなんだけど。

 特にエロゲーは前々から目星を付けていた。

 今月初めに発売された、『むちきゅん☆魔法少女』というタイトルのエロゲーだ。

 この作品は、不動の人気を誇る『むちきゅん☆ふぁんたじー』を始めとした、『むちきゅん☆』シリーズの最新作である。

 だからか、エロゲーファンの間で注目されていただけあって、発売が二ヶ月も延期になった時には泣きそうになったけど。

 でも、今はそれはそれで良かったと思っている。

 親から貰える最小限の小遣いを貯めてでしか買えなかったエロゲー達。月に何十本と発売し、そのうちの数本しかプレイできない学生時代。

 だが、今となっては親の魔の手から解放され、社会人という自由の身になり、自分で稼ぎ、欲しいものを自分で手に入れられる。それに一人暮らしも始めたお陰で、親の到来にビクビクすることもなく、好きな時間に賢者タイムを味わうことができるんだ。

 幸せだ。この生活が幸せすぎるッ!

 俺は薄暗い空の下、ほんのりと明かりが灯る住宅街の中でガッツポーズを決めてやった。


 あとは、可愛い彼女でも出来て、童貞をめでたく卒業できるんならいいんだけど。

 日本じゃビッチな奴しか居ないしな。海外だと……うん、なんかめんどくさい。

 それに贅沢を言えば、俺の『初めて』は大好きな人とがいい。

 いっそ、よくラノベとか漫画とか、ゲームとかであるような異世界トリップってのしてさ、ハーレム状態でウッハウッハしながら、俺ツエエェェエェ! 的な感じを経験してみたい。

 そんなことを考えると、俺の口から自然と溜め息が漏れ出す。

 そんなウマい話があるわけがないんだ。知ってる。

 きっと俺の未来は、どうでもいい女と付き合って、流されるまま結婚して、なんとなくやっちゃったら出来ちゃって、子供が産まれて……。それで、ただのオヤジになって、子供や妻から(うと)まれて、ただのジジィになって寂しく死んでいくんだ。

 そんなことを考えていたら、また溜め息が溢れる。

 そんなウマい話なんて無いんだよ。そんなのは、ラノベや漫画、ゲームの中の話だけだ。実際になんて起こりうるはずもない……ないんだ。


 俺の気分がどん底になりかけた時、住宅街の明かりにほんのりと照らされて、前方からイチャイチャするカップルがやってくる。

 こっちは仕事帰りで疲れてるってのに。見せつけるようにチャイチャイしやがって。

 ここは公共の場だぞ? 自重しろよ、自重。

「リア充なんて、爆発しろぉぉぉぉおぉおぉおお!」

 俺は、カップルに向かってつい叫んでしまった。だって、見てるとムラムラ……じゃない。イライラしてくるから。

 すると、カップルが怪しい人間を見るような目付きで俺を睨んでくる。男の方なんか冷たい視線をこちらに向けて、まるで彼女を不審者から守るように遠ざけてすれ違っていく。

「あの人、絶対に童貞だわ」

 すれ違い様に俺を見ながら、女が男に言っているのが聞える。って、絶対にワザとだろ。

 つうか、俺を童貞って呼ぶな! 童貞って言っていいのは俺だけなんだぞ、まったく。

 二人の後ろ姿を目で追いながら、「()ぜろ、爆ぜろッ!」と言っていると、ズボンのポケットにしまい込んでいたスマートフォンから音楽が流れる。

 毎日、夜八時にアラームが鳴るように設定してあるんだった。

 俺はその音を聞いて、はたと時間が無いことに気が付く。

 こんなことをしている場合じゃない。俺はこれから『むちきゅん☆魔法少女』を買いに行くんだった。

 ただでさえしたくもない残業してしまったというのに、余計に帰宅が遅くなり、俺の嫁達との甘くてエロエロな時間が作れないじゃないか。

 そう思い返した俺は、足早にゲームショップへと向かう。


――そんな時だった。

 俺の視界に、ひらひらと舞う何か映る。

 木の葉でも落ちてきたかと思ったが、四月に木の葉が舞うわけないだろ。って言うか、ここ住宅街だし、木なんてどこにも見当たらない。

 そう思いながらも、目を凝らしてその物体を見た。

 白くて、びらびらしてて、ふりふりで、三角形で……。

 その物体は、ゆっくりとアスファルトの上に落ちる。

 気になった俺は小走りでそれに近付くと、それをまじまじと見た。

「これ……、パンツ?」

 つい口に出してしまう。多分、女性用のパンツだ。男が穿くと、大事なムスコが食い込むアレ。

 俺はそれを見て生唾を飲み込む。

 母ちゃんの穿き古したよれよれのパンツしか見たことなかったから、俺の股間がバーニングする。

 っていうか、こんな綺麗なパンツ、パンツフェチな俺ですら見たことない。

 俺にとって、『パンツ』とは某ネズミーランドと同じ。

 だって、現世でこんなにも夢の詰まった品物、そうそうないと思うんだ。

 勿論、穿いている時にも夢が詰まっているんだけど。

 童貞の発想なのかもしれないけど、単品で見ていても、どんな人が穿いていたかと妄想を膨らませれることがとても楽しい。興奮する。

 美人かな。それで、ちょっとエロい感じの大人系? いやいや、はたまたちょっと見た目幼女なのに、脱ぐとボインでエロスな子かな?

 ……って、ちょ! やばい、妄想しすぎた。やばい! 俺の息子が大暴走し始めてるッ! テントどころじゃないよ、これピラミッド状態だよ!

 道端でこんなピラミッド状態のまま徘徊してる所見られたら、もろ変態じゃん! いや、変態なんだけど。

 やばい、どこかで落ち着かせないと……。こんなんで逮捕とか、マジ勘弁して!

 慌てふためいていた俺だったが、すぐに冷静になった。いや、ムスコが冷静になったのではなく、俺の理性がついに吹っ飛び、考えが悪い方に向かったのだ。

 よくよく思えば、どこからともなく落ちてきたこのパンツが悪い。だったら、このまま家に持ち帰れば良いんじゃね? それで、部屋の中でくんかくんかして――……それで。

 俺の口元が緩み、そっとそのパンツに手を伸ばす。手に掴み、懐に忍ばせようとした――その時。

 急に足下のアスファルトが光り出した。

「な、なんだ!?」

 光り輝く大きな円が、俺を包んでいる。

 円の中には更に円があり、その中には見たこともない文字が並んでいる。

 もしかして、これって……魔法陣ってやつ?

「ど、どうなってるんだよ!?」

 ビックリしてしまった俺は、その場に尻餅をついてしまう。驚きのあまり、俺の股間に(そび)え立っていたピラミッドは姿を消してしまった。

 なに、この展開? え、何? これってどんな超展開?

 俺が困惑していると、魔法陣はより光り出す。

「うお! まぶしッ!」

 そう叫んだとたん、光と共に俺の意識は飲み込まれていった。



   ***



 頭が痛いな。なんだかガンガンする。

 俺は重く閉じた瞼を開く。視界に入ったのは真っ白な空間だった。

「どこだよ、ここ」

 辺りを見回すと、上も下も、右も左も白一色の世界。そんな何もない真っ白な世界に、俺はぽつんと佇んでいた。

 あれかな。真上に隕石が落ちてきて、ちゅどーんしたらそのまま俺死にました。そんな俺を見かねた神様が「別の世界に蘇らしてやろう」みたいなフラグ立って、生まれ変わった俺、ツエエェェエェ! しながらのハーレムハーレム! みたいなパターンかな。

 ……だったら嬉しいな。

 そんなことを思っていると、頭の中に声が響く感じがした。

――(なんじ)の名を教えよ――

 すると、俺の目の前に一人の女性が現れた。ウェーブのっかかった金髪のロングヘアーで、黒いローブに身を包んでいるが、そこから覗くほどよいボディライン。目は丸く、瞳の色は藍色で、肌の色は色白という俺の好みにどストライクな女性だ。

 だけど、一つ気になったのが、額にもに目があることだった。第三の目というのか、邪気眼というのか。でも、不思議と気持ち悪いとは思わなく、整った顔立ちにマッチしていて神秘的な印象を受けた。

「そなたの名を教えよ」

 その三つ目の女性は俺に言う。その声は、頭に響いた声とはまた別の声であった。

 彼女、神々しいオーラを放ってるから、女神様か何かかな?

 そう思ってから俺は少し悩む。

 だって俺、自分の名前が嫌いなんだもの。

「……そなたの名を教えよと言っておる」

 痺れを切らしたのか、三つ目の女神様っぽい人が言ってくる。

 どうしよう。でも、フルネームで言いたくない。

「……()(どう)

 俺はとっさに苗字だけを答える。すると、三つ目の女神様は眉毛をぴくりと動かして口を開く。

「全て教えるのじゃ」

 彼女にはお見通しのようだった。

「フルネーム……ってこと、だよな?」

「ふるねーむと言う言葉がよく理解できぬが、全ての名を名乗ってくれぬと困るのじゃ」

 そう言われても、俺だって困る。でも、言わないと転生出来ないってことなんだよな。

 俺は渋々口を開き、俯いてから名前を教えた。

(さだ)(たね)

 悔しい。フルネームで答えたくなかったのに。俺の名前は、文字にするとさらに酷くなるんだよ……。

 だが、俺のこんな気持ちを察しれない三つ目の女神様は、無情な言葉を投げかける。

「通して言ってくれるかの?」

「……なんで」

「〈契約〉のためじゃ。それがないと、先に進められぬ」

 困った顔で三つ目の女神様が言う。

 なんだって! 転生をする為には、女神様と〈契約〉なるものが必要だったのか! 〈契約〉することによって、「魔法少女」ならぬ「魔法青年」になって、女の子とあんなことやこんなことを……!

 いや、もしかしたら『むちきゅん☆魔法少女』の世界に転移、もしくは転生するための〈契約〉とか?!

 凄く、いいです!

 ……でも、名前を続けて言うのが辛い。

 …………でも、転生してチーレムやりたい。

 そう思った俺は、勇気を振り絞って名前を口に出す。

「き、どう…………、さだ、たね」

「続けて、正確に……じゃ」

 俺の気持ちがわからない女神さんは、またそう言い放つ。

 くそッ、やけくそだ! またあのあだ名で呼ばれるじゃねぇかッ! そうなったら、女神様の全裸を拝んでやるからなッ!!

「鬼童貞胤ッ!!」

 そう叫ぶと、俺の顔全体が熱くなる。


 そう、俺の名前は()(どう)(さだ)(たね)

 普通に読めば格好いい名前だよ。鬼童とか貞胤とか、本当に個別では気に入ってるよ。

 だけどさ、よく見てくれ。俺の苗字と名前を繋げるとさ、「童貞」の文字ができあがっちまうんだよ。

 そのせいで、小学校高学年から大学を卒業するまでのあだ名が「童貞くん」だった。

 確かに俺は童貞なのには変わりない。だけど、知らない奴も俺のことを「童貞くん」呼ばわりするから、凄く嫌だったんだ。


 だが俺のフルネームを聞いても、三つ目の女神はふっと微笑むだけだった。

「キドウ・サダタネ……」

 そう呟いてから、三つ目の女神は俺を見てから満面の笑みを見せる。

「わらわの名はオルフェリア・グランヴァーレ」

 そう三つ目の女神が名乗ると、真っ白な世界がキラキラと輝き出す。ただでさえ目が痛いのに、余計におかしくなりそうだ。

――その名の(もと)に、〈契約〉する――

 また、頭に声が響く。

 最初の時にも聞えたが、この声はなんだろう? と考えていると、俺の胸から『鬼童貞胤』という文字が飛び出てくる。オルフェリアと名乗った三つ目の女神の胸からも、何かの文字らしき物体が飛び出した。

 多分、彼女から出てきた文字は、異界の文字で書かれた彼女の名前、『オルフェリア・グランヴァーレ』という文字なんじゃないかな。

 俺と彼女の名前がふわふわと漂うと、俺の名前が彼女の胸の中に飛び込んでいく。そして、彼女の名前が俺の胸に飛び込んで来て俺の中へと入ってきた。

「気持ちわるッッ」

「安心するがよい。なんの害もないから、大丈夫じゃ」

 そう言われても、異物が体内に入ってきたんだから、気持ち悪いものは気持ち悪いに決まっている。

「〈契約〉が終わったのじゃ。ではキドウ、わらわはあちらの世界で待っておるぞ」

 そう言うと、オルフェリアが消えていく。

 ……って、あれ。「あちらの世界で待っておるぞ」ってどういうことだ? もしかして、神々の世界に転生? うおッ、もしかして邪神フラグって事か?

 そう考えていると、また俺の足下にあの魔法陣が現れる。ただでさえ眩しい世界なのに……もう目がチカチカするよ!

 そう思っていると、余計に白く光り出した魔法陣のまぶしさに耐えかね、俺は目を閉じてしまう。

 そして、そのまま少しずつ意識が遠のいていった。

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