謁見の間
馬車の中で嗅いだ薫りはオブリーにも効果が出たらしい、彼でも緊張するんだとルディは内心驚いた。ウルリヒは北に位置する国のため冬が長く、この季節は春の恵みに感謝する気持ちが国中に溢れている。空気はハヴェルンより澄んでいて、山から流れる雪解け水の流れが美しい。芽吹いたばかりの草木も今を盛りにと美しい景色を作り出し花々も我先にと咲き誇っている。建物はやはり冬の重くのし掛かる雪に耐えられる作りが多く、これはカリンへの返事をどう書こうかと考えているうちに王宮の門前に着いていた。要塞の様に聳え立つ城に気後れしながら入城の手続きをすませ、出迎えたこちらの国の魔法省の技師長という方が出迎えてくれた。
「初めまして、ハヴェルン国より参りましたニーム・ロドリゲス・ガウス国家魔法魔術師です。この度は留学のお招きを頂きありがとうございます。こちらは、私の執事で同じく国家魔法魔術師のガルディ・スティル・エイナル・オブリーです。これよりニ年間お世話になります。」
「やぁ、長旅で疲れたでしょう。私はウルリヒの魔法省で魔法魔術技師長を務めるニーム・ユーグ・ゴーチェ。ガウス魔法技師長のご子息の噂はこのウルリヒ迄聞こえております、お会いできるのを楽しみにしておりました。では、まずは国王陛下への謁見をいたしましょうか。陛下もお待ちかねでした。ジルベール王太子が幼少の砌にそちらの国に療養に訪れた際に出会われた赤子であった貴殿がこの様に立派になられこちらへ留学されるとは・・・あの時の一行には私も加わっていたのですよ。いやあ、本当に立派になられた。」
「え、では僕を拾って下さった中に・・・あの、ありがとうございます。お陰様で命拾いをし、こうしてお会いできるなんて。何とお礼を申し上げていいのか・・・」
「ははっ、お気になさらず。さっ、陛下がお待ちです参りましょう。」
謁見の間の扉の前でオブリーさんは廊下で待ってもらう事になった。ルディはもう一度、馬車の中で嗅いだ薫りを思い出す。カリンの「大丈夫ですよ。」と、囁く声が聞こえた気がした。
「失礼致します、陛下。ハヴェルン王国よりニーム・ロドリゲス・ガウス国家魔法魔術師殿が只今到着されましたので、ご挨拶にお連れ致しました。」
国王陛下の前に導かれ跪き言葉を待つ。
「うむ。よく来てくれたニーム・ロドリゲス・ガウス。面を上げてくれるか。」
「はい。ハヴェルンよりウルリヒ王国への留学のお招きありがとうございます。また、この度は我がハヴェルン王国第一王女ヴィルへルミナとウルリヒ王国第一王子ジルベール殿下との御婚約が整いました事御祝い申し上げます。ハヴェルン王カルステン陛下よりウルリヒ国王陛下及びジルベール殿下に宜しくお伝え頂く様言付かって参りました。また、今回病に伏されておられるバルバラ王妃陛下に於いては癒術師として養母の代わりによくお仕えし、一日も早くご回復をされる事を御見舞い申し上げるとのことです。これよりニ年間若輩者ですがこちらの魔法省においてよく学び精進し王妃陛下には殿下のご成婚迄のご回復が出来ますよう努力精進致しますので宜しくお願いします。」
「ん。相分かった、こちらもハヴェルン王の愛娘ヴィルへルミナ王女と我が息子ジルベールの婚約を国を上げて喜んでおる。さて、挨拶はもうよいので遠慮なく顔を見せてもらえぬか?養母上殿が来られぬのは残念じゃか、かつてジルベールがハヴェルン王に送り届けた赤ん坊がこの様に成長したのを早く見てみたいとここにそのジルベールも来ておるぞ。」
「その節は、私の命を救って頂き有難く存じております。是非一度お会いして御礼を述べたいと思っていました。私の様な者のためにこの場に起こし頂き言葉もございません。お言葉有難く頂戴致しまして失礼ながら拝謁させて頂きます。」
ウルリヒ国王フィルマン陛下は焦げ茶の髪に同じ色の瞳をし口元には品良く髭を生やしておられる方だった。そして、その王座の隣に背筋良く立つ長身の青年がジルベール殿下だ。父王と同じ色の瞳をしているが髪の色は明るい茶であった。その風貌はやはり第一王子らしく品良く優しい眼差しで僕を見入っている。
「ウルリヒ国第一王子ジルベールだ。久方ぶりだな、ルディ。もっとも、君の方は全く覚えていないだろうけれど、あの日の事は私ははっきり覚えているよ。ツェツィーリアは元気だろうか?君の養母となられた方と、気候の良いハヴェルンでの療養であれからすっかり丈夫になった。私こそ君達に感謝しているよ。ニ年もある、またあの頃の話をゆっくりしよう。本当によく来てくれた、この後は私が母上の所に案内をしよう。よろしいですかな?父上。」
「そうだな、バルバラも早く会いたいだろう。すぐに案内を頼む。では、ガウス国家魔法魔術師殿。近いうちに歓迎の宴を催す。その時にまた会おう。」
「承知致しました。」
最敬礼をし見送ると王座の場所から殿下が降りて来られた。
「ふん、背丈が同じ位になったな、うちの弟よりまだ伸びそうだ。よし、ゴーチェ。弟達を母上の所へ呼んでくれ、ルディは私が連れて行く。ああ、外に君の執事も控えているだろう彼は先に君らの部屋へ案内させておこうか。」
そういうと着いて来いとさっさと歩き始めた。広い廊下を侍従も連れず歩く。
「君の愛称、何故ルディか知ってるかい?」
「いいえ、気づいたらそう呼ばれてました。」
「名前を付けたのはツェツィーリアだ。私はもっと柔らかい名前にすべきだと4・5日二人で討論したよ。当時、私の3番目の弟が生まれたばかりでな。つまり君と同い年になる、名はイニャス。私は病も辛かったがイニャスと離れるのがもっと辛くて、侍女があの場で君を拾ってきた時にはそれ迄の塞いだ気持ちが晴れていったよ。」
「そうだったんですか。」
「ところがだ、ハヴェルン王に報告するとすぐに魔法技師長らが現れ最後に呼ばれたツェツィーリアが連れ帰ると言うから、5歳にして初めて自分の国家権力を行使したんだ。ウルリヒ国第一王子の名に於いて命ずる、その者を連れ帰る事は赦さぬとな。」
「え・・・」
振り返りニッコリ笑うと告げた。
「君の所有権で小さな戦争が起きたんだ。」
「・・・」
ルディはこの先の話が嫌な予感しかせず、聞きたくないのを愛想笑いで誤魔化した。
一旦投稿しましたが他話とあまりに長さが違うため途中で分けさせていただきました。内容は変わりません。