生まれた場所で
かつてあったというその村は今はもう本当に誰も住んでいない気配だった。廃虚や、疫病を食い止めるため家ごと焼いた後があちらこちらに残っている。街道からは少し入った場所で日当たりは良く川も流れており、昔は確かに人々が畑を耕し普通の暮らしをしていたのだろう。そして、その家は少し奥まった場所に建っていた。そう、まるで今朝まで誰かいたかのように建っていたのだ。木造の家の玄関には短い階段を上がりデッキの端には揺り椅子がある。そっとドアノブを回すと鍵はかかっておらずすんなりと中に入れた。誰がしてくれたのか家具などには白い布がかけられており殆ど埃から守ってくれていた。流石に床は埃で白くなっているが長い事放置されていた割には綺麗な方だ。寝室が二つ、客間が一つに台所と食堂兼居間。寝室の一つには小さなベッドと人形があった。
「ここでルディ様はお生まれになられたのですね。」
「うん、あまり実感がわかないけど両親は苦労してこの家を建てたんだろうな。」
「外、見て見ましょうか?」
「うん、そう離れていない場所に墓標があるはずだ。」
そう思って外に出たが家の周りには見当たらない少し歩くと川と反対側の小高い丘の上に病で亡くなった人の名を刻んだ墓石があった。
「村人全員の名が刻まれていてはどなたがご両親なのか・・・」
カリンが残念そうに呟く。
「いや、いい。今日はわからなくても魔法省で調べればすぐにわかるよ。川の方に行ってお昼にしようか。」
来る途中で買った昼食を出しカリンが敷物を敷いてくれたので二人で並んで食べる。
「でも、いいところですよね。のどかであのお家も少し手入れすれば住めそうなくらい綺麗でしたし。」
「・・・・」
「黙っていても私、わかりますよ?」
「・・・やっぱり?」
「当たり前です。」
「うん、そうだなカリンには隠し事できないや。」
ふふっと隣で笑う。
「オブリーさんが結婚するだろう?僕も仕事を始めなきゃいけないし、力も安定したからもうあの離れには住まなくていいと思うんだ。そりゃ、就職先がシュヴァリエ公爵家専属魔法師なら別だけど。あそこの家はアナスタシア様とオブリーさんていう二人の魔法師がいるからこれ以上は必要ない。だから、多分僕は王宮に仕える事になると思うんだよ。そしたら・・・」
「私はルディ様の専属侍女ですから何処ででもお待ちしていますよ。例えば先ほどのお家とか。」
「いやでも、王宮勤めになると家に帰るのも難しいくらい忙しくなるかもしれないよ?」
「はい、公爵家の旦那様や御子息様を見てきて知っています。」
「私はあのお家を綺麗にしてルディ様がお疲れになった時にゆっくり休めるよう整えておきます。ダメですか?」
確かに離れに住み続けるのはなんだか申し訳ない。だけどこれから年頃になる娘と侍女とはいえ2人で住むのは・・・。
うーんと唸りながら考えているとカリンがあっさり答えを出した。
「心配ないですよ、ルディ様は私の後見人ですから私はルディ様に保護される権利があります。」
「へ?あ、そうか。そうだよ、僕は君を侍女以前に立派に育てなきゃいけないんだった」
なんだか簡単に話をまとめられて拍子抜けしてけど、それなら世間体も保てる。
「それに私、誰に何と言われようと平気です。」
はは、まいったな。
「じゃあ、まず仕事探し。それから離れの話。次に許可が出たらあの家の修繕。かな?」
「犬とか飼ってもいいですか?」
「勿論、君の家でもあるんだから。」
「やったー!楽しみですね!」
「そこまでの道のりが大変だけどね。」
孤児院育ちで離れを住まいとしていてもやはり自分の帰る家というものに憧れがあったようだ。昼食を片付け再度あの家を外から見て回る。カリンはいたくこの家を気に入ったようで草を刈ってあそこをああしてと色々考えている。空は青く白い雲が浮かんでいる、18年前の僕もこの風景の中にいた、そして近いうちに妹分のカリンとここで暮らすことになるのだろう。カリンの望む犬を飼い、小さな畑を作るのもいいかもしれない。できるだけ、普通の生活をさせてあげよう。いつかは離れていく彼女を思えばそれがいい。ウィレムは怒るだろうな。まあ、仕方ない。カリンがここから通うなら馬必要だと言う。じゃあ、馬小屋も必要だ。ついでに鶏も飼おうか、両親もそうやって少しずつ揃えていったのだろう。そして僕が生まれて、平凡に慎ましく暮らしていくはずだった・・・。もう一度この場所に帰り、そしてここから始めよう。新しい生活と託されたあの子を育てながら。