幸福な妃殿下
「あら、もう帰ってしまうの⁈」
アルベリヒから帰国の話を聞いたヴィルヘルミナは素直に驚いた。
「あぁ、今までは婚約期間として我慢できたが昨日からのお前達を見るともう甘いケーキをこれでもかと食わされた気分になるっ。」
「おや、兄上さてはヤキモチですか!」
ジルベールは長子であるためいよいよ本格的に兄と呼べる事が嬉しくて仕方ないようだ。しかし、それすらアルベリヒを逆撫でする。
「阿呆か。お前ごときになぜヤキモチなどやかねばならん。とにかくヴィルヘルミナも無事ウルリヒ王国に受け入れられた。快く思わん者の掃除も終わった。つまり、私たちの仕事は無事終了したということだ。このまま居てもしヴィルヘルミナに里心がついてみろ、面倒な思いはさせたくない。だから、明朝出発する。」
「お兄様・・・」
「お前はもう立派なウルリヒ王国王太子妃だ。次期王妃になる存在だ、今までのように頼りになるアナスタシアもいない。だが、私達はいつでもお前の幸せを願っている。」
ついさっきまでは目の前で王太子夫妻が甘い雰囲気を醸し出していた、しかし一転して今ではヴィルヘルミナは兄にひしっと抱きつき涙を溜めている。
アルベリヒはヴィルヘルミナの髪を優しく撫でた。
「いいか、ミンナ。一掃したとはいえ、どこに何が潜んでいるかわからぬ。しかし、お前たちは女神ハプトマンの祝福により婚儀を挙げた。今までのような自由気ままな王女としての時間はあの時終わりを告げたのだ。これからはウルリヒ国民の規範となるよう務めねばならぬ。ハヴェルン王家の誇りを忘れず国王夫妻始め新しい弟君らに愛されるようにな・・・」
「・・・・・・はい、お兄様。」
「おい、ジルベール。ぼやっと見ているなら連れて帰るぞ。」
「いえ、まだお別れをせねばならない方が」
そう言われアナスタシアが近づいて行った。姉妹の様に育った二人の別れもさぞや辛いだろう。暫く何事か会話を交わしていたがヴィルヘルミナからアナスタシアの額に自分の額を合わせにっこりと笑う。
「次はあなたの番よ。婚礼には必ず駆け付けるわ。お兄様より遅れたら許さないから。」
そう言われたアナスタシアも笑いながら
「殿下がお相手を見つけるのを待ってたら私、おばあちゃんになってしまうわ。約束よ、必ず来てね。」
それからお二人がカリンを手招きした。
「カリン、昨日はお務めご苦労様でした。あんな素晴らしい式は見たことがないと国中の貴族も神殿の方々も感激していたわ。本当にありがとう。貴女には感謝してもまだまだたりないわ。いつか、貴女が花嫁になる時には私から是非ドレスを贈らせて頂戴。」
「え⁉︎と、とんでもないです私なんか一介の侍女に。私はヴィルヘルミナ様のそのお気持ちだけで十分でございます。」
「あら、ダメよカリン。貴女には私とシュヴァリエ公爵家の名にかけて相応しい相手を見つけるから。」
「お!そうだ、私の嫁に来い。歳の差などなんとかなるだろう。今回までの間にお互い気心も知れたしな。カリンなら王家も承諾するだろう。」
「ちょっ!黙って聞いていたらカリンはまだやっと12歳になるところなんですよ、王家が認めても後見人の僕とウィレムも認めませんよっ。幾つ違うと思ってるんですか。」
「し、失礼ながら私もアルベリヒ殿下はお断りです。いっつも言うこと聞かれませんし。殿下は私の武術の師でいてください!」
「え!お前はまだそんな歳なのか。それは・・・・マズイな。近隣国に幼女趣味と噂が流れては困る。アナスタシア、相手探しはしっかり頼んだぞ。」
泣いて、笑って、そんな風にハヴェルン一行はヴィルヘルミナに別れを告げた。