ブランディーヌ・デ・ブロワト
私はブロワト男爵令嬢として生を授かった。一人娘でそれは大切に育てられた。生まれた時から住む古城は郊外にあるが森に囲まれた立派な建物でそこに住む自分はお姫様なのだと信じ込んでいた。そして、当然いつかウルリヒ王家の王子様がお迎えに来てくださると。
しかし、年齢が上がり経営する雑貨店などへ両親に連れられ街へ出る事が増えると世間がなんとはなしに理解できてきた。
お城に住むお姫様であるはずの自分は身分で言えば下位貴族であり、到底王子様が自ら迎えになど来る家柄としてはハズレだということ。蝶よ花よと育てられたが、世間にはまだ上の魅力ある少女が存在すること。
私は理不尽なこの立場に苛立ちを感じた。資産はある。時には伯爵家などからも貸付を願われるほどに、住まいも他の高位貴族に劣らない立派な城に住んでいる。使用人も沢山いて欲しいものはなんでも手に入る。
なのに、一人娘であるが故にいつの日か入り婿を迎え男爵家を継ぐ事が屈辱的に感じた。私にはもっと相応しい立場が似合う。そもそも、このブロワト家の名は古の魔女の生家であり、何代か前にその血筋は途絶えたがその後全くブロワトの血縁でない祖先が功績をあげた褒美に継ぐものの絶えていたブロワト家の名と男爵位を頂いた。
迷惑な話だと、ブランディーヌはいつも思っていた。魔女ブロワトは既にお伽話に出る様な存在であるがそれでも貴族の中にはその名を忌み嫌う者がいる。これでは、自分は生涯呪われた家名から抜け出す事ができないではないか。
そんな折、一人の娘が新しく侍女として入ってきた。なんでも娘の家は魔女ブロワトの時代からこの家に仕えていて、年頃になったのでいよいよ侍女として血筋が変わっていようとこれまでの先祖と同じくブロワト家に仕える事になったのだ。名をクララという娘はブランディーヌと年も近く気配りもできるためすぐに側付の侍女となる。
ブランディーヌはいつも不満を抱えていた。自分がせめて魔力持ちであれば、人の心も操りこの男爵令嬢という立場から上に登れるのではないかと。いつもは黙って聞いていたクララだが、ある時思いつめた顔で聞いてきた。
「お嬢様、危険を伴っても高位貴族になりたいですか?」
ブランディーヌは高笑いし言った。
「この魂を悪魔に捧げる事で高位貴族の地位を築けるならば危険な事などなんでもないわ。」
数日、クララは悩んでいる様な憂い顔を見せていたがある日ブランディーヌの手を取り彼女でさえ知らなかった隠し扉から地下へと続く通路を降りて行く。
「薄気味悪いわ。なんなのクララ。」
「お嬢様、私はほんの僅かばかりの魔力があります。そして、これより先に向かうのは私の家にだけ知る事を残された魔女ブロワト様の地下室でございます。」
「なに?私をどうするつもり!」
「ご心配なく。私の家はその主が望めばここにお連れする様言い伝えられてきました。お嬢様はまさにこの地下に相応しい方なのです。」
それからは、毎日二人で地下に入り魔術書を貪り読んだ。そして、実験と計画を何度も重ねとうとう私は運命の出会いを手にいれた。
それなのに・・・どこで誰が何をしたのかわからない。ある日突然クララが不審な死を遂げた。恐ろしくなった私は葬儀も出さずこの最大の理解者をただ、せめてブロワト家の墓地内に埋葬する事で許しを乞うた。けれど・・・居るはずのない少女、ここにあるはずのない品々を身に付け平気で立っているあの少女を見た時に悪魔が私の魂を取りにきたのだと思い震えて何も言えなかった。
それでも、命を賭けてまで私に尽くしたクララのためにもこの目の前の美しい魔法使いを手に入れたかった。この人の心を奪いその隣に立ち幸せに暮らす。それが私の、私の一番欲しかったモノだもの・・・今更引き返すわけにはいかない。