葬列
あれから問い合わせるとブロワト家の侍女クララの死は事実であった。その死は謎が多く、医師にも死因を判断させずひっそりと葬儀を行う予定らしい。ブロワト家に出入りする商人達から漏れてくるのは魔女ブロワトの呪いだという話だ。
一人の男がたまたまクララがなくなる直前に会って話していた、いや彼は不運にもその死の現場に遭遇してしまった。ブロワト家が経営する雑貨店の使用人で主夫妻に仕入れの話をしに来たらしい。そこへクララがぼんやりと入って来て三人が声を掛けると真っ青な顔をし苦しみ始めた。のたうちまわるクララを押さえ込もうとするがその身体に何処からともなく見た事のないような黒い得体のしれないモノが吸い込まれていき、白かった肌は緑色に変色しブロワト夫人はそこで恐怖のあまり気を失った。一方、虫の息のクララは何事か呟いていたが最期に一言、
「何故・・・私が・・・」
そう言い残し息絶えた。ブロワト夫人はこの後気が触れたようになり、男爵も暫く寝付く事になる。そして、その場にいた雑貨店の男はこの話を帰ってから震えながら妻に話すと次の日息を引き取っていた。男爵令嬢ブランディーヌは騒ぎを聞きつけた使用人に他言無用と言い付けると、父からの希望だといい葬儀は行わず身寄りもない娘だったのでブロワト家の墓の近くに埋葬する事にした。小雨の降る中ブロワト家が雇った葬儀屋が棺を荷車に乗せ運んで行く。誰もが棺にすら触りたくないのだ。そして、墓地に着いてからブランディーヌが思いもかけなかった人物に出会う事になる。
薄曇りの中、芝生の上に黒い装いで傘をさし立っているのは見た事のない娘だった、頭にはショールを巻き髪色はわからない小柄な身体つきから年下だろうと見えた。しかしその娘が肩から掛けているストールと傘を持つ手にある手袋そして、ストールを胸の辺りで留めている飾りには嫌というほど覚えがある。ブランディーヌは瞳を大きく見開き思わず声が出そうになった。足はすくんで動けない、そこへ葬儀屋が声を掛ける。
「お嬢様、こちらでよろしいですね。」
よろしいも何も前以て穴掘りまで頼んだじゃないとは口にできなかった。
「ええ、お願いします。」
ようやくそういうと少女の脇を早く通り抜けようと思う。そうだ、間違いだ。アレはセティの店の人気商品だし、たまたま着こなしが被ったのだろう・・・。
そう思い込もうとし、一歩、二歩と踏み出した。歩くとはこんなに困難な事だっただろうか・・・。やっとすれ違う距離に来た時耳元で小さく尋ねられた。
「失礼いたします。ブロワト家のお嬢様でしょうか?」
思わず振り向く。少女は優雅にお辞儀をすると用件を感情をいれず言った。
「主がお世話になっております。私、ニーム・ロドリゲス・ガウスの侍女にございます。この度のそちらの侍女の方のお話を耳にし主が大変心を痛め、本来ならばお嬢様をお慰めに来たいところですが只今体調が思わしくなく、代わりに私が遣わされました。なんでもこちらの品々は、お二人が選んでくださったとのこと。ありがとうございます。」
「い、いいえ・・・気に入って頂けたかしら?」
少女がにっこりと微笑む。
「はい、とても。ですが、主が言うにはクララさんもこちらの品を大変気に入りいつか手にしたいとこっそり仰られていたそうです。
」
いつの間に身体から全て外したのだろう。セティの店の品が少女の手にある。少女は黙って葬儀屋に近づいた。
「棺はもう納められましたか?」
「ああ、これは。お嬢様以外にも参列してくださったんですかい?」
「はい、この方はとても大事なモノをお忘れでしたのでお届けに参りました。こちらの品ですが、ご一緒に埋葬して頂けますか?」
ブランディーヌは動く事も喋る事もできなかった。ただ、目の前の少女がとてつもなく恐ろしく思えた。葬儀屋は勿体無い品だがいいのかと聞いている。その人が望んだ品だからと少女が答え、それじゃあと棺の上に掛けられる。葬儀屋に礼をいい少女はブランディーヌに声を掛けた。「きっと天国でお喜びですわ。」葬儀屋に終わったと声を掛けられ、気づくと少女はもういなかった。雨は小雨のままだがブランディーヌはバケツで何杯も頭からかけられたような気分だった。アレが何故ここに、クララは本当にそんな事を言ったのか?眩暈がしたが何とか待たせてあった馬車に乗り帰路に着く。
「ハヴェルンに残して来た侍女に何か贈ろうと思って」
あの日の事がハッキリと蘇る。しかし、いつも一緒にいたクララはもう居ない。他人を呪うのなら墓穴は二つ用意しておけ、という言葉が頭をよぎる。違う、これは呪いなんかじゃない!濡れた頭をかきむしり前屈みになりもうこの世にはいない侍女の名を呟く。
「クララ、間違ってないわよね?貴女の事は忘れないわ必ず、必ず願いを叶えるから。」