墓標
ハヴェルンの王都アデーレから隣国ウルリヒ王国迄は馬車で一週間程の行程になる。とは言っても隣国の端にある小さな街までの距離でそこから3日かけて王都フロレンツに到着予定だ。この旅の行程はかつてウルリヒ第一王子がアデーレに療養に来たものと同じ道を辿る。つまり彼等が赤ん坊であったニーム・ロドリゲス・ガウス、通称ルディを偶然拾った現場を通る。
アデーレを立つ前の養子に彼の養父母はその場に立ち寄る事を勧めた。赤ん坊の彼の側で息絶えていた女性が何者かはわからないが、彼の出自を知っていたであろう女性に弔いをすべき機会はこれを逃すとこの先ないかもしれない。自身らの子どもを授かる事がなかった夫婦からすればどのような事情にしろ養息子を授かるきっかけとなった相手で、これまでも気にはしていたがお互い王宮勤めの身でありその場に弔いに行けていないという負い目もあったらしい。幸い場所と墓らしき墓標は当時のウルリヒ王国から王子に同行した者たちが地図に示したものを残してくれていた。お陰でルディ一行はほぼ隣国との境にある小さな村の中にその場所を見つける事ができた。
「ここで僕は隣国王子一行に救われたのですね。」
墓標は木で作られておりほぼ朽ちかけていたが何とかそれが標だという事はわかった。近くを確かに清流が流れており、今では鬱蒼と茂みになっていて普段は人が寄り付かないのであろう。少し離れた所には芝の広場がありそこから村を臨めば田畑が広がり集落も見える。旅人が休憩をするにはもってこいの場であった。
「皆さん、我々もここで少し休みましょう。オブリーさん、僕この辺をまず散策しますので足りない物資があれば後で村へ行ってもらえますか?」
「わかりました。では、我々は補給する物の確認をし少し休ませていただきます。」
ルディは小刀を出し茂みに入り墓標の周りの草を刈る。名もなき墓標に弔いを捧げ、当時の一行がいかに丁寧に埋葬してくれていたかが窺われる事に感謝を覚えた。ここからウルリヒに向かうには北へと向かう旅路になり、かの王子一行は寒さの厳しい冬の間をこちらで療養するため過ごしやすい秋初旬に移動していた。当時の記録によるとこの碑の下に眠る者は寒さに備えた装備でいたとみられている。つまり、国境を越えウルリヒに向かっていたようだ。日頃、あまりに恵まれた環境で育ち離れでも公爵家から家族の様に扱ってもらっていた自分にとってその出自をあまり深く考えた事がなかったが初めてこの場を訪れなぜ女性一人が赤ん坊を連れわざわざ寒さへと季節の移る時期に北へと向かっていたのか、埋葬した者達によるとどうやら母親ではなさそうであったと記録されているが、では実の親はどうしたのか。疑問は尽きないがルディは最初からこの場を訪れた時に命を救われた場として感謝をしても、感傷的にはならないと決めていた。どうやっても今となっては知る術のない事であり、実の子の様に愛情を注いで育ててくれた養い親がいる。それで十分だ。
だから、彼は村へも近づかなかったし休憩と補給を済ませればすぐにその場を経った。やがて、国境に辿り着き入国の手続きを済ませると手紙を一通書き上げここまで同行してくれた魔法省の技師一行にそれを預けた。