花嫁行列
国境までルディとオブリーの二人もハヴェルン一行を出迎えることとなった。ジルベールは早く会いたいからと同行をしたがったが、そこはやはり王太子として城で待つべきと周りの者に諭されて大人しく待つことになった。大切な未来の王太子妃一行を出迎えるとあって、ウルリヒ軍からはイニャス第三王子が率いる近衛隊を先頭に仰々しい出迎えの行列ができていた。ルディはといえば、例の薬の作用を大きくしないため出迎えに神経を集中させ結果、魔力の安定にも繋がっている。国境へは魔法魔術師としての正装とオブリーという守護者がいるため安心して向かえる。養母には粗方伝えてあるので解毒薬はすぐ手に入るだろう。そうすれば、自由の身だ。出迎えには馬車を使わず何かあれば動きが取りやすい様に馬で来た。その間も守護者からは離れない。ハヴェルン一行が入国手続きを済ませればオブリーはイニャスの近衛隊と共に王太子アルべリヒとヴィルへルミナ王女の守護につく。そこでルディは解毒薬を手にし、一行の中で唯一の総括魔法魔術師として後方から一行の守護をする事になる手筈だった。
ハヴェルン王国よりの花嫁行列は無事に国境まで何事もなく到着した。長旅での疲れをここで少し癒す事になっている。オブリーと二人でまず王太子アルべリヒとヴィルへルミナ王女の乗った馬車に異常がないか確認をし更に守護と祝福の結界を張る。馬車から安全を確認した王太子とヴィルへルミナが降りて来る。その前に跪き言葉を待つ。
「ガウス国家魔法魔術技師、オブリー国家魔法魔術技師久しいな、共に出迎えご苦労である。ハヴェルン王国第一王子アルベリヒ・ダリウス・フスト・デアがこれより我が妹と共にウルリヒ王宮までの道中を共にするが大事な身の上。厳重な警備を命ずる、王宮内まで何者にも指一本妹に触れさせぬ様頼んだぞ。」
「ウルリヒ王家の近衛隊の方々、ハヴェルン王国より参りましたヴィルへルミナ・ダニエラ・プラン・デアの為に出迎えご苦労様です。イニャス殿下、ジルベール王太子様のところまで何卒宜しくお願いいたします。」
「ようこそ、ウルリヒ王国へ。国をあげてヴィルへルミナ王女殿下の入国、お待ち申しておりました。先ずは一旦こちらの休息所で長旅のお疲れを癒して下さいませ。馬の状態なども見まして、よろしければ準備が整い次第出立いたします。」
「ハヴェルン王国よりの長旅、お疲れ様でございました。この春よりウルリヒ王家より留学の御招きを頂いておりました私、ニーム・ロドリゲス・ガウス国家魔法魔術技師とこちら同じく国家魔法魔術技師ガルディ・スティル・エイナル・オブリーと共に王太子殿下、ヴィルへルミナ第一王女殿下が無事にウルリヒ王宮に入られるまで命をかけて護衛を務めさせて頂きます。」
意外にも久しぶりにお目にかかった王太子アルべリヒは元気そうであった。しかし、こちらの国の動向が耳に入っているためか険しい表情をしている。検問所の隣に建てられている貴族以上の身分の為の休憩所で暫し休んだ後、出立する事になっている。ウルリヒからの護衛も十分な人数だがその倍はハヴェルンからの護衛隊がいるのではないだろうか。束の間の休息の時間に養母を見つけ癒術を施して貰わねばと一行の中を探す。既にオブリーはルディよりも上位である王太子・王女殿下の護りに付かなければならないので、ルディは胸ポケットの御守りを頼りに養母を探すが何故だろう同じところをぐるぐると回っている気がする、更にまずい事に気分が悪くなってきた。深く被ったローブのお陰で周囲には気づかれていないだろうが、実は立っているのもやっとだ。まずい、このまままた魔力が暴走したら・・・。
「カリン・・・」
ふと、侍女の名を思い出し耳飾り手をやる。限界が近い、全くなんていう悪意ある呪いをかけられたんだ。前方から誰かが駆けて来る気配を感じ思わず身構え顔を上げた。しかし、すぐに安心させられる。
「お待たせいたしましたルディ様。歩けますか?」
頷き、先導され着いて行く。休憩所の中に入れられ、貴賓室のある奥へと導かれる。
「カリン、そっちは殿下方の居られるお部屋だよ。養母さんを探してるんだ。」
「承知しています。アルベリヒ殿下から、こちらに連れて来る様言付かっておりますので大丈夫です。失礼致します、ガウス国家魔法魔術技師をお連れ致しました。」
扉の前の護衛が中に通してくれる、頭がガンガンと痛みを増してきた。この状態でこの貴賓室に居るのはまずいだろうと立ち止まるとカリンがもう少しだけ歩いてください大丈夫だからと励ます様に言う。言われるままに4・5歩進んで歩けなくなった。膝をつき頭を抱える。
「今です!」
カリンの合図で自分がしゃがみこんだ場所に魔法陣が描かれている事に気付く。そして、いつの間に囲まれていたのか周りに高等癒術師達が杖を魔法陣に向け癒術を発動させている。オレンジ色に光り中にいる僕を包むが僕も限界で魔力が暴れ出してきた。
「やはり、これだけでは無理か。やれるか?カリン。」
「はい。王太子殿下、術が終わるまで危のうございますのでヴィルへルミナ様のお部屋に離れていてください。オブリーさん、殿下をお願いいたします。」
身体中から何かが暴れ出てきそうで苦しい・・・口からは黒く得体のしれないモノが溢れ出てくる。いつもと違う、これは自分じゃない。
「アレクシア・カーテローゼ・ハプトマンの名の下に命ずる。我が主、ニーム・ロドリゲス・ガウスの身体に巣喰いし邪悪なるモノよその正体を現し、我らハヴェルンの血族より成る魔法魔術技師らの前にひれ伏せっ!」
身体中が得体の知れないドロドロとした膜で包まれる、目は開いているつもりだが見えないし聞こえない。ただ、カリンの詠唱だけが頭に響きそれが身体を余計に苦痛を及ぼす。
「往生際が悪いですね。ならば仕方ありません。邪悪なる魂よ、汝、我と我が主に害成すモノとし、その汚れた魂を今汝の元に返す。我が主に与えた苦しみをその倍味わうがよい。」
「・・・っ!ぐっっ・・・は、は・・・ぁ」
身体を包む膜が上空に上げられ、口からは更に大量の黒い塊を吐き出した。その瞬間、ふっと身体が軽くなりその場に倒れる。
「おば様‼」
呼ばれた養母が駆け寄り口から薬湯を流し込むがうまく飲み込めない。養母が泣きそうな声で呟きながら何度も何度も流し込む。
「お願い、ルディ。苦しいけど頑張って飲んで、駄目よ零さずにお願い、お願いだから・・・」
駄目だ、意識が遠のく・・・え、死ぬのかな?寒い、寒いよ養母さん・・・。次の瞬間柔らかい感触と共に苦味のある液体が喉まで入ってきた。
「いけません!諦めないで。」
何度か繰り返されるその行為に意識が戻ってくる。ゴクリと何度か飲み込んだ後思わずむせた。ゴホゴホと咳込む僕にまだ容赦無く今度は自分で飲めと薬湯の容器を渡される。それを手に取り一気に飲み干し、一息つくと周りから安堵の溜息が零れた。ツェツィーリアがルディを抱きしめる、肩に乗せられた顔の部分がじんわりと濡れてくる。ああ、また心配かけちゃった・・・。ごめんなさい。そこで物凄い疲労感に襲われて今度こそ意識を手離した。