宴のあとに残る余韻(追加)
歓迎の宴で出会ったブロワト男爵令嬢ブランディーヌは数少ない社交場経験のルディの中ではとても印象が良かった。それまでの社交の場で出会う御令嬢はみな当たり前だが、ハヴェルンの貴族令嬢で彼に興味はあるが学生であったしその先の進路もわからない未知数の不安定な存在で彼女達の伴侶候補にはまだまだ上がらないらしかった。中には遊び相手にと近付く女性もいたが、何しろ自分の事で手一杯だった彼は少し話せば退屈になったらしくすぐに離れて行ってくれた。そんな感じで夜会はとにかく苦手意識があったが、昨晩は違った。ブランディーヌ嬢はハヴェルンでの僕を知らない。噂には聞いているようだが魔法魔術師としてでなく、ただのロドリゲス・ガウスとして相手をしてくれた。ハヴェルンを離れてひと月、気を使わずに話せる相手ができて嬉しかった。高等魔法魔術技術学校では、魔力を一定に維持調節する事に集中し王妃陛下への癒術の研究にも明け暮れ慣れない使用人たちに傅かれ、頼みのオブリーも予想外の勉学に手一杯のようで二人ともここへ来て疲れが溜まっていたところだった。そういった意味では、昨晩の宴は相変わらずジルベールに絡まれたりしたものの、魔法省以外の人間と交流を持てるようさり気なくユベール殿下が紹介して下さったりと大変意義のある一夜だった。
「で、如何でしたかブランディーヌ嬢は?」
今日は休みで窓辺でぼんやりしていたら急に声を掛けられ驚いた。
「な、何で知ってるんですか⁉」
「いやぁ、私はこちらに来てから昔取った杵柄を思い出させられまして。久々の社交場でしたが、情報は色々と集めていたのですよ。何せ、スティルの称号を持つものは情報収集にも長けていないと。特に異国の地では。」
その顔は単なる僕へのからかいからだけでなく、仕事としての表情が垣間見得た。
「やはり、ハヴェルン王女が輿入れするからには色々と情報が必要ですか?」
「ええ、そうですね。ウルリヒの貴族方は表向きほぼヴィルへルミナ様とのご婚約成立に異を唱える者はないようです。が、特に高位貴族の中に限られるのでしょうがやはり、自分の娘や縁戚関係の者を王太子妃にと考える古狸もいます。また、本人自らその座を狙っていた御令嬢方は多数いらっしゃるようですね。なんだか、ここに来て私がルディ様とこちらに送り込まれた仕掛けがわかった気がします。」
「と、いうと。」
「はい、ヴィルへルミナ王女はご婚礼より半年前にこちらにいらっしゃる予定ですよね。それまでに、危険人物の特定排除。と、いうのが主に私の仕事でしょう。」
「でも、うちとウルリヒは友好国ですよ。そんな、王太子妃に害するような事があれば・・・」
「戦争です。実際、近年ウルリヒの水面下で不穏な動きはあるのですよ。あ、ジルベール殿下始め王家は変わらず友好的ですし殿下は本当に政略結婚ではなくヴィルへルミナ様をお求めになられています。あの方の姫君への愛情と・・・あ〜複雑でしょうが貴方への身内の様な目の掛け方は知るところでは有名でしたから。」
「え・・・あれあの話やっぱり本気だったんだ。」
「お聞きになりましたか?赤ん坊の貴方を取り合ってガウス夫人と5歳の王太子が本気で戦争を起こしかねなかったそうですよ。立場上、更にご病気もあってウルリヒでは大事に扱われていた方ですので、何者にも屈する事のないガウス夫人が幼い、それでも立場ある王子である自分相手に本気でやり合ってくる。そこにいたく感服しウルリヒとハヴェルンは更に友好を深めたのです。まぁ、ガウス夫人がバルバラ王妃の縁戚関係に当たる方だったのがまず幸いでしたが。」
「でも、それでは王家以外にハヴェルンをよく思わない者がいる・・・確かに随分昔は国境の領地を争ったとか聞いてはいますが。何代か前の話でしょう?」
「この国をどう思われますか?冬は厳しい寒さと雪に覆われその間これといった産業もなく国中がまるで眠っているようだそうです。なので、実は軍事部隊の魔法師達は我が国より遥かに優れています。冬の間反対側の隣国から高い山脈を越え竜を従える魔法師達が動きの鈍くなる季節を狙って襲ってくるのです。その脅威が去った短い春夏を国中で冬に備え長期間保存の効く食料や加工品、作物そういったものが今現在盛んに国をあげて作られています。ですから、四季が安定している我が国は一部の人間に取っては非常に魅力的な土地なのです。ジルベール殿下が幼い頃療養に来られた病は、いま王妃陛下が患っているモノと同じです。そして、その病もこの国の風土病の様に悩みの一つなのです。この病で命を落とす子どもの数はかなりのものらしいですよ。どこの国でも子どもは宝です。未来の国を支える人口が減るのは痛手ですからね。」
「だから、僕はオブリーさんほど勉学に励まず癒術に力を入れるようになっているんですか。」
「貴方はこちらの国では、かなり期待されているのです。あのガウス夫人直伝の一番弟子ですからね。そして、器から溢れるほどの魔力持ち。ジルベール殿下は当時の幼さでその魔力の大きさも考えてガウス夫人と取り合ったんです。5歳の子どもが国益の為に。私達にとって幸いな事に、自国内の領地で見つかったので我が国の国民として主張できましたが。」
「・・・僕は・・・北へ向う用意をした女性と一緒だったと・・聞いています。まさか、僕はその人に連れ去られ・・・っ」
突然今まで考えないようにしていた事が頭の中を廻る。駄目だ、落ち着け。ショックで魔力の制御が・・・と考えるが彼の魔力を制御してくれる者は誰もいない。養父も養母もいつもルディを落ち着けてくれた人が誰も・・・久しぶりのパニックに頭痛がする、オブリーの声が遠くに聞こえる。逃げて、逃げて。また、壊してしまう、轟々と鳴る竜巻の中にひとりぼっち、頭を押さえていた手がふと耳飾りに触れた。