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前編

 昔むかし、ある所に、『U』と言う名前の女性がいました。


「はぁ…」


 彼女が見ているのは、インターネットの検索ページ。現在Uは、開いている時間を利用して様々なアイドルの画像を眺めていたのです。色々なイケメンが並ぶパソコンの画面を見て、彼女はため息をつきました。自分にもこんな感じの彼氏がいたらなぁ、と。無理なのは分かっていますが、夢を見るのは自由、それくらいいいじゃないか…そんな事を考えていた時でした。


「……なんだろ、これ」


 Uが偶然見つけて目に留まったのは、どこか妙なページ。どこか怪しくも惹かれる所があり、彼女はその文字をクリックしました。そのタイトルに、このような文字が書いてあったのです。


「彼氏レンタル……選んでね……?」


 そういえば出張ホストのように、恋人をレンタル業務で借りると言う感じの営業が流行っていると聞きます。「友達」までレンタルする会社もあるようですが、こんなに好都合な物件、まるでキツネにつままれたようです。でも、『彼氏』という事は何か自分の恋の欲望を叶えてくれるものがあるはず。駄目もとでそのページにある彼氏の一覧というページにアクセスしました。

 その中に映っていたのは、どれも素敵な美形の男性ばかり。先程まで見ていたアイドルの画像にも匹敵するほどの逸材に、Uは舌鼓を打ちました。もしかしたらこれは冗談でもいかがわしい場所でもなく、本当に理想の彼氏を見つけられるページかもしれません。せっかくだから、この機会に利用してみよう、と悩んだ彼女は、どれにしようか悩んでいます。そして、並ぶ写真をスクロールバーで眺めていた時、一つの写真に目がとまり、彼女の心が大きな鼓動を打ったのです。


「か、かっこいい……!」


 手の届かない場所にいそうなほどの美形の青年が、スーツを見に纏い素敵な笑みを見せている。まさにUのハートは狙い撃ちされてしまったようです。

 そして、改めて文章を読んでみて彼女が驚いたのは、そのレンタルの値段。こういう場合は基本的に高い場合が多いのですが、なんと財布のお札一枚で十分という驚きのものでした。丁度現在Uはクレジットカードが手続き中のために利用できない状態でしたので、そちらからの支払いという形で手続きを済ませようとしました。ですが、何故か先へ進めません。どうやら一つ入力していない項目があるようです。一体どういう事かともう一度見直してみた彼女は、妙な項目を見つけました。


「え、『人数』って……どういう事?」


目の前に映るのは『彼氏』の人数というのは、どういう事でしょうか。いまいち理解が出来ないUでしたが、物は試しと数を入力する事にしました。


「ま、多分冗談でしょうし、適当に『5』でいいか♪」


 こんな彼氏が5人も来てくれたらまさにハーレムと言っても良いでしょう。そんな夢物語を妄想しながら、彼女はエンターボタンを押しました。


=======================================


そして次の日。


「ん…」


 Uをベッドから呼び起こしたのは、誰かが家に訪ねてきた事を示す呼び鈴の音でした。時刻は朝7時ですが、今日は休日。そんな日に一体誰が来たのでしょうか。もしかしたらどこかのしつこい勧誘かもしれませんが、念のためにドアを開いてみました。

 その途端、寝ぼけ眼だった彼女の眼は一気に目覚めました。


「やあ!」


 そこにいたのは、テレビの画面の中にも早々現れないようなほどの笑顔を持つ一人の美形の青年でした。理解が出来ず、呆然とする彼女でしたが、それを察知して彼はその優しくも麗しい声で言いました。


「昨日の『注文』だよ。忘れちゃったかな?」


 ……言われてみて、彼女はどういう事なのか思い出す事が出来ました。あのページは、一切の嘘偽りも書いていなかったのです。今日一日、目の前にいるイケメンは自分の彼氏なのです!


心臓の鼓動が速くなり、顔も赤くなって挙動不審になってしまうUですが、彼は優しく気にしなくても大丈夫だと言ってくれました。僅かですがしっかりとした心配りを見せつつ、彼女に先導されて家の中に入って来た「彼氏」に、次第にUも混乱する頭がすっきりし始めました。と、それと同時にもう一つ……


「しまった、ご飯作ってない……!」


 普段は作り置きをしておく朝ご飯をうっかり作り忘れていたのです。すると、彼は優しく自分が作ろうと耳元で囁きました。もう完全に骨抜きになりかけている彼女はそれに従い、彼氏の手料理を堪能する事に決めました。

 と、その時。朝に聞いたものと同じような呼び鈴が、耳元に鳴りました。一体なんだろうか、と考えたU。もしどこかの宅配便だったら、突然彼氏が出たら驚くだろう、自分が言った方が早い…と考え、ドアを開けた彼女の顔は、再びの驚きに包まれました。


「やあ!」


 そこにいたのは、テレビの画面の中にも早々現れないようなほどの笑顔を持つ一人の美形の青年……


 ……そう、今台所に立ち、エプロン姿の彼と全く同じ男性が、玄関に現れたのです!

 一体どういう事なのか悩んでいる彼女は、上がっていいかと尋ねる彼に首を振る事しか出来ませんでした。そして、ようやく正気に戻った時。


「やあ!」


 ……なんと、またもや全く同じ顔の青年が、ドアの前に現れたのです!

これはどういう事なのか、困惑しながら涙目になる彼女を見て、ドアの前にいた三人目の彼氏は静かに彼女を抱きよせて言いました。


「驚かしてごめんね。君が僕を『5人』頼んだから、こうやって来たのさ」

「え……5人……5……!!」


 ……思い出しました。確かにあの時、一覧には『人数』を入力する所がありました。そして彼女はそこに何の気なしに数字を入力しました。ハーレムを夢見ました。しかし、あの数字には、冗談でも何でもなく、しっかりとした意味があったのです。


 ご飯が出来た事を告げる一人目の彼氏の言葉を受け、朝ご飯を食べれば元気が出るという三人目の彼氏の応援と共に彼女はしっかりとした足取りでリビングへ戻ってきました。既に二人目の彼氏がテーブルを片づけ、朝ご飯の準備を済ませています。

 そして、全員揃っていただきます、と言おうとした時、またもや呼び鈴が鳴りました。ですが、もう彼女は驚きません。外に誰がいるのか、そしてそれをじぶんがどんなに楽しみにしているのか知っているからです。


「やあ!」「やあ!」


==================================


「次はどの店に行こうか?」

「うーん、じゃあここ!」

「「「「「了解♪」」」」」


 その日、道行く人々はある集団に目を留め続けました。そこにいるのは、テレビでも見た事がないほどの美形の青年。ふんわりとしたスーツに身を包み、笑顔で道を歩いて行きます。それだけでも凄いのに、全く同じ様相の男性が、なんと5人も歩いているのです。

 その中心にいる女性は、今までに見た事も無いほどの笑顔を振りまいていました。


 道を歩いていると、スカウトマンに何度も彼氏たちに声を掛けられます。その度に、この人たちは私の大事な人だと言う事が出来る、この快感。彼女にとってはまさに至福のひと時でした。さらに嬉しいのは、何を買っても彼氏が全部その代金を払ってくれるという事。大丈夫なのか、と尋ねられると、彼はこう答えました。


 「大丈夫だよ♪」「これは僕からのサービス」「料金には含まれてないからね」


 そう言われて、安心する一方で切なくも感じました。この彼氏たちは、その料金の破格の安さの一方で、自分の恋人でいてくれる時間は1日未満。今日の夕方までなのです……。

 そして、夕暮れの家の前。


「「「「「寂しいけど、ここでお別れだよ」」」」」


 仕方ない、とは分かっていても、やはりお別れと言うのは寂しいものです。

 行かないで欲しいとつい言ってしまう彼女ですが、彼氏たちは優しく彼女の頭を撫でて慰めました。また注文してくれたら、いつでも来ると言いながら。いくら心が通じ合い、彼女にとって大事な彼氏でも、あくまで彼らはレンタル、お金を払って彼女の元へ向かう存在なのです……。


==================================


「……はぁ……」


 夢のような日々を過ごしてからというもの、Uはよくため息をつくようになりました。寝ても覚めても、頭の中に入るのはあの5人の彼氏たちの事ばかり。いくらレンタルとは言え、彼女にとってはまさに理想の存在だったのです。どうしても恋しいと思いつつ、再びパソコンの画面を眺めていると、そこにはあの時入ったページがありました。


「……やっぱり、頼もうか!」


 再び彼女は、彼氏をレンタルする事に決めたのです。


 そして次の日、再び朝早くから彼女のドアの向こうで……


「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」


 5つの同じ声が聞こえてきました。ちゃんと注文通り、彼氏たちはやって来たのです。

 それからというもの、彼女は寝る前に彼氏をレンタルする事が日課になっていました。服装も髪型も自由に選べるという事で、毎日彼女は彼氏のファッション選びなどをして好みの彼氏を創り出していたのです。さらには……


「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」「やあ!」


 人数までも自由に操作できるという事も、彼女は有効活用していました。

 最初の頃は当然おっかなびっくりだったのですが、慣れと言うのは怖い物で、気付けば彼女は同じ顔がいくつも並ぶと言う光景に順応しきっていました。


「お願い、これやってくれないかな?」

「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」「いいよ♪」


 とても優しく、彼女の言う事を何でも優しく聞いてくれ、そしてフォローまでしてくれる。いつの間にやら、彼女の中の夢物語は最初の頃とは違うようになっていました。面倒事もやってくれる事をいいことに、掃除や洗濯などの日常生活も次第に彼氏任せになって来たのです。


「いただきまーす!」

「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」「いただきます!」


そこには、オプションのエプロン姿の15人の彼氏と共に家の中でご飯を食べている、だらけきったUの姿がありました…。

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