和菓子屋あらた
俺と波野は二人並んで学園から和菓子屋へ歩いている。
波野とは小さい頃から一緒だった。
こいつはみんなの中心にいるような奴で俺はそのおまけ的な感じだった。
そんな扱いにうんざりした。
俺は波野と並ぶのではなく反対の方向へ行くことにしたのだ。
俺と波野はコインの裏表だ。
本質は全然違うのに気づいたら一緒にいる。
「もうすぐ着くよ」
「っ、おう」
考え事の途中で話しかけられ一瞬詰まる。
「わたしのお父さんの友達がやってるんだ」
「今から行くところ?」
「うん、『あらた』って言うんだって」
「いらっしゃい」
引き戸を開け店内に入ると、店員らしき女性が出迎える。
「二人です」
「二名様ですね。 こちらへどうぞ」
二人で案内された席に着きメニュー表を開く。
「何にするー?」
波野がメニューを見つつ聞いてくる。
「あんころ餅。 それと柚子羊羹」
「んー、じゃあわたしもそれにしよ」
ちょっとしてさっきとは別のショートカットの店員がお茶を持ってくる。
「ご注文お決まりになりましたか?」
なんなくテンションの低い声だ。 俺の言うことではないかもしれないが。
「えーっと、あんころ餅と柚子羊羹。 ふたつずつでお願いします」
「かしこまりましたー」
「幹人、最近ちゃんとご飯食べてる?」
「ああ」
和菓子がくるまでの間、波野が聞いてきた。
「幹人ってめんどくさがりだからご飯食べずに寝ちゃいそうなんだよねー」
「ああ」
適当に相槌を打つ。
「聞いてる?」
「ああ」
「聞いてないでしょ!」
「聞いてる」
「はぁ…… なんでこんな風になっちゃったのかなー?」
波野は大げさにため息をつく。
「今日もご飯食べてないからお腹減ってたんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「今度ご飯作りにいってあげるからね」
「ん……」
「はーい、イチャイチャしてるクソウゼーカッポォにあんころ餅と柚子羊羹入りまーす」
「へっ⁉」
テンションの低い声がしてさっきの店員が現れた。
その後ろから六十歳ぐらいの男がこっちに来た。
「はい、どうぞー」
「あ、はい。 どうも……」
「君が楠山波野君かい?」
男が波野に聞く。
「は、はい。 そうです」
「そうかそうか、君のお父さんにはいろいろとお世話になってるよ」
どうやらこの男が波野の父親の友達らしい。
「てんちょー、この人たちイチャイチャしてましたイチャイチャ」
ローテンションの店員が口を開く。
「ほう、彼氏かい?」
「ちっ、違います! 幹人はただの幼馴染で……」
波野はすごい勢いで否定した後、俺の方を見る。
「ただの幼馴染です」
俺からも言う。
「へえ、まあいいや。 僕は遠山新三郎。 こっちの子はバイトの禅味岸子君」
「禅味岸子でーす」
間延びした口調で自己紹介する店員。
「じゃあ、ゆっくりしてってね」
そう言って遠山新三郎と禅味岸子は奥に行った。
「何だったんだ……」
「変な人、だったね……」
店員は変な人だったが、出された和菓子はかなりうまかった。
それこそまた来たいと思うくらいには。