不都合な確率
強い風が吹きつける中、男はビルの屋上から地上を眺めていた。男は40代半ばの中肉中背で、一度すれ違ってもすぐに顔を忘れてしまうような何の特徴もないただのおっさんである。
猫背で頼りない男の背中が突発的な強風によってゆらりゆらりと揺れている。一歩でも間違えれば屋上から真っ逆さまであるのに、男は恐れている様子はない。それもそのはず。男はずっと俯いたまま、飛び出す機会を伺っているのだから。つまり、男は自殺志願者だった。
ついに決心がついたのか、不意に男は顔をあげ、真上から降り注ぐ太陽の光に目を細めた。
「俺の人生、いい事なんて何もない最悪の人生だったな」
男はそう呟き、最後の日の光を一身に浴びて落ちていった。
………
…
人は死ぬ直前、今までの自分の人生をダイジェストで振り返ると言われている。いわゆる走馬灯と呼ばれるものだ。男もその走馬灯を見て今までの人生を振り返っていた。
男の家系は代々政治家で、男も政治業界に入るために幼稚園の頃からずっと英才教育を受けていた。だが、大学受験に二度も失敗し、二つ下の弟に先を越され、遂に親から見捨てられてしまった。それからは普通の会社に勤め、妻子をもうけ細々とそれでも幸せに暮らしていたが、些細なことで会社をクビなり、友人に貸していたお金は踏み倒され、妻にも見捨てられた。そしてビルから飛び降りるまでの最悪な人生が男の頭にフラッシュバックした。
(やめてくれ……。どうしてこんな辛い人生をもう一度見ないといけないないんだ!どうして神様はこんなにも不平等なんだ‼)
男の心の声が何もない空間に木霊する。その声に答えるように幼稚な音楽が流れてきた。
ピロリロリン〜♪
「おめでとうございます。あなたは当選確率一兆分の一の人生宝くじに見事当選しました。あなたはもう一度死ぬ前からやり直すことができます」
その声は無機質に無感情に無神経に男の耳に届いた。男は驚いて声をあげようとしたが、その前に意識が浮上していった。
男は気がつくと屋上にいた。
照りつける太陽光に目を細め、さきほどまでの出来事を思い返す。確かに男の記憶の中にはビルから飛び降りた記憶があった。ではなぜ今もなおこうして屋上に立っているのだろうか?
しかし、今の男にはそんなのは些細なことだった。死んでしまえば全てがどうでもいい。きっと夢でも見ていたのだろう。そう男は思い込み、真昼の交差点へ落ちていった……。
ピロリロリン〜♪
「おめでとうございます。あなたは当選確率一兆分の一の人生宝くじに見事当選しました。あなたはもう一度死ぬ前からやり直すことができます」
男は二度目となる声を聞いて、またしても意識が浮上していった。
男は気がつくと屋上にいた。
目いっぱいに太陽の光が差し込こまれ、耐えられなくなったのか再び目を閉じた。そして今度こそ今までの不思議現象を思い返しているようだった。
「凄い偶然があるものだな。俺なんかに当たらなくてもよかったのに……」
男は今度こそ、と決意を固め本日三度目の空中ダイブに身を投じる。
加速度的に近づいてくるアスファルトに怯えながらも、男は最後まで目を閉じなかった。
そして激しい痛みとともに男は意識を失った……
ピロリロリン〜♪
………
…
強い風が吹きつける中、男はビルの屋上から地上を眺めていた。男は40代半ばの中肉中背で、一度すれ違ってもすぐに顔を忘れてしまうような何の特徴もないただのおっさんである。
猫背で頼りない男の背中が突発的な強風によってゆらりゆらりと揺れている。一歩でも間違えれば屋上から真っ逆さまであるのに、男は恐れている様子はない。それもそのはず。男はずっと俯いたまま、飛び出す機会を伺っているのだから。つまり、男は自殺志願者だった。
ついに決心がついたのか、不意に男は顔をあげ、真上から降り注ぐ太陽の光に目を細めた。
「俺の人生、いい事なんて何もない最悪の人生だった」
そう言って男は太陽に目を向ける。太陽の光が男の目に注ぎ込まれ、男は眩しさで顔をしかめた。それでも男は顔を背けず太陽を見つめ続けた。
「俺の人生もなかなか捨てたもんじゃないかもな」
そして今度はそう呟いて、男は太陽を尻目に一歩前へ踏み出した。