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空を映す海の色  作者: せおりめ
第1章
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ローズランド公爵領 2

 護衛の人たちに何かを指示してから、アステルは馬車に戻ってきた。

 指示を出された人たちは、盗賊たちを縄でぐるぐる巻きにしているみたい。


「怖がらせてしまったようですが、大丈夫ですか?」

「私は見てただけだから全然平気。それよりアステルこそ怪我とかしていないの? 大丈夫?」


 見ていた限りでは、傷を負った様子もないんだけれど。


「俺に怪我はありません。ありがとうございます」


 感謝されるようなことは言ってないものの、優しく頭を撫でながら告げるその言葉を聞いて、まずは一安心だ。


「使用人の人たちとかも大丈夫なのかな?」

「打ち身や擦り傷を負った者たちもいるようですが、いずれも馬車の急停車によるものですし、軽い怪我ばかりのようです。ついでに言うと、盗賊たちにも死人は出ていませんよ」


 これを聞いて二度安心する。使用人さんたちの無事は勿論だけれど、盗賊の人たちだっていくら向こうから襲ってきたとはいえ、死んでしまったら嫌な気分になっていたと思う。

 まあ少々の怪我なら自業自得でしょって思えるけどね。

 私への説明を終えたアステルが、荷物の中から何かを取り出した。

 何だろう? ターコイズブルーで、手の平サイズの四角い……箱? それと灰色の丸い石。ペトラだ。


「携帯用のファーミルですよ」


 私が見ていることに気がついたアステルが、差し出して見せてくれる。携帯用のファーミルにはツマミとボタンが付いてあって、よく見ると丸くへこんでいる部分があった。多分、ここにペトラを入れるんだと思う。


「携帯用まであるんだね」


 携帯電話みたいでとっても便利。


「携帯用は送信しかできませんけどね。これで城に報告して、盗賊たちを引き取りにきてもらいます。少しの間、話しかけないでくださいね」


 そう告げるとアステルはペトラを握りしめ、黙って集中している。私もつられて黙ってしまう。

 再び手を開いたアステルは、虹色に変わったペトラをファーミルにセットして、ツマミを回した後にボタンを押した。メールでいう、アドレスを選んで送信ボタンを押す、と同じようなものかな。多分。


「これで完了です。今夜は盗賊たちの監視も兼ねて、ここで夜営します。明朝には城からの使いもやって来るでしょう」


「承知いたしました」と頭を下げて、エレーヌとソフィアが夜営の準備に出ていく。

 アステルと二人きりになってしまった。途端にお説教のことを思い出す。これはヤバイ。何か話題を捜さないと。


「え~と」


 視線を虚空に漂わせながら私はわざとらしく声を出した。


「そういえばアステル、すごく強いんだね。盗賊の人たちを簡単にやっつけちゃったんだもん。まだまだなんて下手に出てたけど凄いよ」


 とりあえず思いついた話題だけれど、これは本当にそう思う。誰もアステルの動きについていけていなかった。


「俺が強いと思えるのは、このフリューゲルのおかげでしょう」


 慌てて話し始めた私の様子を怪しんでいるのか、僅かに眉をひそめながらも、剣を差し出して見せてくれる。鍔にはめ込まれた紺の石は、あの時煌めいたのが嘘みたいに静かなままだ。


「アステルが呼びかけたら剣の色が変わったよね。もしかして、これも魔道具?」

「その通りです。フリューゲルはグレアム家の跡取りが代々継承する剣で、何代か前の当主が時の王より賜った物だそうです」

「アステルが宙を滑っていくみたいに移動してたのは、やっぱりこの剣のチカラなの?」


 あの時アステルは、まるで羽が生えているみたいに、飛ぶように動き回っていたのだ。重力なんて関係ないみたいに。物凄いジャンプ力も、きっとこの剣のおかげなんだろう。

 うん? 重力……?


「もしかして、重力に関係してる?」

「よく分かりましたね。桜の予想通り、フリューゲルは持ち主にかかる重力を操ります。重力を切ったり、また、加重したりできるんです」


 アステルは私が知性の閃きを見せたことに対して感心したように、少し目を見開く。クイズに正解したみたいでちょっと気分がいい。

 でもそうか。だからアステルの動きが空中で急に止まったり、そこからいきなり落ちたりするようなあり得ない動きができたんだ。


「扱いが難しいので訓練が必要です。俺もまだまだ使いこなせていません」


 アステルがまたそんな風に控え目な自己評価をする。こっちからすれば、使いこなせているようにしか見えなかったんだけれど……。

 謙遜しているのか、本気で言っているのかはよく分からなかった。

 まあ、お説教のことをうまく誤魔化せたみたいだから良しとしよう。

 しめしめ。

 してやったり、と一人でほくそ笑んでいたら、やっぱり世の中そんなに都合よくはいかないらしい。


「ところで桜、俺の言ったことを守りませんでしたね?」


 突然、不自然なほどに眩しい笑顔でアステルが確認してくる。例の、麗しくも逆らうことを許さない笑み。

 全然、誤魔化せてなかったみたいだ。

 私は畏まって俯いた。……今からお説教タイムが始まるそうです。

 それからは。

 ――幸い薄暗く、天海の彩ということがよく見えなかったからよかったものの、発覚していたら余計に危ない目に遭っていたかもしれない。

 だとか。

 ――ああいう時は、大人しくじっと待っているべきだ。流れ矢にでも当たって傷ついてしまったら、向こうの世界で心配している保護者の方にも申し訳が立たない。

 とか。アステルは意外なほどクドクドとうるさかった。

 でも仕方ないじゃない。何が起こったのかわからなくて不安だったし、外へ出ていったアステルのことだって心配だったのだ。

 全く、人の気も知らないで。そんなにうるさく言わなくてもいいじゃないか。

 なんて考えていたら、反抗的な感情が顔に出てしまったのかもしれない。「聞いているんですか?」と恐ろしくにこやかに――怖過ぎる――問われて、さらにクドクドと説教を重ねられるハメになってしまった。

 エレーヌとソフィアが夕食を持ってきてくれなかったら、まだ続いていたかもしれない。

 感謝だよ、エレーヌ、ソフィア!


 馬車用の簡易テーブルという物もあるらしくて、夕飯は馬車の中で食べることになった。正直、怖い目に遭ったことよりも、アステルにお小言を垂れ続けられたことの方が堪えている。お腹もペコペコだった。

 盗賊の人たちは晩御飯抜きなのかな、それは辛いよなあとぼんやり考えていたら、パンぐらいは配ってあげるみたい。自分たちを襲った犯罪者にも情けをかけてあげるなんて、とても人道的だと思う。空腹は誰でも悲しくなるもんね。

 優しい人の所に来られてよかった。私は運の強さを自画自賛した。

 本当に幸運な人は、こんな境遇に落とされること自体ないだろうという誰かの囁きには、耳を塞いでおいた。


 やっとありつけたご飯を食べると、後は寝るだけだ。

 寝る時は馬車のソファをベッド代わりにするんだそうで、窮屈で申し訳ないと謝られてしまった。けれど、多分私の部屋のベッドよりも、このフカフカソファの方が寝心地はいいと思う。こんなことで頭を下げられる方が申し訳ない。充分だから謝らないで欲しいと頼んでおいた。

 向かいのソファには、エレーヌとソフィアが交代で一緒に寝てくれると言っている。こういう所で一人寝るのは心細かったから、それを聞いて嬉しかった。

 でも、またもや使用人なのに、一緒に眠るなんて申し訳ない。気になるようなら外で控えているとへりくだられてしまった。

 しょうがないとは思うんだけれど、お願いだからそんなに気を使わないで!


「それでは桜、おやすみなさい」


 昨晩のように、アステルが頬におやすみのキスをしてくる。二回目だから、もうそんなに驚かないで済んだ。こうやって慣れていくんだな。私も進歩したもんだ。自分で自分を褒めてあげよう。


「桜もしてくれませんか?」


 ――――フリーズ…………。

 私の中にある時計が、電池切れのようにピタリと時を刻むことを止める。

 今、なんておっしゃいました?

 私にこの外国的スキンシップ行為をせよとのたまうのか?

 動かす時にギギギと音が鳴っていそうな首をアステルに向けると、微笑みながらじっと待っていた。私がキスするまで動かないぞというように。

 ええい、女は度胸だ!

 腹を括り、アステルのほっぺたに顔を近づけて、唇で触れる。急いで離れた。

 うわわ、やっちゃった!

 アステルは嬉しそうに、「良い夢を」と言い置いて馬車を降りていった。

 うわああああ、恥ずかしいよぉぉ~!

 慣れって凄い。こっちはそこら辺をゴロゴロ転がり回りたいほど、心臓とか全身の血とかがドコドコ荒れ狂っているのに、アステルは全然動じてなかった。

 真っ赤になって、いつまでも手足を振り回してジタバタしている私をハイハイと宥めて、エレーヌは私をソファに押し込んだ。

 眠れるもんか! とも思ったけれど、初めての馬車の旅や、盗賊に襲われたこともあって、疲れていた私はすぐに寝てしまった。

 暗くなると素直に眠たくなる、子供の身が恨めしい!

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