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空を映す海の色  作者: せおりめ
第3章
76/105

平定者と央輝星 1

 入った村は意外に規模が大きく、人や建物も多い。メインの道にはちゃんと石畳が敷かれてあった。

 おじいちゃんの案内に沿って歩きながら尋ねる。


「ここって、村って言うより街じゃない?」

『そうじゃな。近くに街道が走っているから栄えておるんじゃろう』

「街道が? だったら私たちも街道を通ってきた方がよかったんじゃないの?」


 その方が野宿もせずに済んだし、道だってもっと歩きやすかったはずだ。何よりあんな恐ろしい吊り橋を渡って根性試しをする必要もなかったぞ。そもそも、街道からは辿り着けないという話じゃなかったっけ? 

 ちょっと騙された気分になって、おじいちゃんに険しい目線を送る。


『街道を通るには、またミアデル街道を引き返してバルトロメ側から進まねばならんかった。二倍近く時間がかかるからな。こっちが近道だったんじゃ』


 私の視線なんてなんのその。おじいちゃんは涼しい顔で説明した。別に私としては時間がかかっても一向に構わなかったんだけれど……。

 あ、でもそれじゃあの男の人は助けられなかったか。それに魔物にもあまり出会わなかったし……。まあいいとしよう。


「そういえばさ、ユヴェーレンって案外人に紛れて暮らしてるの? もっと秘境とか、険しい山奥とかに住んでるのかと思ってた」

『人それぞれじゃな。じゃが大抵は人が容易に来れん所に住んでおる。ここの二人は珍しい方じゃ。――着いたぞ』


 そこは大通りの脇に空いた隙間のような狭い道に入り、しばらく歩いた所にあるなんの変哲もない古びた民家だった。見渡すと、周りには同じような造りの家が何軒も並んでいる。

 石を組み合わせた外壁には幾つかの窓。レンガで作られた三角屋根からは細くて丸い煙突が突き出ている。狭くはないけれど、広くもない。隣には畑があって、数種類の野菜が植えられていた。

 ユヴェーレンが畑を耕して、その収穫物を調理して食べているんだろうか? なんか所帯じみていて、ユヴェーレンというイメージにはそぐわないよなあ、なんて考えてしまった。

 でもよく考えたら、ユヴェーレンのイメージなんてとっくの昔に崩れ去っている。会う人会う人、皆して――といっても三人なんだけれど――偉大だとか神秘的だとかいうのとはかけ離れていたのだ。かろうじてホープはイメージに近かったけれど、性格悪かったしなあ……。ここの二人も性別がよく分からないみたいだし、推して知るべしなんだろう。

 私はいきなり扉を開けるのも失礼かなと思って、門も無い、道に面した木戸からごめんくださいと少し大きな声で呼ばわった。一度だけじゃ分からなかったみたいで、何度か声を出すとやっと扉が開いて中から人が出てきた。


「へーい。どちらさんで?」


 と言いながら、私を見たその人は目を剥いた。髪型にびっくりしているんだろうな。

 なんだか、この反応を見るのが楽しくなってきた今日この頃だ。逆に驚かれなかったら物足りなくなるかもしれない。


「なんだ、お前の髪は!?」


 それにしてもこの人、外見と口調がそぐわない。

 陽光を受けて輝く紅玉みたいな髪と目をしたこの人は、二十代前後くらいかな。天海の彩で、色から判断するとティア・ルビーなんだろう。長い髪を高い位置で一つに括ってあり、そこから垂らしてある。その髪がとり囲んでいる小さな顔の表情は訝し気に歪められていたけれど、整っていて綺麗だ。膝丈のシャツにふくらはぎまでのズボンという格好は、そこらを歩いている人と変わらない。でも、プロポーションは抜群だ。

 なんというか、存在感のあるど迫力な美女。

 そう。女性なんだよ。それなのに男の人みたいにぞんざいな言葉遣い……。ここまで思ってハッとした。事情は人それぞれと、私はちゃんと心構えしておこうと決めていたははずだ。こんなことを考えるだけでも失礼なんじゃないか?

 いかんいかん。

 私は慌てて今の考えを振り払い、事情を話そうと口を開いた。


「あの――」


 と言いかけたところで、ティア・ルビーが半目の険しい表情になって言葉を被せてきた。


「お前、スケベじじいの気配がするな……」


 スケベじじい!

 今まで生きてきて、私のことを表現するのに『スケベ』と『じじい』という単語を使われたのは初めてだ。憤るよりもショックの方が前面に出てしまった。

 ……待てよ?

 その二つの単語を贈られるのにもっと相応しい人物が、私の傍にいるんじゃないか?

 私はおじいちゃんの姿を捜してキョロキョロと首を巡らしてみた。けれど何故か見当たらない。もしかして。


「ちょっとおじいちゃん。勝手に入ってる?」

「ちっ、やっぱりか。おいジスタ! 隠れてねえで出てこい!」

『やれやれ、相変わらずうるさいのう』


 頭に声が響くと同時に、身体の中からズルリとおじいちゃんが出てきた。なんか、これって見ていてあんまり気持ちのいい光景じゃないな。

 とか思っていると、ティアルビーの髪がいきなり茶色くなった。目の色はそのままなのに。え? なんで? と思わず見つめてしまう。


『ほれ見ろ。儂が入っとらんと桜が混乱するじゃろうが』

「口で説明すりゃあ済むことだろうが。物臭してんじゃねえよ」

『見た方が早いじゃろう』

「何を騒いでいるのですか? ご近所に迷惑ですよ」


 いきなり言い合いを始めた二人を、家の奥から出てきた人の声が仲裁した。


「おやジスタ。やっといらっしゃいましたか。それではこちらの方が――」


 と言って私を見たその人は、髪型を見て一瞬目を瞠ったものの、特に動じることもなく言葉を続けた。


「桜ですね? 話はイヴから聞いておりますよ。遠い所からようこそいらっしゃいました。さぞお疲れでしょう。まずは中へお入りください」



 それでは遠慮なくということで、家へ上げてもらった。

 中は外観に相応しく、やっぱり平凡だった。真ん中に四人掛けの食卓があって、壁際には木製の家具なんかが配置されている。所々に花が飾られ、奥は台所になっているみたいだ。別の場所へ続く扉が一つあるけれど、外から見た限りでは二階立てだったみたいだから、階段に続く廊下なのかもしれない。

 必要な物が使いやすい場所に置いてあって、散らかっているわけではないけれど生活感に溢れている。なんだか佐伯の家を思い出してしまった。凄く居心地がよさそうだ。

 どうぞと勧められて、食卓に据えられた椅子へ腰掛ける。ついでにカツラも脱いでしまった。

 お茶を出してもらったので、こういう場合の決まり文句、お構いなくと言っておく。本当はそれどころか喉が渇いていたからとっても嬉しかったんだけれど、なんとなくがっついていると思われるのが嫌で、見栄を張ってしまったのだ。

 でも空になったカップに「もう一杯どうぞ」と注がれてしまって……。

 多分お見通しだったんだろうな。ううっ、最初から素直にありがとうと言っておけばよかった。ちょっと恥ずかしいぞ。

 気を取り直して。

 多分、二人暮らしなんだろうと思うんだけれど、椅子は四脚ある。おじいちゃんもちゃんと空いた席に座っていた。『ふうやれやれ』とか言って、背もたれへ身体を預ける振りまでしている。すり抜けて落っこちてみてくれないかな、とちょっとだけ期待してしまった。

 私の左前にはおじいちゃん。その反対側がティア・ルビー。そして正面に座っている男の人が、ティア・サファイア――なんだろうな。

 食卓の上に乗っている二人の手を見ると、ティア・ルビーは左手、ティア・サファイアは右手の、それぞれ中指に指輪をはめている。幅は太めで、小粒の石が指輪の形に添ってぐるりと並んでいるというお揃いのデザインだ。でも石の色は目に合わせているみたいで異なっていた。

 ティア・サファイアは、さすがに双子というだけあってティア・ルビーにそっくりで、端正な顔立ちをしていた。そして髪の色も茶色で髪型もティア・ルビーと同じ。でも似ているのはそれだけで、後は全然違っている。

 まず、目の色は紺碧だ。それから浮かべる表情と醸し出す雰囲気がとっても柔らかい。なんとなく、この人が傍にいるだけで安心できた。ティア・ルビーとは、静と動で正反対な感じ。性格的にも穏やかそうだし、体格は男性でもティア・サファイアの方がよっぽど女性……。ここまで考えて再びハッとした。だから失礼なんだってば!

 私はまたもや首を振って失敬な考えを散らした。


『何を考えておるか一目瞭然じゃな、桜』

「なんの話だ?」

「な、なんでもありません!」


 余計なことを言わないでよおじいちゃん! 私はおじいちゃんをジトッと睨んでやった。

 そんな私たちのやり取りを楽しそうに見ながら、ティア・サファイアが口を開く。


「まずは自己紹介をいたしましょうか。わたくしたちがユヴェーレンであることは桜もご存知なのですよね? 私はスター・サファイアと申します。スターと呼んでください。以後よろしくお願いしますね、桜」

「俺の名前はピジョン・ルビーだ。ピジョンでいい。それから俺たち二人と話す時は普通に喋ってくれ」


 うむむ。ユヴェーレンって丁寧に接されるのが苦手なのかな? 皆こう言うよね。まあその方が気楽だからいいんだけれど。


「分かった。スターにピジョンだね。私は桜って言うの。よろしくね」


 二人とも既に私の名前を知っているみたいだけれど、一応名乗っておく。

 などと紹介し合っているうちに、スターとピジョンの髪の色が変化した。二人ともそれぞれの目と同じ色になっている。

 私がその変化に驚いていると、それに気付いたおじいちゃんが説明してくれる。


『儂が他の人間に見えなかったのと同じじゃよ。魔術じゃ』

「それって、名前を使った魔術ってやつ?」

『そうじゃ。儂が入っていた時にピジョンの髪色がちゃんと見えていたのは、儂が名前を知っていたからじゃな』

「実際に髪の色が変わっていたわけじゃねえけどな。あくまでそう見えるようにしていただけだ。さすがにそのままだと周りが騒ぐからな」


 ああ、なるほど。


「桜も天海の彩ですね。先程の髪型よりも、今の方が余程かわいいですよ」


 にこにこと笑うスターがこともなげに言う。

 この雰囲気。この口調。この台詞。

 傍にいると安心できるはずだ。この人を見ていると、アステルを思い出してしまう……。

 かわいいと言ってもらったことに照れつつも、少し胸の奥を掴まれたような気分になってしまった。


『では早速本題といこうかの。儂を受け入れることができる桜も連れてきた。身体の眠る場所へ案内してくれ』

「そのことなんだが」

「少し問題がありまして……」

『なんじゃ?』


 スターとピジョンはどう説明したものか、と顔を見合わせている。どうしたんだろう?


「ま、それこそ見た方が早いか。分かった。案内しよう」

「待って!」


 立ち上がりかけたピジョンに、私はストップをかけた。


「どうかしましたか?」

「あのさ、もうちょっと心の準備をしたいんだけど……」

「心の準備? なんの話だ?」

『そんなものは要らんじゃろう。行けばなんとでもなるわい』


 やけに焦った調子でおじいちゃんが言う。しかし無垢な娘さんである私の一大事だ!


「や、だって、おじいちゃんを目覚めさせるんでしょ?」

「それが何か?」

「それと言うか、その方法が問題だと言うか……」

『悩む必要はない。案ずるより産むが易しじゃ!』

「でもやっぱり心構えというものが――」


 ここまで言ったところで、スターが私の言葉を遮った。


「少しお待ちください。桜、あなたはジスタを戻す方法はなんだと聞いているのですか?」

『そんなことを訊く必要はなかろう!』

「あなたは黙っていてください、ジスタ」


 必死で言い募るおじいちゃんを、にっこり笑顔のスターがぴしゃりと制した。

 どこかで見覚えのある光景。これってやっぱりアステルじゃんか……と少々戦慄を抱きながら、私は答えた。


「ええと、だから元の身体に戻すには、おじいちゃんにキスしなきゃいけないんでしょ?」

「どこへ?」


 更に笑みを深めたスターが尋ねてくる。

 なんでだろう? 笑顔っていうのは人を安心させる効果があるはずなのに、深まるほど戦慄が強くなっていくなんて。


「く、唇に……」

「この色惚けじじい!!」


 静かな威圧感におののきながら答えると、怒り心頭といった風情のピジョンが、けたたましい音と共に椅子を蹴って立ち上がった。


「テメエ、若い娘だまくらかして何考えてやがるんだ!」


 おじいちゃんも倣うように起立する。尤も、おじいちゃんの場合はピジョンと違って静かで、テーブルも椅子も半分ずつすりぬけている。でも勢いは凄まじかった。


『やかましい! 老い先短い年寄りのささやかな楽しみを奪いおって!』

「何が老い先短いだ! どうせテメエはこの先何百年もピンピンしてるんだろうが!」

『それでもこの先こんな機会がいつ巡ってくるかは分からんじゃろう! どう責任を取ってくれるつもりじゃ!』

「ふざけてんな! 開き直ってんじゃねえ!」


 呆気に取られてしまった。食卓を挟んで言い争いを始めてしまった二人に口を挟む隙もない。見かけだけは綺麗なお姉様であるピジョンが、まなじりを吊り上げてお世辞にも美しいとはいえない言葉遣いで怒鳴り散らすさまは、迫力に満ち溢れている。一方のおじいちゃんも全然負けていないところがなんというか、素晴らしい。

 でも要するにどういうことなんだろうか? 首を傾げていると、席を立ってスターが回り込んできてくれた。


「あれ、放っといていいの?」

「いいのですよ。仲の良い証拠なのですから」


 そうなの? かな?

 本気で罵倒し合っているようにしか見えないけれど、おじいちゃんと付き合いの長そうなスターが言うんだったらそうなのかもしれない。喧嘩する程仲が良いともいうしね。

 ふうんと納得していると、スターが溜息混じりに言葉を続ける。


「それよりも、ジスタがいい加減なことを言ってしまったようですみません。キスの件は出鱈目なので忘れてください」

「えっ、そうだったの?」


 おじいちゃんめ! 尤もらしい講釈を垂れていたけれど、やっぱりか!!


「はい。身体のどこでも、触れるだけでいいのですよ」

「そうなんだ。よかったぁ」


 危うく騙されるところだった。

 おじいちゃんとピジョンを見るとまだギャアギャアやり合っている。そこへ慣れた調子でスターが「二人共、そろそろ行きましょう」と促すと、お互いに矛先を収めた。

 おじいちゃんには一言文句を言ってやらなければ!

 鼻息も荒く口を開きかけるものの、おじいちゃんの様子を見て言葉が出なくなってしまった。

 肩を落として明らかにガックリとしている。謀られた私が思わず慰めてあげたくなるほど哀れみを誘われる姿だ。なんだか可哀想だな……。

 しょうがない、と優しい私は止めておいてあげることにした。

 それにしても、そんなにキスしたかったんだろうか?

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