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空を映す海の色  作者: せおりめ
第1章
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グレアム家 3

「ねえアステル、これなんだけど」


 隣に座り、服の下に隠れていたペンダントを引っ張りだす。アステルは不思議そうに私の顔から下へと視線を落とした。


「これ、今まで見たことなかったんだけど、いつの間にか持ってたみたい。これを外すと言葉が分からなくなっちゃうんだよ」


 アステルは少しの間ペンダントに見入って、考え込むように顎へ手をやった。

 その間に、ソフィアが私とアステルそれぞれの前にお茶の入ったカップを置いてくれる。

 お風呂へ入って喉が渇いていたから嬉しいな。ありがとうとお礼を言っておいた。


「試しに外して、何か喋っていただけますか?」


 顔を上げたアステルが告げる通りにした。


「私の言ってること分かる?」


 アステルは左右に首を振った後、「―――――」とソフィアみたいにわけのわからないことを口走った。

 多分、「俺のいうことが分かりますか?」とかなんかだろうな。

 首を傾げてみせると、アステルが手振りでペンダントをかけるように指示してくる。言う通り、首にかけ直した。


「本当に言葉が違うんですね。想像はしていましたが実際に聞くと……なんとも感慨深いものがあります」

「このペンダントが翻訳してくれてるんだよね? でも、誰がこれをくれたんだろう」


 アステルは片手で受け皿ごとお茶を手に取り、もう片方の手でカップを持つと口につける。受け皿は片手を添えたまま、組んだ膝の上に乗せるようにしていた。

 その姿がまた優雅でサマになっている。

 私はというと、いつものようにカップだけを持って飲み始めた。

 だって、受け皿持ったらカップを落としそうなんだもん。ちなみにお茶は紅茶みたいな味で、甘くて美味しい。もともと甘い飲み物なのか、それとも私が飲みやすいようにしてくれたのかな?


「そのペンダントに装飾されている宝石は、ダイヤモンドのようです」


 アステルはカップを受け皿に戻して顔を上げ、私と目を合わせた。


「だからというわけではありませんが、そのペンダントをあなたに下さったのは、ティア・ダイヤモンドなのでしょう」


 またダイヤモンドさん? 私をこの世界へ引きずり込んだ元凶の人なんだけれど、呼んでおいて無責任に他人へ押しつけたかと思えば、こうやってお役立ちアイテムをくれたりする。

 一体私をどうしたいんだろう?


「恐らく、あなたを喚び寄せた際に言葉が通じなかったので、石に魔術を施されたのでしょう。ですが、そのペンダントからは魔力を感じることができません」


 翻訳するための魔術がかかっているのに、魔力を感じないってことだよね。

 ……つまり、どういうこと?


「それって変なことなの。普通は感じることができるの」


 私もカップを置いて質問してみる。今まで、魔術なんてものとは縁の無い生活をしていたのだ。何が普通で何が異常なのかもさっぱりわからない。

 うむむむ……やっぱり勉強は必要なんだな。


「魔力を感じられるかどうかは人によります」


 アステルは受け皿ごとお茶をテーブルに戻して、微笑しながら説明を始めてくれた。


「ある程度の魔力や訓練も必要ですね、資質だけでできる優秀な人もいるでしょうが。俺も魔術がかかった道具、つまり魔道具から魔力を感じることが可能ですが、翻訳するための魔術が施されているはずの、このペンダントからはそれを感じられません。考えられるとすれば、ペンダントにかかっている魔術を隠すための魔術がかけられている――のではないでしょうか」


 魔術を隠すための魔術ぅ? だめだ、こんがらがってきた。

 頭を抱えている私を見ておかしそうに笑い、さらにアステルは続ける。


「このペンダントには五つのダイヤがついています。一つ目は翻訳するための魔術。二つ目は施されている魔術を、隠すための魔術――などという風に、これらのダイヤ一つ一つに魔術がかかっているのかもしれません。そうだとすれば興味深いですね。他の三つにはどのような魔術がかけられているんでしょうか」


 アステルは興味深いとの言葉通り、目を輝かせている。

 や、でもどんな魔術がかかっているかわからないんでしょう? こっちはかなり不安なんだけれど。


「いずれの魔術が施されているにしろ、桜に危害を加えるようなものではないでしょう。翻訳機能についても貴女を守るためのものですし、ティア・ダイヤモンドから頂いた手紙にも、貴女を気遣う内容が書かれてありました。不安に思う必要はありませんよ」


 曇ってしまった私の表情を見て、またもや頭をぽんぽんしながら安心させるような声をかけてくれる。

 だから小さい子じゃないんだってば! と逆らいつつも、その言葉と仕草にやっぱりほっとしてしまった。

 しかし……、とアステルが呟く。


「言葉についてはこのペンダントに頼りきりというのも良くありませんね。外してしまった時などに困りますから。これからはこちらの言葉も覚えていきましょうか」


 というなんとも恐ろしげな思いつきを提案して、アステルは再びお茶を飲み始めた。

 うええ、と顔を正直に歪める。このペンダントがあればその辺は考えなくてもいいやと思っていたのに。

 ええい、ハッキリいって面倒だ。


「外さないようにするから、それは別に覚えなくてもいいんじゃない?」


 またこのパターンかと若干諦めながらも、一応抵抗してみた。

 アステルはパターン通り、にっこりとそれはそれは綺麗な笑顔――これが怖いんだよ――を浮かべてこちらを向く。


「それでも不慮の事態は起きるものです。頑張ってくださいね、桜」


 と言った後、またカップに口をつけている。やっぱり全然敵いませんでした。

 ああ厄介な。


「ところで桜、ペンダントをお渡しいただいたことを考えても、あなたはこちらへ喚ばれた時に、ティア・ダイヤモンドにお目にかかっているようです。覚えはありませんか?」

「全然ないよ」


 私はかぶりを振った。


「だって、気がついたらアステルの部屋のソファで座ってたんだもん。この世界で人に会ったのはアステルが初めてだよ」


 そうですか、と呟いたきり、アステルは視線をテーブルに落として黙ってしまった。

 なんなのその反応は、かなり気になるんですけど。

 じっと見ていると、何か言いたそうな私にやっと気づいてくれた。


「ああ、すみません。何故、ティア・ダイヤモンドは桜とお会いになった記憶を消してしまわれたのか、考えていたんです」


 確かに、人の記憶を消すなんて傍若無人な仕打ちするんだから、何か理由があるのかも知れないけれど。


「そんなの、ティア・ダイヤモンドじゃないと分かんないよ。考えるだけムダじゃないの?」

「それはそうなんですけどね」


 アステルが苦笑する。


「でも桜自身のことですよ。気にならないんですか」


 気にならないかと問われたら、そりゃ一応気になるんだけれど。でもそれよりも、これから覚えることが一杯あるなあとか、どんな生活を送ることになるんだろうかとか、この先のことの方がよっぽど気になる。あるんだか無いんだか分からない記憶の内容を考えている暇はないのだ。

 それを伝えると、アステルは「なるほど」と笑った。


「ところでさ」


 ふと思い出した。


「話は変わるけど、アステルがここで待っていてくれたのは、何か用事があったから?」


 アステルは、はいと頷いた。


「父からファーミルに、返信が届いたんです」


 そういえば、返事がきたら報告してとグアルさんに頼んでいたんだっけ。

 私がお風呂に入っている間に届いたのか。早いなあ。


「父からの返事には、桜の今後を考えても、落ち着くまでは領地のローズランドで暮らした方がいいのではないかとありました。当家の本拠地はローズランドにあります。確かにあちらの方が色々と融通もきき、都合がいい。俺も賛成です」

「確か、ここから馬車で一週間くらいの距離って教えてくれたよね。ローズランドってどんな所なの?」

「ここよりも北の方に位置します。こちらはもう雪も降らず大分暖かくなっきましたが、向こうはまだ寒いでしょう。雪が残っているかもしれません。森や湖、そして山に囲まれ、自然の恵みも豊かで領民の気質も明るい地です。きっと桜も気に入りますよ」


 私は今日こちらに来たばかりで、このお屋敷から出てすらいない。確かこのお屋敷は王都にあるとかアステルが説明してくれていたけれど、王都がどんな場所なのかも分からない。だから、ローズランドで暮らすことになると告げられても、はいそうですかと答えるしかない。

 でも、アステルがいい所だと勧めてくれるんなら、私にとってもきっとそうなんだろう。ローズランドのことを話すアステルの目は懐かしそうで、とても優しい。


「そうなんだ。ちゃんと馴染めるといいな。確か、妹さんもそこにいるんだよね」

「はい。名前はリデル、俺はリディと呼んでいます。今は十四歳で桜とも歳が近いですね。きっと妹も、桜と会うのを楽しみに待っていますよ」


 私より年上なんだ。お姉ちゃんか、嬉しいな。アステルの妹さんだったら、きっととんでもない美人さんで穏やかな人なんだろうな。蒼兄ちゃんみたいな意地悪とは比べものにならない人に違いない。

 蒼兄ちゃん……。

 自分で思い出した記憶に心を締めつけられた。意地悪でもなんでも、私にとって慕わしい家族であることに変わりはない。

 おじさん、おばさん、蒼兄ちゃん。私、これからどうなるのかな。帰れるのかな。

 ダメだダメだ、このままじゃ落ち込んでしまうだけ。今は考えちゃいけない。気分を変えるために慌ててまばたきをする。

 グレアム家の領地とやらについて考えよう。そこではアステルのお父さんと妹さんが暮らしている。

 うん、会うのが楽しみだ。


「私も会えるのを心待ちにしてるね。いつ行くの?」

「急で申し訳ないんですが、明日に」

「明日!? 明日に出発?」


 目を剥いた。


「やけに早い……準備とか色々あるんじゃないの?」


 飛行機で十何時間とかじゃなくて、一週間もかかるのだ。食糧だって沢山要るだろうし。


「急に領地へ発つことはよくありますからね、慣れたものです。桜は馬車の旅は初めてですか?」

「馬車に乗ること自体が初めてだよ……」


 それどころか馬だって、動物園でしか見たことないのだ。向こうでの移動は自転車とか電車だったし。


「馬車の乗り心地は悪くないと思いますが、旅をするのが初めてだったら負担が大きいかもしれませんね。休憩を多めに取って、無理のないように進みましょう」


 なんだか申し訳なくなる。多分私一人のために、たくさんの人に気を使わせてしまうんだろうな。でもそのことを謝ったら、気遣ってくれる心を台無しにしてしまうような気がする。

 ここは子供らしく、甘えた方がいいのかな。


「ありがとう、私も旅に早く慣れるようにがんばるね」


 健気な私の返事を聞いて、アステルは何も言わずに微笑んで、頭を撫でてくれた。

 ……もうこれについては何も思わないでおこう。きっとアステルの癖になっているんだ。


「それでは明日に備え、今日はゆっくり休みましょう。夕食はどうしますか?」


 窓の外を見れば、いつの間にか真っ暗になっていて、一番星が瞬いていた。

 シャンデリアには、エレーヌたちが点けてくれた明かりが灯っている。魔力を伝える専用の棒があり、それで触ると光の粒が、花を模した優雅なガラスの器いっぱいにポコポコと溢れるのだ。まるで、ポップコーンが弾けているようだった。光の大きさ、数、色は物によって変わってくるみたい。豆球の種類によって違いが出てくるのと同じようなものなんだろう。でも、見ていると手品みたいで面白い。私がやってみてもきっと、光は点いても消えてもくれないんだろうな。残念だなぁ。

 まあそれはともかく。

 もうこんな時間になっていたんだ。色んなことがあり過ぎた一日だったものの、長いようで短かった。

 お昼――というには遅い時間だったけれど――に食べたご馳走はまだお腹の中に残っていて、これ以上食べたいとは思わない。


「晩御飯はもういいや。いっぱい食べたから、お腹もすいてないし」

「分かりました。今日は大変な一日でさぞ疲れたでしょう、存分に寛いでください」


 そう頭を撫でてきて、顔を近づけてきたと思ったら――ほっぺたに柔らかい感触が。

 え?

 ええええええ!?

 アステルは驚いて固まっている私に微笑みかけ、「お休み」と残して出ていってしまった。

 い、今のは……外国の映画でよく見かける……お、お休みのキスってやつですか?

 純日本人で、純日本育ちの私には刺激が強すぎる。心臓がバクバクなってるよ……。

 いつまでもあうあう呻いている私には反応を期待してもムダだと思ったのか、エレーヌはさっさと私を夜着に着せ替え始めた。



 今、私の目の前には三台の馬車がある。一台は荷馬車で、二台は大きな箱みたいな馬車だ。

 二台とも大きくて、質素な外見をしている。前面には、グレアム家の家紋……なんだろう、鳥が盾を抱いて、盾の表面に小さな剣が貼り付けられた紋章がつけられている。ちなみに描かれてあるのはすずめとかのかわいらしいのじゃなくて、鷹とか鷲とか鋭いイメージの鳥。

 馬車にはそれぞれ四頭ずつ馬が繋がれていて、ブルブルヒヒンと鳴いている。つぶらな瞳がかわいらしい。癒されそうだ。

 旅には私、アステル、エレーヌとソフィアの他に、護衛の人が六人、それから御者の人や、何人かの使用人の人が同行してくれるみたい。

 昨夜はエレーヌに着替えさせられた後、そのままベッドまで引っ張っていかれて、いつの間にか布団に収まっていた。ぼーっとしていた私はあんまり記憶にないのだけれど、そのまま寝てしまっていたみたい。忙しい一日だったから、かなり疲れていたんだろうな。

 フカフカで暖かい布団の効果はてきめんで、朝の目覚めは最高によかった。

 起きるとソフィアがお茶を持ってきてくれて、それを飲んでいる間に洗顔の用意やら、着替えの用意やらが次々と整えられていく。そのテキパキとした仕事ぶりには本当に感心してしまった。

 朝食は昨日の食堂で取るそうで、着替えてから向かうと、既にアステルが座って何かを飲んでいた。コーヒーみたいなものかな。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 一瞬、昨日の、寝る前のことが頭に浮かんできそうになったけれど、これはもう忘れることにした。でももしかしたらあれは、これから習慣的に、寝る度に繰り返される行為なのかもしれない。それだったら慣れるしかない……んだろうなやっぱり。


「おはようゴザイマス。うん、朝までぐっすりだったよ。寝心地最高だった」

「それは何よりでした。では食事にしましょうか」


 アステルが目配せで合図をすると、テーブルに次々とご馳走が運ばれ始めた。朝からこんなに食べられるの? っていうくらい。なんとなく、ホテルの朝食バイキングを思い出す。あれもついつい食べ過ぎちゃうんだよねえ。

 というわけで、しっかりたっぷりいただきました。もう入らない。

 部屋で少し休んだ後、旅に相応しく動きやすい服装に着替えて、馬車の待つ玄関へと向かった。

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