表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を映す海の色  作者: せおりめ
第3章
68/105

漂う紫水晶 4

 町の奥には教えられた通り、手頃そうな宿が並んでいる。というか、ここは宿屋通りか? と思えるくらい、ズラリと軒を連ねていた。

 中には「当店は紫の賢者のお気に入りです!」だとか、「紫の賢者に会いたいなら是非ウチの宿へ!」なんてのぼりを立てている所もある。私はどちらかというなら会いたくなかったので、なるべく出てこなさそうな宿を選ぶことにした。

 といっても、どこが出やすいとかの判断基準はよく分からないんだけれど……。とりあえずは、余計な宣伝のない所に決めておいた。

 幸い部屋には空きがあるということで、今夜の宿は確保することができた。利用する人が多そうだから、泊まれなかったらどうしようかとちょっと思っていたのだ。

 ここも価格通りに質素な部屋ながらも、さすがに競争率が激しいおかげなのか、小綺麗に清められていて過ごしやすそう。ちょっと嬉しくなってしまった。

 さっき買ったお饅頭を食べて満足したお腹をさする。その頃にはもう、辺りは夕闇に包まれていた。

 明日はどうしようかな? 

 せっかく観光都市なんて呼ばれる所へ来たんだから、一日ゆっくり町を見て回るのもいいかもしれない。

 もう一泊しようかな?

 などという風に、明日のことを考えながらベッドに入った私は呑気にも、紫の賢者のことなんてすっかり忘れてしまっていた。


 いつも通りに感傷的なことを考えて、やっとうとうとしかけた頃だと思う。もうちょっとで幸せな眠りの世界に誘われようとしていた私を、まぶたの裏に感じた光が容赦なく現実に引き戻した。

 あれ? 灯りを消し忘れていたっけ?

 おかしいなと思いながらも、意志の力を総動員して、瞑ったままでいたかった目をこじ開ける。

 最初、目に映ったモノを見た時は、夢かな? と思った。 じゃなくて、そう思いたかっただけなのかもしれない。できればもう一度まぶたを閉じて、何も知らないふりをして夢の世界へ旅立ちたかった。でもそんなことができるほど、私はお気楽な性格をしていない。生真面目な自分の性質が恨めしいぞ、私は。

 とにかく今私の眼前には、薄紫色にぼんやり光って明らかに床から数センチは浮いている、半透明のおじいちゃんがいる。

 多分、これが件の紫の賢者って存在なんだろう。でもでも! どう見ても私には出会えたことが僥倖だ! なんて思えない。ただの、所謂ところの幽霊でしかないでしょうという認識は変えられなかった。

 なんでそんな、ありがたみのわからない私なんかの所へ来ちゃうんだ。

 宝の持ち腐れだよ!

 なんて見当違いな言葉が浮かんできてしまう。こんなことを思ってしまうなんて、私って意外と冷静かも。

 ……そうでもないか。落ち着いていたら、もっとこの場に相応しい慣用句が浮かんでくるはずだ。

 ああもう、多分怖すぎてパニックを起こしているんだ。しかも私の恐怖心を煽るかのように、紫の賢者と呼ばれるおじいちゃんはニタリと嗤って見せた。

 うぎゃあああ!!!!

 恐怖倍増! 恐ろしくて声も出ない!!

 代わりに思いっきり心の中で叫んでおくことにした。何の解決にもならないんだけれど。

 か弱い乙女である私が寒さに打ち震える子猫のごとくに怯えていると、不気味に嗤っていたおじいちゃんの表情が、何かに気付いたかのように怪訝そうなものに変わった。


『お前さん、もしかして――』


 なんだこれ! おじいちゃんが喋ったの? 言葉が頭に響いてくる!

 多分、声になって聞こえているわけじゃないんだと思う。思うというのは、今の動転している私が果たしてまともな思考回路をしているのかどうか、自信がないからだ。

 けれど!


『天海の彩か?』


 無意識に、且つ必死に両手で耳を塞いでいる私の努力を、水泡に帰すかのように言葉が届いてくる。ということは、このおじいちゃんは本当に、直接私の脳に語りかけているのかもしれない。

 パニクっていても私の認識は結構正確なんだな、と自分を見直したところで、私は意識を手放すことにした。どうやら許容量を超えてしまったようで。


「桜……!」


 なんだかイヴの声が聞こえたような気がしたけれど。

 もう限界。



 ――今、私はリタズマを満喫している。

 各地から色んな人や物が集まるこの町は見る物全てが珍しく、面白かった。

 聞き慣れない、でもどこか懐かしい旋律に合わせて紡がれる歌声に耳を傾けつつ、通りを歩く。広場で大道芸人さんたちが披露している見事な技を見た時は、思わず弟子入りさせてくださいと駆け寄りそうになってしまった。

 フラリと立ち寄ったお店には、『紫の賢者色の布』なんて物が展示してある。あのおじいちゃんの色はもうちょっと淡かったよなあ、なんて考えてしまう自分がおかしかった。

 昨晩の恐ろしい出来事が元で儚くも気絶してしまった私は今朝、いつも通りに目を覚ました。

 早朝の空気はとても爽やかだった。

 起き始めた町の喧噪を聞いている内に、怖がっていた自分が馬鹿らしくなってきた。

 落ち着いて考えてみれば、紫の賢者に会えた人は、その後の人生を幸福に過ごせるるという話だったじゃないか。昨日は恐怖体験だとしか思えなかったけれど、とても縁起のいいことだったんだ。

 とはいえ、いくら幸運なことだとしても、もう一度あのおじいちゃんに出会いたいとは思わない。やっぱり幽霊めいた得体の知れない存在には、理由もなく恐怖感が込み上げてくるのだ。

 まあ、二回続けて紫の賢者に遭遇したなんて話は、数多い紫の賢者情報の中でも聞いたことがないし。もう一晩この町で泊まっても大丈夫だよね。せっかく観光都市に来たんだから見て回りたい。

 というわけで、リタズマを巡ってみることにしたのだ。

 もちろん、観光しながらもこの先の道程を確認すること、食糧やその他必需品の補給も忘れない。それから宿も、もうちょっと町の出口に近い所へ移ることにした。

 いやいや、別におじいちゃんが出たからなんとなくあそこで寝る気になれないとかいう理由じゃなくて、明日の予定を無駄なくこなすためだ。

 うん。とっても理に適った判断だ。

 観光を済ませ、昨日とは別の宿に落ち着いてもまだ外は明るかった。

 一応早めの晩ご飯は済ませたものの、寝るには早すぎるよなあ。それまでの間、何して過ごそうかな?


『こりゃ、桜とやら』


 もう一回外へ出るのもなんだし……。


『こりゃと言うのに』


 やっぱり外へ出た方がいいかも。さっきから、変な声が聞こえるような気がする。

 というか、頭に響いているような気がする。でもきっと何かの間違いだ。外の空気を吸って、少し頭

を切り替えてきた方がいいのかもしれない。


『何で無視するんじゃ?』

「そりゃもちろん、気付かないフリしてたいからだよ!」


 さすがに二回目ともなれば、私の喉も頑張ってくれるみたいだ。声が出た。

 それはともかく。

 なんで? なんでまたおじいちゃんの声が響いてくるの!?


『物事から目を逸らしていると、正しい判断はできんぞ?』


 などと説教臭いことを言いながら、またもや紫の賢者である幽霊じいちゃんが目の前に現れた。


「おじいちゃん、間違ってるって! まだ外は明るいよ!? 灰にならない内に戻った方がいいって!」


 いくら幽霊だからって――いやいや、幽霊という無秩序な存在だからこそ、世の中の道理には従ってもらわなきゃ困る。明るい内は出てこないというのが幽霊のお約束じゃないか。


『お前さん、儂のことをなんだと思うとるんじゃ。別に太陽に当たろうが、どうにかなったりせんわい。お前さんが昨夜、あんまり怖がるからこんな時間にしてやったんじゃ。それともなんじゃ、もっと暗い時間帯に儂と会いたかったか?』


 そんなはずあるか!

 ええい、なんでさっさとこの町を後にしていなかったんだ。観光しようなんて思わなきゃよかった。

 私の馬鹿!


『ここを出ていたとしても無駄じゃったぞ。儂はお前さんについてきたんじゃからな』


 取り憑かれている! っていうか、心を読まれている!!

 ううっ、ぞわぞわする。生理的な嫌悪感がお腹の奥から湧き上がってきて、身体全体に広がると同時に総毛立ってしまった。

 きっと私は祟られてしまうんだ。でも祟られたらどうなるんだろう? 生気を抜かれるとか?

 一瞬、げっそりやつれた自分を想像して後悔してしまった。――嫌すぎる。いっそ泣いてしまおうか!


『何を勘違いしとる。全部顔に出とるぞい』


 ゆ、幽霊にまで言われてしまった。私はいささかショックを受けた。


『儂は幽霊ではないぞ?』


 また読んだな?

 大体、どこから見ても幽霊じゃないか。

 とはいえ、幽霊じゃないと聞いて少し落ち着いてきた。

 だからといって、おじいちゃんが透けてフワフワ地面から浮いていることには変わりないんだけれど……。『幽霊』という単語の持つおどろおどろしいイメージから離れることで、怖さが薄らいだのだ。私って単純かも。


「じゃあ、おじいちゃんはなんなの?」

『魂の一部を元にした魔力の塊といったところかのう』


 ?? よく分からない……。


「何それ……? でもじゃあ、おじいちゃんは死んでるわけじゃないってこと?」

『ああそうじゃ。身体は眠りについておるが、儂は生きとるよ』


 それなら確かに幽霊じゃない。

 私はホッと一息吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ