表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を映す海の色  作者: せおりめ
第3章
67/105

漂う紫水晶 3

 部屋はこぢんまりとしていて、置いてあるベッドと台のような机で一杯一杯だった。

 それでも綺麗に掃除されてあるし、窓辺にはかわいらしい花が飾ってある。おまけに虫除けの香まで焚かれてあって、中々に居心地がいい。

 宿によっては、これ洗ってあるの? と横たわるのが憚られるほど汚いシーツを敷いたベッドが置いてあったりだとか、薄い壁一枚隔てた隣の部屋から悩ましい男女の声が聞こえたりすることがあるんだけれど、ここではそんな心配はなさそうだった。

 アフロカツラを脱いで一息吐く。

 窓を開けると、暖かい風が緩やかに吹き込んできた。

 南の地方ということで、ある程度の暑さは覚悟していた。今までは夏でも比較的涼しいローズランドで過ごしていたし、王都では本格的に暑い季節を迎える前に出てきてしまったので、厳しい夏の暑さを経験したことがなかったのだ。

 でもこの地方は夏でも不快なジメジメ感がないらしく、かつて日本の鬱陶しい梅雨の時期を乗り越えてきた私としては、凌ぎやすいほどだ。日射しはさすがに強いけれど、ちゃんと水分も取って時々木陰で休憩を挟めばなんてこともない。

 薄闇が広がる空の下では、結構な数の人たちがミアデル街道へ向かっていた。それなりに距離があるせいか、聞こえてくるざわめきも遠く、眠るのに支障はなさそうだった。

 明日も早くから行動したい。もう寝よう。私はベッドに入った。

 ――夜は苦手だ。

 横になってから寝付くまでの間、どうしても余計なことを考えてしまう。

 旅の初めはそんなこともなかった。昼間に長距離を歩くせいで、夜にはくたくたになっている。足もまめが潰れて痛かったし。おかげで部屋に着くなりベッドへ倒れ込み、朝までぐっすりだったのだ。

 でもある程度慣れてくると、余裕が出てきてしまう。

 いつも必ずおやすみを言っていた人たち。エレーヌ、ソフィア、ヘンリー父さん、リディ、……アステル。皆の顔が浮かんできそうになり、慌てて打ち消した。

 自分で決めて出てきたとはいえ、どうしようもなく寂しさが募ってくる。皆、元気にしているのかな?

 リディには手紙を送ると言ったけれど、情けないことに、書けるほどにはまだ私の心は落ち着いていなかった。こんなの平気だ。何でもないって思えるくらいに、もっと強くなれればいいのに。

 枕に顔を押しつける。

 いつものように、甘えの抜けきらない自分を嘆かわしく思いながら、私は眠りに引き込まれていった。


 翌朝。

 ミアデル街道は行き帰りの人たちで沸き返っていた。入口付近には、乗り合いの馬車がズラリと並んでいる。その前には出発を待つ人たちが、立ったり座ったりしていた。

 一瞬、あの列の中へ加わろうかなとも思ったけれど、やっぱり沢山歩いた方がいいかと思い直す。

 こちら側へ帰ってくる人よりも、エルネット側へ向かう人たちの方が断然多かった。昨日のお兄さんたちの話を思い出す限り、大部分の人たちがリタズマに用があるんだろうな。

 街道は綺麗に整備されていた。石畳で舗装が為されている路は横幅も広く、ちゃんと歩行用と乗り物用に別れている。交通事故の危険も少なくて、歩きやすかった。

 まだ早い時間帯のせいか、徒歩の人も多い。皆、朝からギラつく陽光を受けて日除けの帽子や布を被り、汗を拭きつつ進んでいた。ちなみに私の被っているアフロカツラは、ちゃんと日除けの役割を果たしてくれている。ボワボワの髪が日射しを防いでくれているのだ。

 ビックリなことに、この街道を行く人たちのアフロ姿に対する反応は友好的だ。馬車の窓から手を振られたりもするし、道行く人に目を丸くされながら話しかけられもする。もちろん私を敬遠する人もいるけれど、よく見てみれば、話しかけてくれるのは昨日のお兄さんたちみたいに、エルネットに住んでいるんだろうなと思える人たちが多かった。

 国民性……なのかな?

 ベルディアの人たちは触らぬ神に祟りなしという感じ。

 バルトロメの人たちからはセンスを疑われていたような気がする。

 エルネットの人たちは、温暖な気候で培われた陽気な性質も相まって、細かいことは気にしないのかもしれない。考えてみれば、今までもお酒を呑んでいる人と相席したことは何度もあったけれど、話しかけられたことはなかった。

 観光都市と呼ばれるからにはリタズマにも色んな人たちが集まってくるんだろうし、そのせいで見慣れない格好には耐性があるのかもしれない。なんにしろ、住んでいる地方によって反応が変わってくるのがよく分かる。面白いな。

 そんなこんなで、懸念していた街道の中程にある検問所も難なく通り過ぎることができた。

 途中にあった休憩所で美味しいお昼ご飯を食べ、街道沿いに植えられている、よく手入れされた花を愛でつつ気分よく歩いていくと、いつの間にかリタズマへ到着していた。



  さすがに観光都市と言われるだけあって、見渡す限りに人や建造物がひしめき合い、活気溢れる大きな町だ。以前にグアルさんと一緒に行った王都とどっちが広いんだろう? とか考えてしまう。

 ただ、リタズマはなんというか、もっと雑多な印象を受ける。ベルディアの王都がピシーっと計算通りに配置された町並みを持っているのとは対照的に、ここは後からどんどん拡張されていきました、という感触なのだ。

 いかにも高級そうな建物の隣で、物置小屋みたいなお店のおじさんが呼び込みをしている。その姿は清濁併せ呑んでいそうなリタズマの性質をそのまま映しているようで、その闇を裏側に押し込めていた王都よりも分かりやすい。なんとなく好きだなと思ってしまった。

 通りを歩く人たちの格好も顔立ちも、予想通り種々様々だ。

 そういえば、ここの言葉はどうなっているんだろう?

 一応、私が習った言葉はベルディアでも一番話されている大陸共通語だった。他の国でも使われている言葉だとは聞いていたんだけれど、皆がそれをしゃべっているとは思えない。私が話している言葉はホープのペンダントが勝手に翻訳してくれているんだろうし。

 別に通じなくて困っているってわけじゃないんだから、気にしなくてもいいんだろうけどさ。

 素朴な疑問ってやつだ。

 それにしても……と辺りを見回しながら考える。

 まずは今夜の宿を探さなくちゃならない。聞いていた通り、ここから見える範囲だけでも宿は何件も建ち並んでいる。とはいえ立派な店構えをしている所が多いのだ。なるべく節約をしておきたい身としては、ちょっと入るのが躊躇われる。もう少し奥へ入っていくと、手頃な所が見つかるのかもしれない。

 と、歩きかけたところで一軒の屋台が目に入った。聞いた方が早いよねと考え直し、その屋台へと近寄っていく。


「おじさん、こんにちは」

「はいよ、らっしゃい! ……なんだあ、その髪は?」

「いいでしょう。おじさんもやってみたいと思うでしょう」


 眉をしかめて言ってくるおじさんに、勧めてみる。

 一応、アフロ推進委員会の役割は果たしておかねば。といっても発足は昨日で、会員は私一人なんだけれど。


「いや、思わねえけどな」


 今回もあっさり一蹴されてしまった。実は、街道で話しかけてくれた人にもPRしてみたんだけれど、反応は芳しくなかったのだ。

 いやいや、こういう地道な活動は大切だ。千里の道も一歩からというじゃないか。


「ここは何を売ってるんですか?」

「おう! リタズマ名物、紫の賢者饅頭だ!!」


 なんじゃそりゃ。ここはどこの温泉街だ!

 心の中でツッコミを入れておく。おじさんが指し示した台の上を見てみると、薄い紫色をした大振りのお饅頭が、湯気を立てて並んでいた。

 売れ行きは中々に好調みたいだ。

 私が眺めている間にも、お客さんが来ては幾つか買い求めていく。丁度客足が途絶えたところで、私も一つ売ってもらった。なんだか紫芋で出来た食べ物を思い出してしまう。熱々のお饅頭は、噛むと口の中一杯に香ばしさと味が広がり、もちもちした感触が美味しかった。

 食べ終わってからもう一つ購入することにした。多分、これで満腹になりそうだから晩ご飯代わりにしよう。

 お饅頭を受け取りながら、おじさんに手頃な宿がないか尋ねた。


「入口付近は大手の宿が多いからな。もっと奥の方にゴロゴロあるぞ。選び放題だ。紫の賢者に会えるといいな!」


 や、なるべくなら会いたくないんですけど。

「ありがとよっ!」と送り出してくれる元気なおじさんの声に返事をして、私は宿を探すべく町の奥へ入っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ