喚びし者 其は高輝なる 4
「まず、その石には魔術で五つの機能を持たせてあるわ。一つは抗魔力。あなたには魔力が全く無いというのは最初に言ったと思うけれど、こちらの世界では多かれ少なかれ、誰でも魔力を持っているものなの。だから、害意があるかなしかはともかく、何かの魔術によって受ける影響を無意識の内に、最低限には防ぐことができるのよ。でも、普通の人には差し障りない魔力の波動も、あなたにはどんな影響を及ぼすかが分からない。これはそれを防いでくれるわ。それから特別に、あなたに敵意を持って掛けられる魔術も無効にしてあげる」
本当に特別だからね、と付け加えるように恩着せがましく言われたけれど、魔術に無知な私では、そのありがたみがよく分からない。
釈然としないものの、素直にお礼を述べておいた。
「それから次は翻訳機能なのだけれど、これは分かるわね? あなたの世界とこちらでは言葉が違う。あなたの言っていることも、こちらの言っていることもそれぞれ通じはしないわ。そしてこれはお互いの言葉を翻訳してくれる。ただし識字の補助まではしてあげないから、文字は自分で勉強してね?」
せっかくだったら、文字も判るようにしてくれたらいいのに……。と不満な顔をしていたら、何か文句でも? と睨まれてしまった。
いえいえ、なんでもありません。
「その次に追尾機能。この石はあなたが身につけていないと役に立たない物。身体から一定以上の距離を離れてしまったら、自動的に戻ってくるようにしたわ。あなた落ち着きがなさそうだから、うっかり落としでもしたら大変だものね」
全くもって、ホープは一言多い!
でも腹は立つけれど、多分図星なので黙っておくことにした。
「後、なんだったかしら? そうそう、連絡機能。これは私を呼ぶためのものよ。一方通行の機能しか持たせていないから、これを使って私からあなたに呼びかけることはできないわ。ま、私にはそんなもの必要無いんだけれど。あなたが記憶を取り戻した時に、石を握って強く呼びかけてくれれば応えるから。ただし、一度だけしか使えないから覚えておいて。私を呼ぶのは、あなたが元の世界へ帰る時だけ」
「一度だけなの?」
「そうよ、それで充分でしょう? 他に私を呼ぶ用事があるとも思えないし」
確かにそうなんだけれど、なんとなく心細くなってしまう。この世界で私は、まだホープしか知っている人がいないのだ。その唯一人に放っておかれるような、頼りない感じがしてしまった。
「そんなに心配そうにしなくても、公爵家が大事にしてくれるわよ。そもそも、私のことは忘れるって言ったでしょう」
私が不安そうな顔をしていたのを見て、ホープが言ってくれた。意外と優しいところもあるもんだ。
鬼の目に涙。
なんて失礼な格言が頭に浮かんできてしまった。
「最後は隠蔽機能。これはあなたの身を隠すという意味ではなくて、この石に魔術がかかっていること自体を隠す機能よ。物に魔術が掛かっていると、心得のある者なら簡単に見破ってしまう。大陸では主に共通言語を使うんだもの。翻訳機能なんて付いていたら、あなたが何者なのか? という話になってきて、あまりありがたくない目に遭う危険性も増えてしまうでしょう。それでなくてもあなたは目立ちそうだし」
「目立つ? なんで」
あまりありがたくない目ってなんだろう? と疑問を抱きながら質問する。
「アージュアには、髪と目の色が同じ人間というのがほとんど存在しないのよ。それは天海の彩と呼ばれてかなり珍しがられるわ。まあ要するに、人が人を認識する上で先ず真っ先に目の行く部位が、特筆に値する点を生得していないあなたでも、それだけで注目を浴びるということよ」
「ホープ! あんたさっきから本当に一言も二言も多いよ! 分かりにくく言ってるけど、私の顔が平凡だって言いたいんでしょ!?」
「ごめんなさい。正直なの」
口に手を当てて平然と答えるホープ。まさに、蛙の面になんとやら状態。
ムカツクなあ本当に!
そこではっと気付いた。いかんいかん、話がズレている。
「でもホープは目と髪の色、同じじゃない?」
「私は特別だと思っていればいいわ。それはともかく、どういう形であなたに身につけてもらおうかしらね?」
私を見て考え込みつつ、ホープは鬱金の背中を撫でた。鬱金はゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らしている。なんか、猫みたいでかわいいと思ってしまった。
「――服の下に隠せるように、ペンダントにしましょうか。それだけでも一財産になる宝石だから、無闇に他の人に見せないようにしてね」
そんなことを言われたって、忘れてしまうんじゃどうしようもないんじゃない?
心の中でツッコミを入れながら、「貸して」と言うホープの言葉に従って、宝石を手渡した。
ホープが鬱金に顔を向ける。
「真朱、鎖を持ってきて。確か、机の引き出しに入っていたと思うから」
誰に向かって頼んでいるんだろう? そう思っていると、鬱金のたてがみの中から、光の塊が飛び出てきてびっくりしてしまった。その光の塊は広い部屋の隅にある机まで、勢いよく軌跡を描きながら飛んでいく。そしてそのまま引き出しの中へ消えてしまった。
多分、鍵穴から入り込んだんだ。ここからはよく見えないけれど、小さな穴から光が漏れている。
しばらくすると、光の塊は重そうによたよたと飛びながら、何かをぶら下げて戻ってきた。ペンダントの鎖みたい。細くて華奢な銀色の鎖で、私からすれば重さなんてあって無いような物なんだけれど、あの様子を見ると、とても重量のある物体に感じられる。
……って、注目すべきはそこじゃない。鎖を持っている光の塊の方。
これって、物語のままじゃないか!
「妖精!?」
思わず叫んでしまった。
姿形は物語の挿絵そのままに、キラキラと綺麗に輝く小さくてかわいらしい女の子が、透明の羽を生やしている。
妖精はよいせ、という感じで鎖をホープに渡して、ご苦労様と指先で頭を撫でてもらって喜んでいた。
「――この子をね」
片手に持った宝石に、もう片方の手をかざしながらホープが呟く。
「蜘蛛の巣に引っかかってしまった真朱を、公爵家の息子が助けてくれたのよ」
いつの間にか宝石は周りを鎖と同色の金具に縁取られて、金具の一部に鎖を通すための穴が空けられていた。
「ここにいる子たちは私の大事な家族。その家族を助けてもらった恩は返さなければならない」
ホープは穴に鎖を通した。
「さ、できたわよ」
そう言ったホープに、ペンダントの姿になった宝石を手渡された。それを首に掛ける。
へへっ、かわいい。思わずにんまり。
「これはペンダントにしてしまったから、首に掛けないと効果がないわ。外さないようにね」
「でも私は記憶がなくなっちゃうんでしょ? そんなこと言われても、分かんないまま外しちゃいそうだよ」
「まあ外せば外したで、言葉が分からなくなるから、いくらあなたでも気付くでしょう」
いくら私でもってなんだよ。
全くもう! と私はむくれた。
「それじゃあそろそろ送る――忘れていたわ。手紙を書かなきゃ。少し待っていてね」
ホープは、あちこちでごろごろしている魔物たちを撫でたり優しく叩いたりしながら、机の方へ向かっていった。
魔物たちに接する時のホープはなんというか、眼差しが柔らかくて、慈しみに溢れている。私には嫌みを言ったりして意地悪だけれど、家族と呼ぶくらい、ここにいる魔物たちはホープにとって大切な存在なんだろう。
その大切な家族を助けてもらった恩を返すためなら、少々の犠牲は厭わないほどに、かけがえのないものとそうでないものを区別しているんだ。
犠牲にされた私はたまったもんじゃないんだけれど、家族が大切というのは理解できた。
――でも、となんとなく髪に手をやりながら考える。魔物たちを家族と呼ばなければいけないくらいに、ホープは寂しいんだろうか?
ホープには友達とか、心を許せる人間の誰かはいないんだろうか?
そこで私は思考を中断することにした。
うむむ……。こんなことを考えていると知れたら、どんな口撃が返ってくるか分からない。もう止めとこう。
白い封筒を手に持って、ホープが戻ってきた。
「お待たせ。それでは、この手紙を持っていてちょうだい。誰に渡すかも忘れているでしょうけれど、どのみちこちらの文字が分からないあなたでは、近くにいる人間に読んでもらうことになるでしょうから。どうせ公爵の息子の元へ送るしね」
「分かった」
頷きながら返事をした。
「それでは送るわよ。次に気がついた時は、あなたは私のことも、ここであった全ての出来事も忘れているわ」
「ホープに会ったことも忘れてしまうの?」
「そりゃあそうでしょう。私に会ったことを覚えていて、そこから連鎖的に全てを思い出されても困るもの」
そういうものなのか。別に私は思い出しても困らないんだけどね。
「それではあなたの幸運を祈っているわ。元気でね、藤枝桜――」
ホープが、思わず見入ってしまうぐらい綺麗な笑顔を浮かべたと思ったら、目の前が真っ暗になった。




