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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
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ベルディア王城 6

 結局、私が自由に動き回れるようになったのは、謁見の日から約一ヶ月経ってからのことだった。その一週間前には問題なく歩けるようになっていたのに、やけに心配性な周りから、まだ早いと外出を止められてしまっていたのだ。

 さらには、わざわざ様子を見にきてくれたグアルさんにまで注意されてしまった。なんだかグアルさんまで過保護になってきたような気がする……。グアルさんのせいじゃないのに、責任を感じられているのかもしれない。

 でも今回は怪我のことで皆に心配させたり迷惑をかけてしまった自覚はあるので、おとなしく従っておいた。


 そして今、私は隣にリディを従え、念願の迷路に挑まんとしている。さすがに、アステルにされた忠告を無視して一人で入るような勇敢さは持ち合わせていなかったので、お姉様、お願い付き合って! とリディを拝み倒したのだ。

 最初は露骨に嫌そうな顔をしていたリディも、たまたまその場を通りかかったアステルに「俺からもお願いします」と頼まれるとコロッと態度を回れ右させて、目がくらむような笑顔で快諾してくれた。

 目の前には青々とした緑色の生け垣で出来た、迷路の入口がそびえている。生け垣は私やリディよりも背が高くて、通路部分は二人で並んでも余裕があるほど幅が広い。この迷路はお城の廊下に隣接していて、城内からも、また私たちみたいに外から回り込んで入れるようにもなっているみたいだ。

 どうでもいいことだけれど上から見た限りではこの迷路、結構な広さがあった。

 お手入れの人はさぞかし大変だろうなあ。慣れてない人だったら迷ったりするんじゃないんだろうか? 地図とかあるのかな? なんにしろ、私が今から迷路に挑戦できるのもあなたたちのおかげです。どうもありがとう。

 心の中でお手入れの人たちに、ありがた迷惑であろう感謝の言葉を送っておいた。

 ちなみに今日は動き易いように、私はいつもの服装で来ている。お城の中に入るわけじゃないのでまあいいでしょう、とエレーヌが譲歩してくれたのだ。ただしお化粧だけはしていってくださいと言われ、塗りたくられてしまった。そしてカツラも被っている。


「まったくもう、どうして私がせっかくのお休みにこんなことをしなくちゃなりませんの?」


 パンツ姿ではないけれど、麗しのお姉様は私と同じく動きやすい格好をしている。肩にかかった長い髪を無造作に後ろへ払い、この上なく不満だと態度で示した。

 私はまあまあ、と宥めることにした。


「いいじゃない。かわいい妹のためだと思って。ね?」

「ぬけぬけと言ってくださいますわね。まあいいですわ。とにかく、早いところ済ませてしまいましょう」

「リディもこの迷路でよく遊んでいたの?」


 問いかけると、リディは遠い目をして迷路を眺める。


「ええ、幼い頃に。お兄様、王太子殿下、それからティナという幼馴染みと一緒にね。出口までの道順もすっかり覚えてしまいましたわ」

「ティナさん? 王太子殿下とも仲良かったんだ?」

「いつも四人で遊んでおりましたの。そう言えば、今日はティナも城へ来ると申していたような……――お話は歩きながらでもできますでしょ。早く参りましょう」


 それもそうだ。せっつくリディに背中を押されながら、私たちは迷路に入っていった。

 今日は暑いほどの陽気で絶好の探索日和だ。――いざ出陣!

 ――と張り切った私が意気盛んに進もうとしたところで、「リディ様!」という制止の声が後ろから響いた。

 ぞんざいな仏頂面から、ほれぼれするような笑顔に豹変したリディが振り向いた先には、セシリア王女の使いという人が立っていた。

 その人が言うには、お城の門番さんから様々な過程を経て連絡を聞いたセシリア王女が、ここに来ているのならリディに会いたい! と駄々をこね始めてしまったそうだ。仕舞いには泣き始めてしまったらしい。リディってよっぽど懐かれているんだな。セシリア王女もこの笑顔でコロッと参ってしまったんだろうなあ。

 などと考えていると、お使いさんの話を聞いていたリディが申し訳なさそうにこちらを向いた。


「ごめんなさい桜。私、行かなければなりませんわ」

「うん、分かった。しょうがないよね。私は一人で大丈夫だから」


 了解を示すべく手を上げ、鷹揚に頷く。すると怪訝そうな顔を返された。


「まさかこのまま進む気なんですの?」

「だって、せっかくここまで来たんだし……」


 アステルには一人で迷路に入ってはいけないと止められていたけれど、一人で進んでいけないとは言われてないのだ。

 という、大層己に都合のいい解釈で以て、私はこのまま迷路に挑戦する自分を正当化した。

 リディは使いの人に急かされていて、それ以上私を止めようとはしなかった。


「それでは、もし――ではなくて絶対に迷うでしょうけれど」


 どういう意味だそれは? 疑問に満ちた私の表情を気にも留めず、リディは続ける。


「もうこれ以上進めないと思ったら、その場を動かずにじっとしているんですのよ? 一日に二度は見回りの者が来ますから。近くを誰かが通ったら、すぐに助けを呼びなさいね?」

「リディ様、お早く」

「分かりましたわ。桜、今言った内容を絶対に忘れないようにね?」


 しつこいくらいに念押しして、リディは慌ただしく行ってしまった。とてつもなく不本意ではあるけれど、迷ってしまうというのは当たっている気もする。リディの忠告はありがたく胸に刻んでおくことにした。

 出鼻をくじかれてしまったけれど、それでは改めて出発! と、勇ましく拳を振り上げる。

 必ずやこの迷路を制覇してやるのだ!

 ゴゴゴと闘志を燃やし、私は迷路に臨んだのだった。



 迷路というものは、迷わせるために造られた路なのだ。

 だから私が、最早どっちの方向から来たのかさえ分からなくなったとしても、仕方のないことだと思う。

 ご多分に漏れず、自分がどの辺りにいるのか見当もつかない私は、自分に言い訳をしながら当て所なく迷走していた。

 それでも、まだ体力にも精神にもなんとか余裕はある。

 あっちかな? こっちかな? と迷路を彷徨っていると、何かの音が聞こえてきた。反射的に足を止め、耳を澄ます。

 ううん、違う。あれは音というより――声? 押し殺したような。泣いているような、苦しそうな声だ。

 大変だ、誰か倒れているのかもしれない!

 私は慌てて駆け出した。

 声を頼りに、何度か行き止まりにぶつかりながらも生け垣の角を曲がると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。男の人と女の人が抱き合っていたのだ。

 女の人の服は胸の辺りがはだけていて、男の人が顔を埋め――あわわ、つまりそういう最中ってことだ。さっきの声はいわゆる嬌声ってやつで……。

 不意に、男の人が顔を上げてこちらを見た。赤い髪に水色の目をした、端正で精悍な顔立ち――。

 どひゃっ、王太子殿下だ!

 女の人も異変に気づいて上気した顔を私の方に向ける。私の存在に気づいた途端「きゃあ!」と悲鳴を上げ、急いで胸元を隠しだした。

 私も張り合うように、あたふたと狼狽した。

 し、しまった。別に邪魔をするつもりじゃなかったのに。見て見ぬふりをしてすぐに引き返せばよかった。大人の世界に一瞬呆然としてしまったのだ。

 今からでも遅くない、ゆっくり続きをしていてください。

 軽く膝を折り、失礼しましたと言って、慌てて踵を返そうとする。


「待て」


 制止の声が聞こえた。

 待ちたくないのに何故引き留める? 邪魔されたことを怒っているのか?

 おっかなびっくり頭を巡らせると、殿下は胸のボタンを留め直している女の人に何かを囁き、頭にキスを一つ落として手を振った。女の人が私の方へ歩いてきて、そのまま通り過ぎていく。すれ違いざまに一睨みのお土産つきで。

 ううう、ごめんなさい。


「こちらへ来い」


 横柄に顎で命令された。

 行きたくない! でも行かなきゃしょうがないので、しぶしぶ殿下の方へ歩を進めた。なんとなくこの人は苦手だ。謁見の時の、こちらを値踏みするような目つきを思い出してしまう。

 とりあえずは謝罪しておこう。神妙に頭を下げた。


「あの、お邪魔いたしまして、申し訳ございませんでした」


 人がせっかく謝っているのに殿下はそれに応えず、探るような目でじっと私を見ていた。感じ悪くないか?。


「お前はバドの……? もしや天海の彩の娘か?」


 バド? あ、アステルバード。アステルのことだ。


「はい。サクラと申します」


 謁見の時に名乗ったと思うんだけれど。心中でぶつくさ呟きながらも、目を伏せて肯定する。


「娘、髪の色はどうした?」


 あくまで娘で通す気か! 喧嘩売ってんのか、この人は?

 色々とぶちまけてやりたい文句はあるけれど、見えないように拳を握り締めてぐっと堪え、やっぱり口には出さずに心の中でツッコむだけにしておいた。


「カツラで髪の色を変えております」

「カツラ? 取ってみろ」


 さっきから偉そうだなあ。反抗心を抱くものの、まあ王族だから仕方ないか、と考え直す。

 私は人ができているから、文句は垂れずに従ってあげよう。といっても、カツラをかぶるために纏めている髪型は、あんまり人に見せたいようなものじゃないから抵抗はあるけれど。

 私が控え目にカツラを取ると、偉そうな殿下は少し瞠目した。


「ほう……。面白いな。このような使い方があるのか。」


 私が手に持ったカツラを興味深そうに見ている。この反応を見るといつも不思議に思う。

 私からすれば、むしろどうして髪の色を変えるという発想が出てこないのかが疑問だ。まあ、ここの人たちは髪や目の色彩が滅茶苦茶豊富だから、各人の個性を大切にしているのかもしれない。

 殿下が腕を組み、目線をカツラに固定したまま考え込むように口を開いた。


「お前は魔道具を扱えぬらしいな。それは本当か?」

「はい」


 よく知っていらっしゃることで、と思いつつも頷いて見せる。


「魔道具は誰でも扱えるように作られているのだがな――魔力が無いのか?」

「それは……存じ上げません」


 怪訝そうに柳眉をしかめられるものの、あんまり突っ込まれたくないからな。知らんぷりしておこう。


「それはそうと娘、お前に尋ねたいことがある」


 殿下がカツラから私に視線を移す。水色の目が私を射貫くように厳しく、冷たく細められる。

 なんなのさ!

 ビビってしまった自分を奮い立たせるために内心で威勢のいい言葉を吐き、頑張って目線を跳ね返した。

「お前はグレアム家に取り入ってどうするつもりだ?」


 …………?


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