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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
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王都バーラント 7

 肩の傷は縫う必要があったものの、思ったよりは軽く済んでいるらしく、二日ほどで抜糸できると言われた。

 縫われている時は、薬を飲んでいたから痛みもないはずだったんだけれど……。なんというか、糸が皮膚を通る時に引っ張られる感覚がして、妙にちくちくと気になった。

 そして肩よりも足の方が怪我の度合いは酷いらしく、抜糸に五日はかかると説明されてしまった。さらに今日、明日は歩いてはいけないとも。不便だな。まあ、自業自得なんだけれど。

 ちなみに、今示された治癒期間は魔道具を使えることを前提とした場合だ。この糸は所謂魔道具で、治りを早める魔術が組み込まれている。――ということは私の場合、抜糸までもうちょっと時間がかかりそうだった。

 魔道具は、電池や電気が要る機器のような物。通常、その電池の部分を個人の魔力が担うものだけれど、残念ながら私には持ち合わせがない。この治療用の糸にもそれ自体に魔術が掛かっていて、その効力を有効にするにはやっぱり魔力が必要なのだ。だから通常の糸で縫われているのとなんら変わりがなかったりする。

 とはいっても、魔道具の糸を使って治療してもらえるのは、お金持ちや一定階級より上の限られた人たちだけで、私の状態は一般の人と同じというだけだ。なまじ身近に魔道具があるから不便だなとは思うけれど、それも贅沢な話といえる。

 その他の擦り傷や打ち身の具合も診てもらい、全てが終わった頃にグアルさんが治療室へ入ってきた。


「終わったかい? 新しい服を持ってきたから、これに着替えるといいよ」

「わざわざ買ってきてくれたんですか? ありがとうございます」

「大きさが分からなかったから、なるべく融通の利きそうなのを選んでおいたんだけど……」


 自信なさそうにグアルさんが手渡してくれる。片手でプランと広げてみると、グアルさんの言う通りゆったりしたスポンと被れるタイプのワンピースだった。色遣いが上品で、感じがいい。意外とセンスがいいな、グアルさん。


「さすがにその服は酷いからね」


 一緒に濡れタオルも受け取り、改めて自分の状態を見下ろしてみる。肩部分とパンツは治療のために切り裂かれ、転げ回ったおかげであちこち擦り切れて穴も空いていた。もちろん血と砂埃でベッタリ汚れている。

 うーん、見れば見るほどボロボロだな。

 衝立で隠してもらって、まずは片手でできる範囲だけ身体を拭いた。痛み止めのおかげで身体を動かしても痛くはないけれど、肩が引き攣れるような感じがする。でもちょっとはさっぱりした。

 グアルさんはその間にお医者さんから私の具合を聞いているみたいだった。それにしても片腕ってもの凄く着替えにくい。ボタンははめにくいし、片足も思うように動かないからかなりの時間が掛かってしまった。


「終わりました」


 なんとか着替え終わった後に声をかける。グアルさんが衝立を外してくれた。


「今、馬車を呼んだからね。来るまでここで待とう。その間に事情を説明してもらおうか」


 というわけで、私はグアルさんに店を出てからのいきさつを話した。ペンダントについては打ち明けられないので、女魔術師とのやり取りについては適当に誤魔化しておいた。

 説明が終わると、グアルさんはやけに長々と、たっぷり哀愁を含ませた深い溜息を吐いた。


「――アステル様がどうして君のことをあんなに心配していたのかが、よおーく解ったよ……」


 そこまで実感を込めて言わなくてもいいんじゃない? 一応、反論を試みる。


「でもグアルさん、あそこで女の子を放っとくわけにもいかないでしょ? あのままじゃ、あの子売られてたよ」


 そんなの可哀想だよね、と付け加えると、えらく険のある目つきで睨まれた。怖っ!


「放っとけばいいんだ! どうして僕を呼びにこなかったんだ。君が行く必要はなかっただろう」


 グアルさんの迫力に、肩が一瞬ビクリと跳ねてしまう。


「でもそんなことをしてたら間に合わなかったし……」

「それで君が売られてしまったらどうするんだ? 僕だってそうだけれど、アステル様たちがどんなに嘆かれることか」


 それを言われるとなんとも弁明のしようがない。グアルさんだって駆けつけてくれた時はあんなに取り乱していたのだ。それにこんな風に声を荒げるグアルさんは初めて見る。凄く心配をかけていたんだろう。

 いたたまれなくて目を伏せた。

 グアルさんが興奮した自分を宥めるように、一つ息を吐く。


「君は、自分があの人たちにどれだけ大切に想われているかを自覚するべきだ」


 心の底から私を諭すことを望んでいるような、静かな声音だった。


「すみませんでした」


 俯いたまま、謝るしかない。


「――こっちこそごめん。僕が目を離してしまったのも悪かった」

「そんなこと言わないでください! グアルさんは全然悪くないんですから……」


 私は急いで顔を上げた。そして急激に悲しくなってきた。

 どうしてこうなっちゃうんだろう? グアルさんには私のことを気にせずお人形を選んで欲しかった。女の子についてはただ助けたかっただけなのだ。それなのにその結果はといえば、グアルさんや、多分家に帰った後はアステルたちに心配をかけるということだけだ。

 まぶたが熱くなる。こういう時の私は、泣きたくもないのに涙が勝手に滲んでくるんだ。

 このまま涙が零れるに任せようかな、とも考えた。

 ――いいや駄目だ。

 慌てて首を振り、涙と共に甘えた考えを振り払った。

 こんな時に泣いて済まそうとするなんて卑怯だ。いたいけな少女の涙なんて見てしまったら、グアルさんだって泣かせてしまった、と地の底まで落ち込んでしまうに決まっている。……多分だけど。

 手のひらで目を押さえてなんとか涙を押し止め、今度はもっとうまくできるようにしようと決心する。多分、同じ出来事があったらまた首を突っ込んでしまうかもしれないから、もうしないと誓えそうにはない。

 ――――でも……。

 ここまで反省したら充分だよね。あんまり気に病むのもよくないだろうし、いつまでも落ち込んでいたってしょうがないし。

 私はうん、と頷いた。過去のことを悔やむより、未来に目を向ける方が建設的だ。

 よし、くよくよせずにもう立ち直っておこう!

 すっかり乾いた目をグアルさんと合わせた。グアルさんには訊きたいことがあったのだ。


「ところでグアルさん、お尋ねしたいんですけど」


 グアルさんは急にいつもの調子を取り戻した私に、暫し呆気に取られていたようだった。それから何か言いたそうに口を開いては噤み、という運動を何度か繰り返し「アステル様も大変だ……」という失礼な呟きを溜息と共に零した。

 それは一体どういう意味かな?


「なんだい?」


 妙に諦めた様子なのが気にかかるけれど、まあいいか。


「さっき助けてくれたベルナールさんはお知り合いなんですか?」

「ベルナール様は王太子殿下の護衛を務めていらっしゃる方だよ」

「え、じゃあアステルと同じ?」

「ああ。まあ、アステル様は護衛の仕事だけではなく政務の補佐も担っているから、厳密に言うと同じじゃないんだけどね」


 そうだったのか。

 さっきは傷の痛みで名乗ることもできなかったけれど、王城に行った時にまた会えるかもしれない。

 人差し指でポリポリ頭を掻きつつそんなことを考えていると、馬車が着いたと声をかけられた。


 グアルさんに抱きかかえられ、馬車に乗り込む。辺りは日が暮れかかっていて、ああもう夕方なんだな、と目にも鮮やかなオレンジ色の空が、妙に感傷的に映った。あ、私ってばなかなか感受性が豊かなのかもしれない。

 じっと座っていても、薬が残っているからまだ傷は痛まない。結構造りのいい馬車を呼んでくれたらしく、身にかかる振動もちょうどよかった。

 しばらく走る内に、うとうとしてきた。

 さすがに今日は緊張の連続で、体力も大分消耗している。さらには揺れる馬車の心地よさで、私のまぶたはもう限界だった。


「すいませんグアルさん、着いたら起こして―――」


 全部言い終わらない内に、私は眠りの底に落ちてしまった。


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