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空を映す海の色  作者: せおりめ
第1章
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出会い 2

「なに、それ……」


 なんなのそれ。

 人を勝手に呼んでおいて、後は放っておくなんてあんまりじゃないか。


「大体、ユヴェーレンって一体なんなんですか」


 感情のままに言ったので、責めるような口調になる。この人は悪くないと分かっていても、直せなかった。

 そもそも、なんでこの人はこうも冷静なんだろう。こっちはこんなに焦っているというのに。そんな八つ当たりめいた気持ちで。


「一般にはあまり縁のない話ですが」


 それでもアステルさんは特に気を悪くした様子もなく、穏やかに言葉を継いだ。


「この世界には魔術を駆使する、魔術師と呼ばれる人々が存在します。あなたの世界にはいませんでしたか」


 言葉を重ねられなくても、態度一つで諭される場合がある。

 静かな部屋に響く、低くて聞き触りのいい、落ち着いた声音。あくまで柔らかさを保ったまま。

 聞いているうちに、少しだけ気分が落ち着いてくる。そうなると、怒ってしまった自分が段々恥ずかしくなってきた。


「魔術師? そんなの、物語の中でしか聞いたことないです……」


 もうすぐ中学生になるというのに子供っぽく反発してしまった自分が決まり悪く思えて、尻すぼみな答え方になる。

 その一方で、現実社会ではまず聞き慣れない単語を輝かしいものとして、胸に刻み込んでいる自分もいた。

 本当に、おとぎばなしの世界へ迷い込んだみたいだ。魔術なんて、ちょっと憧れたりして――なんて、余計なことを考えてみたりもする。

 アステルさんはそうですかと頷くと、説明を続けた。


「この世界の人間は、誰でも微弱ながら魔力を帯びています。その中でも魔力が高く、先程言ったように魔術を扱う者を魔術師と称します。その数は多くありませんが、捜そうと思えば捜しだせる程度にはいます。ですがまあ、普通に生活する分にはあまり会う機会もないでしょう」


 ここまではいいですか、と問われて素直に頷いた。


「さて、その魔術師たちの中でも、特に最高位の魔術師十二人をユヴェーレンとお呼びします。それぞれダイヤモンド、アクアマリン、といった風に宝石の名前をお持ちですが、これは座の名前――謂わば役職名でありその方個人を指すというわけではありません。国に属さず、各々方ご自身の意志を優先させることを許されているため、例え王でも命令はできない存在です」

「王様より偉いってことですか? なんだか凄い人たちなんですね」


 王様というと、誰よりも地位が高いというイメージがある。その王様でも命令できないなんて、どれだけ偉い人たちなんだろう。


「王よりも権力を持つ、という意味ではないですが不可侵の存在です。ただし、あの方々に自由が許されているのは大きな義務をお持ちのためでもあります。我々一般の人間だけでは到底太刀打ちできない魔物が現れた場合、世界の均衡が危ぶまれる事態が起きた場合等に、全力を持って治めていただく。このアージュアという世界の平定者としての役割です」


 魔物まで出るのか、この世界は。物騒極まりない事実を知って、遠い目をしたくなった。

 しかも世界の均衡が危ぶまれるって、一体どんな事態なんだろう。地球では戦争なんかが想像されるけれど……あんまり考えたくないな。うん、深くは追わないでおこう。


「話は少し変わりますが」


 アステルさんが私の様子を窺いながらさらに続ける。はい、まだなんとか話にはついていってますよ。


「アージュアでは人々の髪と目の色が多彩です。が、その二つが同じ色というのはかなり希少で、『天海の彩』と呼ばれます」

「へー、面白いですね。私の国では黒目、黒髪が普通ですよ。外国では髪と目の色が違う人はたくさんいましたけど」

「そうなんですか、あなたの世界では民族によって違うんですね。こちらでは、かなり珍しい」


 アステルさんは、興味を引かれたように微笑した。


「俺は天海の彩に出会ったのはあなたで二人目ですが、一生お目にかかることができないというのが殆どです。ここで話が戻りますが、ユヴェーレンは例外なく天海の彩をお持ちです。例えば、ティア・ガーネットは石榴色の髪と目、ティア・エメラルドは翠玉の髪と目、という具合に。そのため、天海の彩=ユヴェーレンと認識されています。そして俺がお会いした天海の彩の一人目、ティア・ダイヤモンドは漆黒の髪と目をお持ちでした」


 私と同じ黒目黒髪? 思わぬ共通項を聞いて二度瞬いた。最初にアステルさんが、私にユヴェーレンなのかと問いかけたのはもしかして――


「私を、そのティア・ダイヤモンドとかいう人だと思ってたんですか」

「はい」


 予想通り明快に答えられたものの、アステルさんはですがと続けた。


「一瞬だけです。ティア・ダイヤモンドにしてはまるで雰囲気が違う。髪と目の色もあなたの方が少しだけ薄い。ですがまあ、先程も言った通り天海の彩=ユヴェーレンという認識があり、もしかしたらと思ったんです」


 確かに私の髪と目は、漆黒とはいえない。平均的な日本人よろしく、太陽の光が当たると茶色く透けるしね。

 チラッとだけ好奇心が芽生えた。この世界に数少ない、私と似た色彩を持つダイヤモンドという人は、どんな雰囲気の人なんだろう。

 そんなことを考えながらも、私は思いついた別の疑問を口に出していた。


「そういえば、ユヴェーレンの人たちを呼ぶ時に『ティア』ってつけますよね。これはどういう意味なんですか」


 最初はその人の名前かと思っていたけれど、皆に付けているみたいだから違うんだろうな。


「これはユヴェーレンの方々のみにお付けする敬称です。“--様”や、“--先生”等と同じような意味……と言えば分かりますか?」


 ああなるほど。

 よくわかりました、という意味を込めて頷く。


「話を戻しますが、この手紙の封蝋にはユヴェーレンの印璽が押されてあります。そして色は黒。黒い封蝋はティア・ダイヤモンドを表す――この手紙を書いたのはティア・ダイヤモンドで間違いないと思います。つまり、あなたをここアージュアに喚んだのは、ティア・ダイヤモンドなのでしょう」


 今までの説明を頭で整理しながら聞いていたので、一瞬何を言われているのかわからなかった。

 そうか、今は誰が私をこの世界に放り込んだのかを話しているんだった。


「じゃあ、どうしてティア・ダイヤモンドは私をこの世界へ呼んだんですか? その手紙に理由は書いてないんですか」


 さっきアステルさんは、私がこの世界へ来た理由は、ユヴェーレンが関係しているとしか言わなかった。そのあたりの詳しいことは書かれてないのかな。


「――理由は残念ながら明記されていません。しかし、俺にあなたの身柄を預かるように書かれてあります」


 何故か、理由のところで言い淀んでいるようだった。それがちょっと疑問だったけれど、それよりも気になることがあったので、そっちの方を訊くことにした。


「どうしてアステルさんに、私のことを頼んできたんですか」

「俺が一度お目にかかったことで縁があり、当家が人一人を受け入れられる程度には余裕があるからでしょう。歓迎しますよ」


 相変わらずの穏やかな微笑みで、今度はその目に親しみを込めて言ってくれた。

 確かにこの部屋を見る限り、私一人を受け入れることぐらい何てことはないんだろうけれど……。


「いや、でもそんなに簡単に決めちゃっていいんですか? 自分で言うのもなんですけど、私、かなり得体が知れませんよ。怪しいと思わないんですか」


 さっきは怪しい者じゃないとか言っていたくせに、思わず突っ込んでしまった。

 自分で自分を不利な立場に追い込もうなんて、天の邪鬼か、私は。


「あなたの身元はティア・ダイヤモンドが保証されています。怪しいなどとは思いませんよ」


 要するに、そのダイヤモンドさんが私の身元保証人ということなのか。

 身分のある人のお墨付きだとあっさり信用されるものなんだなあ、と世の中の仕組みを一つ学んだ気分だった。


「突然今までとは違う世界に来てしまって、不安に思うことや、戸惑うことも多いかと思います」


 言葉と同時にかがみ込むと、アステルさんは真摯な表情で、真っ直ぐに私の目を見据えた。


「俺もティア・ダイヤモンドをお捜しする努力はしますが、どれほどの時間がかかるか検討もつきません。さらに、見つけだせるという保証もない。厳しいことを言うようですが、この先何年、何十年かをこちらの世界で過ごすことも覚悟してください」


 そんな風に言われたって、いきなり。

 今までは説明を受けるばかりで、自分の置かれた状況に憤りながらもどこか本を読んでいるような気分でいた。不安を感じながらも、心の一部分に気楽さを保っていられた。けれど今、アステルさんは私自身に心の準備を促している。目を背けるなと。覚悟しろとばかりに。

 足元がグラつくような。不確かなような。

 周りの全てに置いていかれるような、言い表せない感覚が胸を駆け抜けた。

 この感覚は、ぼんやりと覚えている。

 まだ私が小さい頃だ。お父さんとお母さんが突然いなくなってしまった時の――

 その時の感情が顔に出ていたのかはわからない。そんなことを気にするゆとりはなかったから。

 ともかく、私の不安を感じ取ったんだろうアステルさんは、安心させるように微笑んだ。


「余計に不安を煽るようなことを言ってすみません。ですが大丈夫ですよ、桜」


 あ、名前。

 男の人の大きな手で私の頭を撫でながら保証する。


「この世界も住んでしまえば悪いところではない。あなたに不自由な生活もさせません。地球で桜を守っていた方たちの代わりになれるはずもありませんが、ここでは俺が桜を守ります」


 ですから安心してください、と。

 あの時もおじさんが優しい顔で、頭を撫でながら言ってくれたんだった。

 大丈夫だよって。

 力を込めて歯を食いしばっても唇が震える。固くつぶった目が熱くなって滲んでくる。

 いいのかな。こんなに優しくしてもらっていいのかな。

 おじさんは親戚だったけれど、アステルさんは何の関係もなくて、むしろ厄介事を押しつけられた状態なのに。

 でも、もう言い換えは聞かないからね。頼っちゃうよ。甘えちゃうよ。

 かなり安心してしまった私は、気づいた時にはえぐえぐと泣いていた。そりゃもう、消防士さんの放水みたいな盛大さで。アステルさんが差し出してくれたハンカチを、目と鼻に当てながら。

 頭を撫でてくれている手の感触が気持ちいい。最近、こんなに泣いたことなんてなかったのにな。



「――ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」


 こういう時に「ふつつかもの」って言葉を使うのは、適当なんだろうか?

 的外れなことを考えながら、散々泣いて気が済んだ私は改めてアステルさんに向き直り、深々とおじぎをした。

 顔を上げると、アステルさんは優しい微笑みのままに。


「こちらこそよろしくお願いします。ようこそグレアム家へ」


 まるで、舞台上で紳士が貴婦人に対して行うように、優雅に一礼した。

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