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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
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王都バーラント 4

 最初、町へは馬車か馬で向かおうかという話になっていた。でも、グアルさんの話では徒歩でも一時間程度で着けるということだったので、その方がお腹も空くだろうと歩くことになった。いや、朝を抜いたおかげで今でも充分空いているんだけどね。

 グアルさんは馬の方が楽なのに、とぶつぶつ文句を垂れていた。けれど私が、年寄り臭いですよ? と若者目線の容赦無い言葉を贈ってやると、おとなしくなった。そういえば、グアルさんって幾つなんだろう? アステルより二・三歳上くらいかな。

 やっぱり北の地方にあるローズランドよりは、王都の方が暖かい。出発した時は薄暗かった辺りも、日が昇ってすっかり明るくなっていた。今日はよく晴れていて、空には雲一つない青空が広がっている。日射しは燦々と、光を撒くシャワーのように降り注ぐ。日焼けを気にしつつも、のどかな野原の景色を眺めながらのんびり歩いていると、汗ばんでくるほどだ。護身用に持ってきた棒を杖代わりに突きながら、グアルさんと町までの道のりを満喫したのだった。


 城下町は四年前、ローズランドへ向かう馬車の窓から少し覗いたくらいしか知らなかった。それが実際に見て、歩いて感嘆してしまった。さすがは王様のお膝元にある町だ。ミルトの街も賑わっていたけれど、規模が全然違う。

 石畳の広い道には馬車や馬がひっきりなしに行き交っていて、歩道をぶらつく人の数も多い。道沿いには立派な構えをした店が軒を連ね、広場の方には沢山の屋台が集まっていた。そしてその屋台にはわんさと食べ物が並んでいる。

 私のテンションは否応無しに高まるばかりだ!


「グアルさん、あそこあそこ! あの屋台の焼き串美味しそう!!」

「……君、この町に来たのは食べることが目的だったのかい?」


 呆れるグアルさんの腕を掴んで引っ張り、目当てのお店へ突進していく。そりゃあ朝食も抜いて、長い時間をかけててくてくと歩いてやってきたのだから、お腹が空いているに決まっているじゃない。


「グアルさん、あれなんですか。魚の形をしたお菓子?」


 通り過ぎようとした屋台に乗っている、綺麗な箱に入った落雁みたいなお菓子が目に入った。というよりは、目に飛び込んできた、の方が正しい。なんせ、配色が物凄いのだ。

 全体的な色は紺で、両目の色が橙。何故か額にも赤紫の目がポコンと付いていて、さらに鱗の線は蛍光色のような黄色で描かれている。それが仲良く二匹で並んでいた。

 私が指を差した方向に、グアルさんが目を走らせる。


「どれ? ああ、あれは縁起物のお菓子だよ。いつもつがいで行動する魚だから、仲のいい夫婦の象徴とされているんだ。お祝いの品だね」


 グアルさんの説明に、私はへぇと納得した。でもなあ。向こうの世界でも落雁で作ったお祝い用のお菓子はあった。けれど、あんな奇っ怪な色合いのお菓子が縁起物といえるのかどうかは、疑問の残るところだ。文化の違いってやつかな。不思議な世界だよなあ。

 や、今はそんな場合じゃなかった。

 途中、甘い香りで誘ってくるプリンのようなお菓子に心惹かれつつも、いやいや、デザートは後。まずは腹ごしらえをせねば、と断腸の思いで誘惑を断ち切る。

 香ばしい匂いを漂わせる屋台へ向かい、次々に制覇していった。



「グアルさん、ご馳走様でした!」

「どういたしまして。……それにしてもよく食べたね」


 大変満足しちゃったよ。『道の始まり亭』でもらったお給料が丸々残っていたので、これで美食を尽くしてやろうとお金は持ってきていた。けれど、グアルさんが全て支払ってくれたのだ。

 最初は、ついてきてもらっただけでもありがたいのにそこまでしていただくわけにはいかない、と遠慮深くも固辞していた。それなのに「今日は桜の喜ぶ顔を見たくて一緒に来たんだよ」という止めの一言を頂戴してしまった。ここまで言われたら仕方がない。じゃあ思う存分喜んであげようと、甘えることにしたのだ。

 こちらに負担をかけないように厚意を実行できるのは凄いことだと思う。見習いたいなと思うと共に、これが年の功かと感服してしまった。


「さて、腹ごしらえも済んだようだし、こんなお店へ行ってみたいとかある?」


 グアルさんの提案に、腕を組んで暫し考え込む。第一目的は達成してしまったのだし、特にどこそこへ行きたいとかいうのはないなあ。

 そんな私の様子を眺めていたグアルさんが苦笑した。


「君の年頃だったら、服や身を飾る物に関心がありそうなものだけどね。普段、高価な物に囲まれているから興味が湧かないのかな?」


 この発言には、違う、違うとかぶりを振っておく。


「そんなことはないですよ。おしゃれな物を見るのは大好きです」


 確かに、服やアクセサリ類は沢山用意してもらっているけれど、大半が自分で選んだ物じゃないのだ。そういえば、向こうの世界にいた頃は、雑貨屋さんに寄ってかわいい小物を見るのが好きだったな。懐かしい。

 じゃあ行ってみるかい? というグアルさんの誘いを受けて、お勧めの店へ向かうことにした。



 目的のお店は表通りから路地に入り込んだ、少し奥まった場所にあった。レンガ造りでこぢんまりとした印象の外観で、窓に綺麗なお人形やミニチュア家具をディスプレイしている。


「かわいいお店ですね。よくこんなお店知ってましたね?」

「まあね。知り合いが好きな店なんだ」


 ふーんと相づちを打つ間にも、グアルさんは店の中へ入っていく。私も後を追った。

 狭い店内にはきらびやかなアクセサリや、食器類、窓に飾ってあったような人形なんかが陳列されていた。愛嬌のある顔をした木製の人形をつんつんすると、頭がゆらゆら揺れている。面白いな。

 並ぶ商品に感嘆しつつ、眺めたり触ったりしながら順番に見ていくと、グアルさんがやけに真剣な面持ちで人形を見つめている場面に遭遇した。可愛らしい女の子の人形だ。

 まさかそういう趣味でもあるのか? いやでも、嗜好はその人の自由だし……。私は煩悶した。

 でもそうだよね、偏見を持ってはいけない。


「……グアルさん? 何か気に入った物でもあったんですか」


 うん大丈夫、私は理解するからね、となるべく優しさの籠もった眼差しを向けながらも、恐る恐る尋ねる。

 グアルさんは、胸中で共感努力と世間の常識がせめぎ合っている私の葛藤など知らぬげに、まるで部屋の備品を選んでいる最中に友人と出会った、という気楽な調子でこちらに顔を向けた。


「え? ああ、知り合いがこういうのを集めていてね。かぶったら嫌だし、持っていなかったのはどんなのだったかなと考えていたんだ」


 あ、そういう理由ね。安堵の息を一つ吐いた。グアルさんの趣味じゃないと分かってホッとしてしまった。いや、そういう態度ってよくないな。私もまだまだ修行が足りない。

 でもピンときたぞ。人をからかう時特有のおだつ感情が込み上げてきて、私はヒヒヒと手で口元を覆った。


「もしかして、彼女ですかぁ?」


 ついつい顔はニヤけてくるし、質問の語尾も尻上がりになってしまう。


「そういう質問にはお答えできません」


 軽く躱されてしまったけれど、逸らした顔が動揺を表している。そんな態度を取っていると、昨日リディに見蕩れていたことを彼女にバラしてやるぞ?

 でも私が傍にいたら選びにくそうだ。というわけで、遠慮してあげることにした。


「私ちょっと外の空気吸ってきますんで、ゆっくり選んでてください」

「え? じゃあ僕も行くよ」

「入口の所にいますから。すぐ戻ってきますって」


 せっかく気を利かせたのに、ついてこられたら何にもならないじゃない。


「本当に、店の前から離れたら駄目だからね?」


 何故そこまで念を押すのだ? 今イチ割り切れない思いを抱きながらも、私は素直に頷いて外へ出た。


 グアルさんはどんなお人形を選ぶんだろう? 私の口からうくくと笑い声が漏れる。

 彼女さんもきっと喜ぶよね。


「ほら、いいからこっちへ来いって」


 色々想像していると、バタバタと騒々しい足音に続き、男の人の声が聞こえてきた。向けた者に強制する力を持った、とても暴力的な声だと感じた。

 何事? 若干胸を騒がせながら、そちらの方へ首を巡らせる。

 少し先、大通り側から二人連れがまず現れた。二人連れといっても、仲がよさそうとは全く思えない。顔はよく見えないけれど、腰に剣を吊した男が嫌がる女の子の腕を掴んで、家々の隙間、その奥へと無理矢理引っ張り込んでいく。さらに後ろからは細身の女が、泣きじゃくる女の子の背中を面倒そうに押していた。それは女の子の感情が一切届かない、別の、もっと暗くねちっこい場所からこの行為を捉えていて、まるでちょと煩わしい作業をしているだけ、という態度に見えた。

 ひと目見ただけで、男も女も、笑いながら他人を踏みにじることができる人種だという印象を持った。

 こういうタイプを前にすると、心に怯えがよぎってしまう。


「離して! ――っきゃあっ!」


 叫んだ女の子の頬を男が平手打ちして、彼女が大人しくなったところで三人とも家の影へ吸い込まれていった。

 無意味に三人が去っていった方へ手を伸ばす。オロオロと辺りを見回すものの、申し合わせたように人っ子一人見当たらない。

 悲鳴を上げて泣き叫ぶ、か弱い乙女を救う正義の味方はいないのか!

 焦る心を前方に残したまま、すぐ後ろの店を振り返る。グアルさんを呼びたくても、店内へ戻っている間に見失ってしまうかもしれないし……。

 私は、はしたなくもチッ、と舌打ちをしてしまった。

 こんな肝心な時に買い物をしているグアルさんはなんて役に立たないんだろう、と完全に言いがかりめいた難癖をつけてしまう。

 ええい、怯えている場合じゃない。再び前を向く。

 どちらかというと可憐な乙女に属する私が、ヒーローになるしかない!

 覚悟を決め、私は単身、路地裏に消えた三人を追っていった。

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