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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
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王都バーラント 2

「グアルさん、お久し振りです」


 ファーミルに向かって何か作業をしていたグアルさんは、私の声で振り向いた。


「天海の彩……? もしかして桜かい?」


 最初は訝しそうに眉を潜めていた神経質な顔が、驚いたように伸び広がり、次いで人懐っこい笑顔の形に収まる。私が好きな、ギャップのある表情だ。

 なんだかんだで一度しか会ったことのない人だ。気恥ずかしいものを感じながらも再会できたのが嬉しくて、私は照れ笑いを浮かべた。


「へへへー。そうですよ。お元気でしたか?」


 グアルさんが歓迎を表すように両腕を広げ、歩み寄ってくる。


「懐かしいな。君こそ元気だったかい? ……いや、なんか疲れているね。長旅のせいかな?」


 心配げな色を覗かしてくれたけれど、これについては曖昧に笑って誤魔化しておいた。あまり触れて欲しくない。そっとしておいてください、グアルさん。

 目の前で立ち止まったグアルさんがちょっと腰を折り曲げ、目線を近くして尋ねてくる。


「大きくなったね、今幾つ? 十五歳ぐらいかな?」

「十七歳です!」


 斜め上から降ってきた不躾な質問に、私は憤慨と反発心を露わにして応えた。なんで二つも年下に見られなきゃいけないんだ!

 成長期の二年っていうのは結構大きいんだぞ? と、目つきに凄みを加える。

 若く見ればいつでも女性が喜ぶと思ったら大間違いだ! と、口元を引き締めた。

 いつも気にしている心の傷をよくも抉ってくれたな? 仕上げとばかりにう~、と低い声で威嚇してやると、グアルさんが慌てたように言い繕う。


「え? や、これでも多めに見積もったつもり……。いやいや、あ~、長い間見ない内に綺麗になったねえ。ははは」


 目は泳ぎ、声が上擦った弁明からは失言が零れ、全然フォローになっていない。余計に怒らせたいのか?

 グアルさんの態度は噴飯ものだけれど、私は自分に向かって必死で言い聞かせた。

 ダメだ、ダメだ。これからグアルさんに用事があるんだから、感情のままに振る舞っても損をするだけだ。

 ふつふつとたぎる怒りをなんとか押さえ込み、綺麗という社交辞令だけは素直に受け取っておくことにした。

 それにしても、同じ褒め言葉でもアステルに贈られたのとグアルさんに言われたのでは重みが全然違う。

 ……なんでかな?


「今日からこのお屋敷に住むことになりました。これからよろしくお願いしますね」


 気を取り直してペコリとお辞儀をし、挨拶をする。

 これからお世話になる人だ。さっきの無礼な発言は、広い心で水に流してあげよう。


「そうなんだってね。こちらこそよろしく」


 私の怒りが解けたと感じたのか、安堵した様子でグアルさんが手を差し出してくる。私は快くそれに応じた。これで仲直り。といっても、私が一方的に憤っていただけなんだけれど。

 ここが頃合い、と私はグアルさんに用件を切り出すことにした。


「グアルさん、早速よろしくお願いしたいことがあるんですけど」


 少し媚びるような上目遣いになって、ちょっとでも控え目に見えるようにする。


「なんだい?」


 グアルさんは特に嫌がる様子もなく、尋ねてくれた。


「城下町へ行ってみたいんですけど、お休みの日に付き合ってもらえませんか?」

「町へ?」

「はい。今まで領地から出られなかったんで、王都の町って歩いたことがないんです。貴重な休日を潰してしまうのは申し訳ないんですけど」

「別に次の休みは暇だからいいけど……。アステル様かリデル様にお願いしなくていいのかい?」


 首の後ろを触りながら、思案げに確認してくるグアルさんの疑問は尤もなんだけれど。

 一応、私もその可能性は考えた。でもねえ。

 なんといっても、あの二人はとにかく人目につくのだ。グレアム家が誇る美麗極まりない兄妹と一緒に出かけようものなら、通りゆく人たちの視線が鉛筆の先で突かれたようにチクチクと気になって、見物どころの騒ぎじゃなくなってしまいそうだ。それにアステルは長期の休暇を終えたばかりなんだから、そんな暇はないだろうし。そもそも、あの二人もお忍びで町へ出ることがあるみたいだけれど、どうやって人を捌いているんだろう? どんなボロを纏っても目立ちそうだし、近寄ってくる人は後を絶たないんじゃないかと思う。お化粧して人相を変えているとか? 二人がこっちでどう暮らしているかなんて、具体的なことを私は知らないのだ。うん? すぐに逸れるな、私の思考は。戻そう。

 とにかく、アステルとリディじゃ都合が悪い。その点、グアルさんならすんなりと街に溶け込んで普通に楽しく過ごせると思う。や、グアルさんも充分に顔立ちのいい男の人なんだけれど、あの二人は別格過ぎるのだ。

 ちなみにヘンリー父さんに付き合ってもらうのは論外だ。頼めば喜んでついてきてくれそうではあるんだけれどね。

 私は理由を述べるべく、口を開いた。


「あの二人と一緒だと目立ちそうなんで……」

「――君も充分目立つと思うけど。天海の彩を持つお嬢さん?」


 グアルさんが頭を傾けつつ、軽口を叩くように言ってくる。

 あ、そうか。髪と目の色。でもこれはカツラを被れば大丈夫。

 私は親指を立てて応えた。オールオーケイ!


「これについては問題なしです。バッチリ対策します」

「了解だ。じゃあ、早速明日にでも行ってみるかい?」

「明日? お休みなんですか?」

「そうなんだよ。お誂え向きなことにね」


 やった、と思わず万歳のポーズを取った。このご都合主義的展開は、きっと日頃の行いがいいからだ。もちろん私の、と自画自賛しておこう。


「ありがとうございます! あ、ちなみにグアルさん、何か武器は扱えますか?」

「剣なら使えるけど、どうして?」


 不思議そうに聞かれるけれど、意外だ。いかにも頭脳派に見えるグアルさんが剣を扱うなんて。

 こう見えて、実は趣味が身体を鍛えることだと言われたらどうしよう? いや、別にどうもしないんだけれどさ。

 ま、剣を扱うのが意外だというのは、アステルやリディについても同じことなんだけどね。

 思い浮かべていた非礼な考えを誤魔化すように、胡散臭い笑みを刷いた。


「それならいいんです。アステルに町へ行くことを報告したら、護衛を付けられそうなんで。グアルさんが使えるんなら、そんなこともないでしょうから」


 町へ行くこと自体はアステルにも反対されないんだろうけれど。

 でも、例によって、危ないから深窓のご令嬢よろしく護衛を連れていけと言われそうだ。護衛の人は、私が気になるようなら隠れてついてきてくれるんだろうけれど。それはそれで警察に尾行されている犯人のような気分で、どうにも意識してしまう。それに、護衛を付けてもらうというのは大袈裟というか、申し訳ないと思ってしまうのだ。

 グアルさんは不自然な私の笑みに特に疑問を抱いた様子もなく、嫌な顔一つせずに頷いてくれた。


「ふーん。本当ならそれが普通なんだろうけどね。まあ分かったよ。桜の護衛代わりも務めさせてもらおう」

「ありがとうございます! じゃあ、明日はよろしくお願いしますね」


 あー嬉しいな。顔が、留まるところを知らないとばかりににやけていく。王都の街では何が名物なんだろう? しっかり味わえるように、朝ご飯は控え目にしとかないとね。

 未来ある若者に相応しく明日への希望に胸を膨らませ、出発の時間等明日の段取りを打ち合わせていると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 グアルさんが音源に目を向け、「どうぞ」と声をかける。


「桜、こちらにいらっしゃいましたの?」


 扉を開けて入ってきたのはリディだった。流麗に滑るような動きで私たちに近づいてくる。


「リデル様! いらっしゃいませ!」


 グアルさんがやけに気合いの入った声でリディの所へすっ飛んでいった。

 二人は、ちょうど扉と私の間くらいの位置で立ち止まる。私もリディへ歩みよりつつ、人が変わったようなグアルさんの様子を驚きと共に観察していた。

 リディがほころぶ花のような笑顔を浮かべる。


「探していたんですのよ。グアル、桜がお仕事の邪魔をしていましたでしょう? ごめんなさいね」


 前半は私に向けて。後半はグアルさんに視線を移して。

 グアルさんは軽く頭を下げて礼を取り、やけに畏まった態度で応えている。


「いいえ、とんでもない。リデル様にこのようなむさ苦しい所へ足を運んでいただいて恐縮です」


 なんなんだ、この跪かんばかりの恭しさは? 私は呆気に取られてしまった。今まで私に接してきた態度とは大違いじゃないか。

 例えていうなら、近所のちびっ子に遊んで遊んでとまとわりつかれて仕方なく相手をしているお兄ちゃんが、同じ学校にいる憧れの女の子を見つけて、脇目も振らずに駆けていくという図だ。ちょっとムカついたぞ。

 多感な年頃の少女にそんな態度を取って、傷ついたらどうしてくれるのか。グアルさんに無言の圧力をかけてやると、それに気づいたグアルさんは一度私を見て、それから慌ててそっぽを向いた。あ、しらんぷりされた。


「皆もう集まっていましてよ。参りましょう、桜」


 私とグアルさんの静かなる攻防戦を相手にせず、リディがおっとりと促してくる。

 私はグアルさんへ半目になった視線を注いだまま、ふーんと呟いた。

 まあいいか。リディを前にして、グアルさんが舞い上がってしまう気持ちは解るのだ。女の子の私でも、リディがいると蜜に群がる虫のように目が吸い寄せられてしまう。……自分で考えといてなんだけれど、虫はないんじゃない、私?


「じゃあグアルさん、ありがとうございました」

「ああ、じゃあね」


 またね、という意味を込めて手を振ると、グアルさんもにこやかに振り返してくれた。妙に愛想がいいと感じてしまうのは、気のせいじゃないと思う。


「それではグアル、ご機嫌よう」


 リディがバックに薔薇を背負いながら、輝かんばかりの笑顔を向ける。グアルさんは返事をすることも忘れて見惚れていた。

 明日はこれをネタにからかってあげよう。


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