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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
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王都バーラント 1

「リディ! 久し振りだね!!」


 多分「お兄様!」と歓喜の声を上げてアステルに飛びつきたかったであろうリディに先回りして声をかけ、行動を遮るようにガバッと抱きついた。お出迎えご苦労様。

 結果、頭上から浴びせかけるように降ってくる、鬼気迫る威圧感は気のせいなんかじゃないだろう。リディに腕を回している状態で、私はちょっと怯えていた。


「桜……。お久し振りですわね。今日からあなたと一緒に暮らせることを、とても楽しみにしていたんですのよ」


 私にしか聞こえないくらい小声で、覚えてらっしゃい、と舌打ちされてしまった。身体を離してそっと見上げると、内心では荒ぶる獅子のごとく怒り心頭だろうに、それを綺麗に押さえ込み、私に会えたことが嬉しくて仕方がないというような目映い笑顔を放っている。相変わらず見事だなあ、と私は舌を巻く思いだった。

 子供の頃は天使のようだったリディは表情からもあどけない所がなくなり、ハッと息を飲むほどの華やかな美女に成長している。ちなみに私よりも頭一つ分は背が高い――まあそれは置いといて。

 この、仕草も気品溢れるしとやかな美女が剣を持って勇ましく戦うなんていう姿は、実際に見たことがある私でも目を疑う。夢じゃないの? と思ってしまう。まあ、性格の方は相変わらずなんだけれど。

 なんて私が独白している間に、今度こそリディはアステルとヘンリー父さんの所へ行ってしまった。嬉々として。

 ここは王都バーランドにあるお屋敷だ。昔、ここからローズランドへ旅をした時はいくつかのトラブルに見舞われたものだったけれど、今回の旅は順調そのもの。何事もなく戻ってこられた。

 そして旅の途中で以前と違っていたのが宿だった。前の時は馬車の中で夜を過ごしたこともあったけれど、今回は全て宿に泊まることができたのだ。四年前と違って街道の整備も進んでいるらしい。やっぱり馬車の中で寝るよりは、部屋で過ごす方が寛げる。以前よりも旅に慣れていることもあって、そんなに疲れは感じていなかった。若さもあるよね。

 リディはひとしきりの歓迎を終えたらしく、片腕はアステルに、もう片方は感無量といった表情で懐かしそうにお屋敷を眺めている、ヘンリー父さんの腕に巻きつけていた。こういう場合は両手に……なんて言うんだろう? 花じゃないよね。なんにしろ、リディはとても嬉しそう。このお屋敷にヘンリー父さんがいるという事実が、余計に喜ばしいのかもしれない。私はよかった、よかった、と妹を見守る姉――実際は逆だけれど――のような気持ちでその光景を眺めていた。


 その後、いつまでも玄関で佇んでいてもしょうがないからと、それぞれ部屋へ戻って着替えをすることになった。たった一日しか過ごせなかった私の部屋。久し振りだなあ。でもローズランドの部屋と内装がほとんど変わらないおかげで、しばらく振りといっても懐かしい感じはしない。

 私がキョロキョロと部屋の見聞に勤しんでいる間にも、ソフィアは手際よく勤めをこなしていく。


「それではこちらにお召し替えいたしましょうか」


 この服に、ですか……。ソフィアが用意してくれた着替えを見て、うーんと考え込んでしまった。

 ローズランドでの服装は楽だった。布地の質や装飾はともかくとして、チュニックにパンツという動きやすい形状だ。子供の頃にこのお屋敷で着替えさせてもらった時も、膝丈くらいのストンとしたワンピースで、まあ窮屈じゃなかった。でもここに用意されている着替えは……。

 同じワンピースなんだけれど、なんというか、かっちりしているのだ。上半身は身体の線にきっちり沿っていて息が詰まりそうだし、スカート部分は無駄にフワフワしていて長い。袖口や裾には鬱陶しそう……じゃなくて、綺麗なリボンやレースがあしらわれている。ワンピースというよりはドレスと表現する方が相応しいのかもしれない。

 多分、王都でのやんごとなきお嬢様の服装は、こういうのが普通なんだろうな。いや、私もこの家で暮らしている以上、外部の人からはそう思われているんだろうけれど。

 でも、これじゃあご飯を食べる時も邪魔そうだ。いや、そういうのを感じさせないように振る舞うのが当たり前とされているんだろうけれど。

 でもなあ、身を休めるべき家の中で、いちいちこんなことに気を使わなければならないのは、気詰まりでしょうがない。

 そこで考えを決め、ソフィアを窺った。


「この服着なきゃ駄目?」

「どういう意味でございましょうか?」


 ソフィアは小首を傾げている。そういう仕草、とってもかわいいよ。


「私、ローズランドで着ていたみたいな服がいいな。こんな窮屈なのじゃなくて」


 駄目かな? とソフィアと鏡映しになるような角度でこちらも首を傾げ、返事を待つ。私のこの仕草を誰かがかわいいと思ってくれるかどうかは謎だ。

 ソフィアは少しの間どうしようか迷っていたようだけれど、結局はしょうがないかという表情を浮かべた。


「かしこまりました。用意いたします。でも、アステル様に注意を頂いても存じ上げませんよ?」

「ありがとう! アステルのことは大丈夫だって」


 私はおおらかに応じた。その点について、今は頭から閉め出すことにしたのだ。

 ヘンリー父さんじゃなくて、アステルにと言うところがソフィアも解っているよね。とりあえずは、動きにくい服装をしなくても済むのがありがたい。ソフィアに感謝!

 いつもの行動しやすい服に着替え、さてどうしようかと考える。皆は居間に集まるのかもしれないけれど、服装についてアステルにお小言を展開されるのはなるべく後回しにしたい。嫌なことは先送りにする主義なのだ。

 そこでいいアイディアを思いつき、私はスカッと指を鳴らした。親指と中指を弾くこの行為、何故かパチンと気持ちいい音が響かないのが悩みでもある。

 気を取り直して。

 よし、このお屋敷を探検がてら、唯一の知り合いであるグアルさんに会いに行こう! ここの間取りを覚えられるし、ちょっと頼みたいことが浮かんできたのだ。一石二鳥ってやつ。


「ねえソフィア、ファーミルを管理してくれているグアルさんってまだここで働いてる?」

「はい。ご健在ですよ」

「よおし、じゃあ会いにいってくるね」

「場所はお分かりでいらっしゃいますか?」

「大丈夫、大丈夫」


 四年前に一度行ったきりなんだけどね。私は方向音痴じゃないはずだ。


「それじゃあ行ってきます!」


 ソフィアに元気よく告げて、「行ってらっしゃいませ」の言葉を背に受けて、私は勇んで部屋を出た。



 それから三十分後。今、私は広い廊下を黄昏れながらうろついている。

 自分がどこにいるのかさっぱり分からない。認めたくないけれど、どうやら迷ってしまったようなのだ。今はトイレへ行く必要がなくて本当によかった。泣きながらすれ違う使用人さんに案内を頼む、という生き恥をさらさなくてはならないところだ。

 大体、なんでこう無駄に広い造りになっているんだろう? 同じような扉ばかり並んでいたら、ここがなんの部屋かなんて全然分からないじゃない。扉を、開けても開けても関係のない部屋に到達するばかりで、いい加減うんざりしてきた。

 などと、私は自分が勝手に探検しようと思いついてうろつき回っているという、都合の悪い事実は明後日の方に追いやり、罪のない屋敷の広さに責任転嫁しながらグアルさんを求めて徘徊していた。

 途中で時々遭遇する使用人さんは、私を見てぎょっとするという懐かしい反応を見せてくれている。ローズフォール城の人たちは私の存在に慣れっこになっていたので、こういう反応は久し振りだ。そして次の瞬間には何事もなかったかのように平静を装い、一礼して通り過ぎていくというプロフェッショナルな対応も、ここへ来たばかりの頃を思い出して、思わず笑いが込み上げてくる。

 そう……。別にここは生存者が存在しない無人の荒野というわけではなく、少数でも人の行き交うお屋敷の廊下だ。だから迷ったなら素直に、グアルさんの所へ連れていってください、と通りかかる使用人さんにお願いすれば済む話なのだ。何も足を棒のようにして、フラフラとさすらう亡者のように歩き回る必要はどこにもない。

 でも今の私には、変な意地のようなものが生まれてしまっていた。使用人さんたちにプロ根性を見せつけられて、私が途中で人の力を借りるなど、どうしてできようか? いや、していいはずがない!


 そうして、やっとの思いでグアルさんの部屋を探し当てた頃には、私はへとへとになっていた。膝に手を突き、ぜえはあと忙しない息を整える。

 今なら砂漠でオアシスを探し当て、歓喜雀躍する人の気持ちが分かる。切実に理解できる。喉もカラカラだ。ついでにお腹も空いた。

 そこで私の心を不安がよぎった。……あまり考えたくはないけれど、もしかしたら私はほんの少しだけ方向音痴なのかもしれない。領地のお城でも、何度か捜索された覚えがあるし……。

 でもっ! と屈み込んでいた身体を持ち上げる。

 ほぼ初めてに等しい場所なんだし、今までそんな風に思ったことはなかったんだから、そうだとしても本当にちょっとだけのはず。うん、きっとそうだ。

 自分に納得を染み込ませるように大きく頷き、目の前の扉をノックした。他の部屋とは扉の模様が少し異なっているから、グアルさんの部屋はここで間違いない。

 どうぞ、との返事を確認し、私は中へ入っていった。


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