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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
33/105

追憶と行く先

 ローズランドで過ごす最後の日は、アステルに付き合ってもらってお城の周辺を歩くことにした。馬で移動した方がもっと色んな所まで行けるけれど、自分の足で見て回りたかったのだ。

 よく遊んでくれた村の人たちにも最後のお別れを告げた。時々帰ってくるんだし、今のところは元いた世界へ戻る目処も立っていないんだから、永遠の別れというわけでもない。それでもなんとなく感傷的な気分になり、けじめを付けたくなったのだ。私ってば繊細だな。

 時々おやつに出ていた肉や野菜の入ったお饅頭、美味しかったなあ。あそこのおばあちゃんは、よく果物を剥いて出してくれたんだっけ。村はずれにある湖では釣りをさせてもらったこともある。ちなみに釣りたての魚を焼いて食べさせてもらうのが密かな楽しみだった。

 そうやって順番に――主に食の――思い出を辿って行き、最後は森の中へ入っていった。



「ここでティア・ペリドットに会ったんだよ」


 イヴに助けてもらった場所だ。

 四年間も住んでいたのに、アステルと一緒にこの森を訪れるのは初めてだった。

 あの日も今日のようによく晴れて、暖かい日だった。鳥は気持ちよさそうにさえずっているし、風は緑の匂いを運んでくる。


「初めてなのにこんな所まで入り込んでいたんですか、貴女は……」


 若干の不機嫌さを覗かせるアステルの感想に、私は余計なことを言ってしまったのかも、と後悔してしまった。

 まあまあ昔のことだよ、とアステルを宥めておく。

 私の取りなしに胡乱な目を投げかけたアステルは、次には気を取り直した様子で首を巡らせる。


「俺はもう少し先の方でした」


 握った私の手を引いて、アステルはゆっくり奥の方へと歩き出した。

 俺はって何だろう? 不思議に思いながらも、大人しく引っぱられていく。


「この場所です」


 さっきの所から五分ほど歩いた地点だった。景色もあまり代わり映えしないけれど、アステルは懐かしそうに辺りを見回している。


「大分前、俺がティア・ダイヤモンドにお会いしたと口にしたことを覚えていますか?」

「それって確か、私がアージュアへ来たばかりの日だよね」


 ユヴェーレンについて、説明してくれた時に言っていたような覚えがある。あの頃は私も若かったもんだ。在りし日の自分を思って、私は暫し感慨に耽った。

 そんな私を余所に、アステルは応答を続ける。


「ええ。ここで出会ったんですよ」

「そうなの?」


 意外な事実発覚、という感じ。アステルもこの森で会っていたのか。

 イヴにしろ、ティア・ダイヤモンドにしろ、ユヴェーレンはこの森が好きなんだろうか? いや、でもイヴは鬼を追いかけてきたんだよね。じゃあやっぱり偶然か。


「まだフリューゲルを継承したばかりで十五の時でした。雨上がりのよく晴れた日に、この森を散歩していたんです。そして妖精を見つけました」

「妖精!? 妖精なんているの?」


 たまげた。びっくりだ。私の浮かべた表情を見て、アステルがそうだろう、というように微笑する。

 だって、いくらこの世界に魔術が存在したり、魔物がいるといっても妖精なんて見たことがない。とはいっても、魔物だってそんなに何種類も見たことがあるわけではないんだけれど。


「俺も妖精を見たのは、後にも先にもあの時だけです。そこの枝に蜘蛛が巣を作ってあり、引っ掛かっていたんですよ」


 アステルがすぐ近くにある樹を指差した。私もつられて視線を向ける。

 でも、蜘蛛の巣に引っ掛かる? それは……なんともお間抜けな妖精なんじゃない? 虫じゃあるまいし。


「妖精ってそんなにドジなの?」


 疑問がそのまま口を突いて出てくる。

 煌びやかで可憐なイメージに、うっかり屋さんという項目が追加されてしまったじゃないか。私の質問に、アステルは忍び笑いを漏らしながら答えた。


「さあどうなんでしょうね。ただ、キラキラ輝いてとても美しい姿をしていました。そして、その妖精を救い出したところでティア・ダイヤモンドが現れたんです」


 そこで思い出した。ペンダントを眺めていた時、頭の中に浮かんで来た女の子。あれがティア・ダイヤモンドなのだとしたら――


「ねえ、ティア・ダイヤモンドって、髪の長さが肩に着くぐらいで、前髪が眉のあたりで切り揃えられた、綺麗で小さな女の子じゃなかった?」


 多分、日本人形みたいな、と表現してもわからないんだろうな。


「その通りでしたが……、もしかして思い出したんですか?」


 握った私の手を持ち上げて驚いたように尋ねられるけれど、ご期待に添えず申し訳ない。


「うーん。思い出したわけじゃないんだけど――」


 そういえば、まだ言ってなかったんだった。そこで私はアステルに説明を始めた。

 ペンダントを弄っていたら映像と声が頭に浮かんできたということ。すぐ後に多分ティア・ダイヤモンドであろう声が頭に直接響き、それ以降は全然反応がないということ。

 あの時に浮かんできた中で、どうしても気になっている言葉がある。


『――その時に、彼はあなたのことを忘れるわ』


 これを回想する度に、いても立ってもいられない気分にさせられる。焦燥感が募ってきて、とにかく不安な気持ちになってくるのだ。その時っていうのは何時のことなのか? 彼というのは誰のことなのか?

 そして私の奥の、その更に奥の方にある、何もかもを承知している部分が囁きかける。それはアステルのことを指しているんじゃないかと。まるで迷惑な予言を展開する占い師のように、不吉な予感を突きつけてくるのだ。

 そうして、今まで以上にアステルや家族から早く離れなければという気持ちにさせられてしまう。

 この内なる声には、余計なお世話だから黙っていてほしいと文句を告げたくなってくる。自分で自分を不安にさせるなんて、自虐行為もいいところ。私はマゾじゃないのだ。

 まあ、私の勘なんて当たった試しがないんだから、あまり気にする必要はないとは思うんだけれど。なんとなく、小骨が喉に支えているようなスッキリしない気分だった。見過ごしていたいのに、僅かな痛みを伴う刺激、その感覚を無視することができない。


「それは……記憶を封印し直されたんでしょうね、恐らくは」


 アステルの言葉で我に返る。考えに沈んでいたようだった。

 余計な思考を吹っ切るために、力強く頷きながらアステルに同意する。


「やっぱそうだよね。全く、思い出す為の条件って一体なんなんだろう?」


 きっと、ティア・ダイヤモンドは意地悪な性格をしているに違いない。そうじゃなかったらあのまま思い出させてくれるはずだ。――なんだか話が逸れてしまった。

 私はさっきの続きを促すことにした。


「それはともかく、ティア・ダイヤモンドが現れてどうなったの?」

「ああ、お礼を述べられた後に、望みはないかと尋ねられました」

「望み?」

「はい。出来ることなら何でも聞くと仰っていましたね」

「凄い! 何お願いしたの?」


 肉を前にしたワンコのような勢いで、アステルの台詞に食いついてしまった。今は『待て』を命じられている気分。

 私だったら何をお願いするだろう? 自分が願い事を訊かれたわけでもないのに、ついつい頭の中で算盤が、湧き出す欲望を弾き出してしまう。

 まずはGの撲滅! これは外せない永遠の願いだ。あの黒いのを地上から消滅させてくれるなら、その人を喜んで神と崇め奉ってあげよう。それから身長を伸ばしてほしい。向こうの世界だったら決して小さくはないはずなのに、ここではチビっこく見られてしまう。みんなやたらとデカいのだ。あ、できれば胸ももうちょっと大きくしてウエストにはくびれを――きりがないな。

 いや、でも今だったらやっぱり帰りたいってことかな。あれ? でも私を呼んだのはティア・ダイヤモンドだから本末転倒? あれれ?

 私がこんがらがってきた頭を整理している最中にも、アステルは話を進めていく。


「それは…………秘密です」


 あっ、誤魔化された。

 口を尖らせる。


「何それ。そこまで言ったんだったら教えてくれてもいいじゃない」

「まだ教えられません」


 微笑みながらも絶対に口を割りそうにない。ふんだ、ケチんぼ。


「じゃあ、その望みは叶ったの?」


 これなら教えてもらえるかな? と重ねて尋ねる。

 するとアステルは一瞬考え込むように黙った後、何か幸福な思い出を眼前に映し出しているかのように柔らかな面持ちで、一つ一つの単語に実感を乗せて言葉を紡ぎ出した。


「――はい、叶いましたよ。ティア・ダイヤモンドにお会いしてから二年後でしたが」

「二年もかかったの? でもそっか。よかったね」


 アステルが浮かべた表情が余りにも満ち足りていたから、私も心の底から祝福の言葉を贈る。そうしたら、「はい」とまたもや答えたアステルに、やけに優しい眼差しで見つめられた。

 や、いつも優しいんだけれど、それよりも三割増しだといおうか……。それに対してなんとなくニパッと笑ってあげたら、アステルにもニコニコと笑い返される。

 のほほんと笑い合っているなんて、一体私たちは何をやっているんだろう? いささか自分たちの状況に疑問を感じたところで、周りがやけに静かなことに気づいた。

 木々の天辺を見上げ、首を巡らせる。

 楽しそうな声を響かせていた鳥たちも、賑やかな音色を奏でていた虫たちも、一様に沈黙している。耳を澄ませても聞こえてくるのは、風が梢を撫でていく時に、そよぐ葉が立てる波のような音だけだ。

 いつもなら心安らぐそのざわめきが、妙に不気味に感じられる。

 不安になってきて、その気持ちを紛らわせるために声を出した。


「なんだかやけに――」


 静かだねと続けようとした時、いきなり地面がグラグラ揺れ出した。木の実がパラパラと落ちてくる音がする。堪らず足がよろけたところで、アステルに抱き寄せられた。


「地震?」


 支えてくれる力強い腕にしがみつく。危機感ばかりが募る状況の中、何故か私は、この腕がついていれば酷いことにはならないと感じていた。

 揺れはさほどではないものの、これから激しさを増していく可能性だってあるのだ。

 地震、雷、火事、親父。

 怖い物ランキングベスト四の中で不動の王座――私の場合、同率首位がGなんだけれど――を独占し続けている天災だ。人が決して抗うことのできない自然の驚異。例え規模が大きくないといっても、畏怖の念を抱かせるには充分なもので。

 とにかく――おっかない。

 結局、それ以上揺れは強くなることもなく、体感的には数分相当だったものの、実際には数秒程度で収まった。震度3ってところかな。でも、地震なんて珍しい。


「ローズランドって地震が少ないよね」


 ここで暮らしてきた四年間、地震はせいぜい一年に一度あるかないかだった。地震大国である向こうとは大違いだ。ありがとうとアステルにお礼を述べて、身体を離しながらそう呟く。

 すると、不思議そうにまじまじと顔を覗き込まれてしまった。


「どうしてローズランドに限定するんですか?」


 そんなこと言われたって、私の方こそ意味がわからない。

 私も目の表情で疑問を語り、声でもその意を表した。


「限定するってどういう意味?」


 チュピチュピ、と遠くから聞こえる小鳥のさえずりが、私たちの間を流れていく。その内虫の声も戻ってくるんだろうな、となんとなく思った。


「ローズランドが揺れたということは、アージュア自体が揺れたということでしょう?」


 なんだそれ!? 仰天してさらにアステルを見返す。ぽかんと口を開けた私は、今大層間の抜けた顔を晒しているに違いない。でもそんなことにかまっちゃいられなかった。だって、世界全体が揺れる地震なんて、そんなことがあり得るの?


「アージュアが一枚板のような平面の世界だということは知っていますよね? 繋がっているのだから、一部分だけが揺れて他が揺れないなんておかしいでしょう」


 いや、おかしいって言われても。私はぎゅっと眉根を寄せた。

 そこではたと気づいた。アージュアでは、向こうの世界でいうプレートのような物は存在しない。というよりは聞いたことがない。確か向こうでは、地震が発生するのはプレート同士の運動によるものだったはずだ。うろ覚えだけれど……。それが無いのならそもそも地震が起こる理由がないってこと? 

 でも、実際に地震は起こっているし。火山とかは無いのかな? じゃあ温泉も? あれ? でも温泉はあるって聞いたことがあったような?

 ええい、訳が分からん!

 捻り過ぎた頭が戻らなくなっては大変、と先生に答えを求める。


「ちょっと待ってよ。ここと地続きの大陸なら話はまだ分かるけど、海の向こうにある島国も同じなの? ここと同時に地震が起きるの?」

「当然でしょう? 海の底では繋がっているんですから」


 あっ、そういう理屈なのか。あっさりと解を示されてしまった。

 うーん、結構勉強したつもりでも、まだまだ身についていない常識が他にもありそうだ。それにしても、地震の原因が分からない。


「じゃあ、どうして地震が起きるの?」

「それが実は……分かりません」


 ずっこけた。

 本当はからかっているのか? アステルを恨みがましく見上げると、申し訳なさそうな顔を返される。


「すみません。解明されていないんです。そもそも、地震が起き始めたのもここ百年ほどのことだそうで、それ以前には地震などというものは存在しなかったそうですよ」


 地震が存在しなかった?

 じゃあ元々、アージュアには地震の原因になるものがなかったってことになる。ここ百年で変わったことって一体なんなんだろう?

 うーむと腕を組むものの、所詮は私なんかに分かるはずもない。頭から煙が出てきそうだ。


「明日は王都へ出発する日です。朝も早い。そろそろ帰りましょう」


 アステルに手を差し伸べられる。これ以上考えても仕方がないか。

 私は素直に目の前の手を取って、アステルと肩を並べてお城へ帰ったのだった。


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