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空を映す海の色  作者: せおりめ
第1章
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出会い 1

「助けて! って……あれ?」


 気がつくと、目の前には鈍い光沢のある木で出来た低いテーブルがあり、私は落ち着いた色調のソファに至極当然と納まっていた。

 座り心地がすっごくいい。こんな沈み込みそうな、それでいてしっかり弾力のあるソファに乗っかったのは初めてだ。

 周りを見渡すと天井には重量のありそうなシャンデリアが吊り下がり、一抱え以上の大きさがある広い窓からはふんだんに日の光が降り注いでいる。華美な装飾はないものの一目で質が良さそうと思える家具があり、床には精緻な模様の絨毯が敷いてあった。ちなみに精緻って単語は最近読んだ本で覚えた言葉。使ってみたかったのだ。

 四つの壁の内、二方にそれぞれ一つずつ、木製の重厚な扉が備えられている。一つは廊下にでも繋がっているんだろうけれど、もう一方はどこに続いているんだろう。

 なんだかすごく豪華な部屋みたい。部屋の景観に相応しく、15畳あるうちのリビングよりも広そうだ。

 私は外にいたんじゃなかったっけ。なんで見たこともない部屋の中にいるの。

 不思議がりながらもなんとなく手を上げたところで、右手に何かを持っていることに気づいた。なんだこれ。

 まじまじとよく見てみる。これは――どう見ても手紙だよね。白い封筒に、これは封蝋……っていうのかな、ろうそくを溶かして固めたような物が封をしている。

 封蝋の色は黒くて、太陽を象ったようなデザインの印が押されていた。裏にも表にも宛名や差出人等、文字は何も書かれていない。

 その印をよく見ようとした時、一つの扉が開いて誰かが入ってきた。

 手紙から目を離し、そちらの方を向く。

 ……び、びっくりした! やって来たその人が目に入った途端、仰天して口をパカッと開けてしまった。こんな綺麗な男の人、今までに見たことない。 

 蒼兄ちゃんよりも歳は上そうで、背が高いみたい。短い金色の髪はまさしくゴールドという感じ。日本語の金ではなくて、ゴールド。この部屋に負けないぐらいの豪華さだ。サラサラしていて、さわり心地がすごくよさそう。優しそうな目は深い青色をしていて、こういうのを金髪碧眼というのかと納得した。高い鼻に、形のいい唇、全てのパーツが左右対称な輪郭に、バランスよく配置されている。

 私と目が合うやいなや、その優しそうな目が驚いたように見開かれた。いかん、ぼーっと見惚れている場合じゃなかった。


「ティア――いや、纏う雰囲気が違い過ぎる。しかし、天海の彩とは……」


 あんまり華麗な顔立ちだから女の人でもおかしくないと思っていたけれど、低い声はやっぱり男の人のものだ。ものっすごい聞き触りのいい響き。偏見で、歌とか上手そうだ。

 美人さんが浮かべた驚きの表情は一瞬で、何かを呟いた後は口元に笑みさえ浮かべている。


「貴女は? ユヴェーレンのどなたかでしょうか」


 ユヴェーレンって何だろう。なんにしても冷静な人だなあ、全然たじろいでない。いやいや、感心していないで、ここはしっかり自己弁護しておかないと。この美人さんにとって私は、怪しい不法侵入者なんだろうし。そういえば、ここはこの人の部屋なのかな。

 纏まりのない思考を巡らしながら、慌てて立ち上がった。うわっ、この絨毯もフカフカだ。


「あのっ、私、気がついたらこの部屋にいて、自分でもワケがわからなくて! 決して怪しい者じゃないんです。それからユヴェーレンとかいうのでもありません」


 自分が怪しい人間ではないことを強調したかったんだけれど、こんなことを言っても説得力ないだろうなあ。自分でも得体が知れないと思うもん。

 美人さんは、相変わらずの微笑をたたえてどこか面白そうに私を見ている。

 なんですか、あなたは微笑みの貴公子ですか。

 とかおバカなことを考えていると、手の中にある手紙がぼんやりと光りだした。正確にいうと、光っているのは封蝋の方だ。なんで。小さな電球でも埋め込んでるの?

 美人さんが私から手紙へ、興味深そうに目を移す。


「その手紙は?」

「これは、いつの間にか持っていて……」


 とにかく敵意がないことを証明したくて、美人さんに手紙を渡した。差し出せる物はなんでも差し出しますよ。


「この印璽は――やはりユヴェーレン?」


 美人さんが形のいい眉をひそめる。あ、新しい表情。

 滅多にお目にかかれないような美形が造り出す面持ちは、どんな種類であっても目を奪われるものなのだと初めて実感した。もっと色んな顔を見てみたくなる。っても、さっき会ったばかりの人に抱くべき感情じゃないよね、これ。

 色ぼけたこと考えてないで、この場の状況に相応しい思考に戻そう。

 印璽っていうのは封蝋に押されていた印のことかな。また出たよ、ユヴェーレン。


「この手紙を、俺が読んでもかまいませんか」


 手紙を手に、少し真面目な顔になった美人さんに確認を取られる。

 構わないと知らせるべく、大きく頷いた。どうせ誰からの手紙なのかわからないんだし、この場の決定権はこの人にある。読んでもらった方がいいような気がした。

 美人さんは手紙を開封すると、折りたたまれていた中身を開き無言で読み始めた。その間私は手持ちぶさたなので、不躾ながらも一心に美人さんの顔を眺めていた。本当に綺麗な人だなあ。眼福、眼福。

 手紙を読んでいる美人さんの顔は、最初の方は真剣そうだった。ところが段々訝しげになり、終いには呆れたようになっていた。何が書かれていたんだろうか。


「あのお方は……」


 はぁ、と美人さんは深く溜め息をついた。次いで手紙から顔を離し、私に向き直った。

 綺麗な瞳から注目を浴びて、少しどぎまぎしてしまった。


「貴女がどこから、どうやってこの部屋へ来たのかは解りました。貴女の置かれている状況も。こことは別の世界から訪れたお嬢さん。俺の名は、アステルバード・ホリス・グレアムと申します。アステルと呼んでください。貴女の名前を教えていただけますか」

「わ、私は藤枝桜と言います。――あっ、桜の方が名前です。」


 どうやら、名字が名前の後にくるようなので付け加える。見た目通りの外国風だ。

 って、ちょっと待った。今、アステルさんは変なことを言ってなかった?


「あの、すいません。さっき別の世界から……とか言いませんでしたか」

「言いましたよ。この手紙に書いてあります」


 ほら、と文面を見せてくれるものの、読めないし。私は正直に顔をしかめた。何、この文字。アルファベットとも違うみたいだ。まあどうせ英語もろくに分からないんですけどね、ローマ字はわかるよ。

 というか、別の世界って何。ここは日本じゃないどころか、地球ですらないってことなの。そんな物語みたいなことってあるの。

 信じたくないという想いを前面に押し出して、恐る恐る訊いてみることにした。


「……ここは地球にある日本国じゃないんですか」


 なんだか間抜けな質問だと思う。もしこれが自分以外だったら、なに寝惚けたこと言ってるんだろうって、その人のことを笑っちゃうかも。

 でも、この状況でお利口さんに聞こえる知的な問いかけなんて、今まで平穏に暮らしていた私には思いつけなかった。突発的状況に対応できないんだな、私。


「この国の名はベルディア。地球とは、世界の名前のことですか? この世界の名はアージュア。この部屋は王都バーラントにあるグレアム邸の、俺の部屋です」


 なんなのそれ!

 でも、あの私を取り囲んだ桜吹雪に、この豪華な部屋。さらにとんでもなく美形なこの人の存在。

 私は改めて美人さんをしっかりと見た。どちらかというと昔のヨーロッパといった風な装いをしているんだけれど、いくつもいくつも枚数を重ねているというような仰々しさはない。もしかしたら、自宅用の寛いだ格好なのかもしれない。

 とはいえ現代の簡易すぎる服装とは明らかに違う。手が込んだボタンとか、見るからにランクが高そうな布地で仕立てられている服とか。どう疑いの目を向けてもコスプレっぽさはなく、目の前で優美に微笑んでいる人の雰囲気にとても合っている。全然チグハグじゃない。

 誰かが仕掛けたいたずらにしても、私を驚かせるためだったら手がかかり過ぎてるよねえ。そんなことをしたってお金のムダになりこそすれ、得をする人がいるとも思えないし。

 じゃあ、やっぱりここは別の世界……? 少しの間、脳が忙しくフル回転した。

 でも下した結論はといえば。

 ――――まあいいか。

 だったりする。子供らしい柔軟な思考は、細かいことは気にしないのだ。

 とりあえず、ここが別の世界というのは認めよう。問題は。


「あの、どうして私はここに来てしまったんでしょうか。どうやったら帰れますか」


 私が行きたかったのは、美味しいレストランなのだ。こんなわけの分からない状況に放り込まれたかったわけじゃない。早くおじさんたちに会って安心したかった。

 不安も露わに見上げると、アステルさんは僅かに目を落とした。


「貴女がここに来てしまった原因には、どうやらユヴェーレンが関係なさっているようです。どうすれば帰れるのか、これもご存知なのはユヴェーレンだけでしょう」

「ユヴェーレン? そのユヴェーレンとかいうのに頼めば帰してもらえるんですか」

「恐らくは。貴女を喚ぶことが出来たのであれば、帰す方法もあるんでしょう」


 ただ、とアステルさんは言いにくそうに続けた。


「ユヴェーレンにこちらから望んでお会いすることはできません。ユヴェーレンは所在を明らかにはなさらないんです」

「そんなの……!」


 感情が爆発しそうになった。

 私いま、遠回しに帰れないって言われているんじゃ?

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