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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
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回想録 3

 私がアージュアへ来て、もう四年の歳月が流れている。

 その内戻るだろうと呑気に構えていた記憶は一向に戻らない。さすがにここまで年数が経ってしまうと、本当に帰れるんだろうか? とか、帰ったとしてもいきなり高校生なんて勉強についていけるんだろうか? いや、その前に高校に入れるの? とか不安になってくる。行方不明だった子供、奇跡の生還! なんかの大見出しでニュースにもなりそうだ。

 そして子供の頃は気にも留めなかったけれど、ここの常識が身についてくるに連れ、私がいかに奇異な存在なのかが分かるようになってきた。何も天海の彩だからとかそういうことじゃなくて、世間一般に於いての、グレアム家に居座っている私の存在がということだ。

 特権階級では、その身分が高くなるほどに血筋を重んじる。まして、グレアム家は王家の血筋にも連なるほどの家系だ。いくら設定上は貴族の娘になっているとはいえ、素性のわからない娘が家族としてのんびり過ごしていい場所とも思えず、グレアム家で暮らす自分に違和感を覚えてしまっている。

 そうかといって、こんなことを気にしているのは私だけのようで……。ヘンリー父さんは相変わらず私に『お父様』と呼ばせてかわいがってくれるし、リディも私とそれ以外の人たちの前では別人のような性格で――つまり打ち解けてくれている。アステルに至っては…………うん。

 お城の人たちだって、エレーヌやソフィアは私を心から好きでいてくれていることが伝わってくるし、他の使用人さんたちも内心は分からないものの、私に接してくれている態度は優しくて丁寧だ。

 こんな風に考えていると知ったらここの家族は、懇々と言い諭して、私が納得したと分かるまで離してくれないんだろうけれど、考えてしまうのはどうしようもない。


 まあそんなことは別にしても、いい歳をした人間が特に何をするでもなく、家の中でのほほんと過ごしている状況は、今まで培ってきた私の常識と照らし合わしても、あまり感心できることとは思えない。向こうの世界だったら普通なら高校へ通っている年頃だけれど、こちらの一般人は働いている人の方が多い。だからまずは働ける方法を見つけようと思ったのが約一年前の話だ。

 ローズランドへ来た頃から、一日の大半が勉強漬けといううんざりするような日々が続いていた。それでも日にちや年数が経ち、習ったことを完璧といえないでも覚えるに連れ、勉強に割く時間は減ってくる。そうすると、色々なことができる時間も増えてくるというわけだ。

 まず最初に考えたのが、ヘンリー父さんに紹介状でも書いてもらって、どこかのお屋敷で使用人として働くということ。でもこれには大きな問題が立ちはだかる。紹介状が必要なほどのお屋敷では、魔道具を使っているに決まっているのだ。悔しいけれど、魔力が微塵もない私では無理な話だった。この身に魔力が無いということが恨めしい……。私は世の中の無情を憎んでしまった。

 でもそんな時に気づいたのだ。麓で村の人たちの生活を見ていると、ほとんど魔道具を使っている様子がない。ソフィアに理由を訊いてみると、普通一般の人たちは、魔道具を使わずに生活していると言うじゃないか。

 庶民万歳。誇れ平民。

 これこそ私の求めていた生活だ。やはり私は生粋の庶民なのだ。

 それからはエレーヌとソフィアをなんとか説得して、服を譲ってもらったり、どこで職探しをすればいいかアドバイスをもらったりした。二人にはどれほど感謝を捧げても足りないぐらいだ。

 ちなみにソフィアの服にはサイズ的にあれこれショックを受けたけれど、私のサイズは平均だ! きっと人種の違いのせいなんだ!! と自分を慰めておいた。そうだよ。この国の人たちは、体格的にも外見的にも西洋人っぽい。そんな人たちから見ると、アジア人種はなかなか歳を取らず、幼く見えるっていうもの。身長が百六十近くあるのに低く見えるのだって、私のせいじゃないんだ!


 私の魂の叫びはともかく。他にも問題はあった。

 私の容姿で最も厄介な部分。この髪と目の色。ただ、これについてはかなり昔に解決している。ヘンリー父さんが領地の視察――普段は管理の人に任せている――へ行くのについていく時や、遠くへ外出する時用に、カツラを作ってもらったのだ。

 意外なことに、アージュアでは髪の毛を染めたり、カツラで髪の色を変えるという発想がない。カツラもあるにはあるけれど、決まった髪型を楽しむためのものなのだ。確かにそんなものがあれば、天海の彩なんて珍しくもなんともない。ちなみに目の色については残念ながらカラーコンタクトなんてないから、変えようがないんだよね。

 そこで私が髪の色を誤魔化す為にカツラを提案すると、ヘンリー父さんが面白がってすぐに作ってくれた。ただ、髪の色については悩んでしまった。私の黒い眉で、銀髪だの紫色の髪だのにしてしまったら、奇天烈極まりない。

 悩んで悩んで、濃いめの青色にしてもらった。これでも違和感はかなりある。でもそれには目を瞑ることにした。色を変えるという発想がないのだから、少々眉の色が変でも、疑問を持つ人は少ないのだ。本当は眉を剃って描くというのも考えたけれど、すっぴんになった時のことを考えるとあまりにも怖いので止めておいた。

 そういえば、冗談でアフロヘアについて伝えてみたら、これまた冗談でアフロのカツラを持ってこられた。わざわざ作ってくれたらしい……。使い途は今のところないけれど、せっかくなので取ってある。

 後の問題はヘンリー父さんだった。黙っていてもいいかなとチラッと考え、すぐに打ち消した。絶対ばれるに決まっている。それにやっぱり知らせておいた方が余計な心配をかけずに済む。

 そして自立への一歩のために、結構な覚悟を持って望んだヘンリー父さんとの対決だったんだけれど、条件付きであっさり許可されてしまった。してみたいならすればいいと言うのだ。一瞬、上手くいきすぎじゃないの? と訝しんでみたものの、撤回されては困るので慌ててお礼を述べておいた。勿論アステルには教えないでと口止めをお願いするのは忘れない。


 そんなこんなで私が働かせてもらっているお店、『道の始まり亭』のディックさんとタバサさんは本当にいい人だった。何もできない私は迷惑以外の何者でもなかったはずなのに、聞けばなんでも根気よく教えてくれた。

 働くことは想像以上に楽しくて、夢中になってしまった。してもらうばかりだった自分が他の人のために何かをしているということを実感できるのは、アージュアに来て初めてのことだ。その上お給料まで払ってくれたのだ。

 初めて貰った時は小躍りしそうになるほど嬉しくて、帰りにお店でお土産を買っていった。ヘンリー父さんにはとぼけた顔が憎めない、木彫りの鳥さん。執務の合間に眺めて、癒しになればいいと思った。エレーヌには、極薄い水色に染められたハンカチ。白い糸で全体に蔓薔薇が刺繍されていて、使うのがもったいないくらい綺麗。いや、ちゃんと活用してほしいんだけれど。ソフィアには赤を基調とした彩り豊かな腕飾り。沢山の組紐が編み合わされて、アクセントの透明な石が目を引いた。

 全部大した金額の品じゃなくて、きっと皆もっといい物を持っている。でも少しでも、私がお給料を貰って嬉しかったこと、その喜びを味わう行為、つまり働くことを許してくれたことに対する感謝の気持ちを伝えられたらいい。

 本当は、アステルとリディにも買いたかったんだけれど……。金銭源を追求されたら困るもんね。

 それぞれにお礼の言葉を添えながら渡すと、三人共喜んでくれて、その顔を見たら余計に嬉しくなってきた。エレーヌとソフィアには涙ぐまれ、大切に仕舞っておきますと押し頂かれてしまった。慌てて、使ってよと頼んでおいた。

 ヘンリー父さんには残ったお給料を丸ごと渡そうかとも思ったけれど、止めておいた。そんなことをしたら、多分叱られる。

 働かせてもらったおかげで、生活をしていく上で必要な知識は身についたと思う。後は実践あるのみだ。



「お父様、今いいかな?」

「入りなさい」


 私はヘンリー父さんと話をするために、執務室の扉を開けた。


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