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空を映す海の色  作者: せおりめ
第2章
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回想録 2

 エレーヌとソフィアは困惑した。自分たちが世話をしている主が、働きたいから協力してほしいと頼んできたのだ。

 冗談ではない。何故桜が働かなくてはならないのか。

 最初はなんと言われようとも二人して、


「協力いたしかねます」

「お断りいたします」


 と、後ろめたく思いながらも冷たく突き放し、相手にしなかった。何も好き好んで桜が苦労をする必要はない。

 しかし桜はしつこく粘ってくる。


「あまり聞き分けてくださらないようならば、アステル様に報告いたします」


 たまりかねたエレーヌが、桜が良い子になる魔法の言葉を吐くと、本人はかなり焦っている様子だった。桜のことをかわいがっている保護者が今回の件を知ると、すぐさま対策を講じてくるだろう。外出禁止とまではいかなくても、見張りを付けられることは必至である。桜もそれを分かっているからそれ以上は何も言ってこなくなった。

 ――しかしそれも少しの間だけのことだった。

 しばらく経つと、またもや嘆願を開始する。

 時には、


「もう勝手に行ってやるから!」


 と脅迫してきたり。


「このままじゃ駄目な人間になっちゃうよ……」


 と情に訴えかけてきたり、と手を替え品を替え説得してきた。

 エレーヌとソフィアは、桜がもうずっと前から悩んでいたことに気づいていた。子供の頃からその傾向はあったが、何もできない自分に焦っているようだった。

 城では魔道具を多く使う。何もこの城だけではないのだが、魔道具は一般的に贅沢品なので、金に余裕のある家でないとなかなか所持しようとも思えないものだ。

 照明一つとっても、一般の家庭では蝋燭やランプ等、火を灯しているのに対し、この城では魔道具で明るく照らしている。そういえば、桜は電灯みたいだと感嘆していたが、二人にはなんのことだか分からなかった。

 魔道具は使うことさえできれば、かなりの手間を省ける便利な道具である。だが魔力の無い桜には扱うことができない。桜は自分で何かをしたくても、人の手を借りないと思い通りにならないことが多いのだ。

 しかしそれでも構わないのだとエレーヌとソフィアは考える。良家の子女は、自分では何もせず、使用人に用を申しつければよいのだ。そのために自分たちはここに存在する。しかし桜はそれを良しとせず、ままならぬ自分を歯痒く思っているようだった。二人はそんな主の性質を好ましく思っていたが、そのために辛い思いをしている姿を見るのは、心苦しいものだった。

 そんなある日、村を見ていた桜が気づいてしまった。庶民の暮らしには魔道具が必要無いということを。それからどういう思考の過程を辿っていったのかは分からないが、庶民に混じって働きたいという発想に至ったらしい。

 エレーヌとソフィアは怖かった。ここで自分たちが協力を約束してしまうと、後々、桜がここを去ってしまうのではないかと考えてしまうのだ。桜は本来であればこの世界に属する人間ではない。その前提が、否が応でも懸念を後押しする。さすがにアステルがそんなことをさせるはずはないだろうが、可能性の芽はなるべく潰しておきたかった。

 しかし桜の憂鬱そうな顔は見るに忍びない。もう断り続けるのも限界で、二人は城の主人であり桜の親でもあるヘンリーに相談することにした。

 しかしきっと桜を窘めてくれるだろうと思ったヘンリーは意外なことを口にした。


「お前たちが自分で決めなさい。使用人だから従わなくてはならないとは思わなくて構わない。立場のことは考えず、二人がどうしたいのか自分の心に従うといい。その結果桜がどう動こうとも、私がお前たちに責任を問うことは決してない」


 エレーヌとソフィアは悩み、話し合ったが、最終的にはヘンリーの言葉通り、自分たちの気持ちに倣うことにした。

 そして二人が協力を決心したのは、桜が最初に願い出てから実に二ヶ月も経ってからのことだった。


 桜はまず服が欲しいと話した。確かに、桜に用意されている服は、下着から小物に至るまで公爵家の家紋が入った、皆生地も仕立ても上等の物だ。こんな服を着て街へ出れば、確実に浮いてしまうだろう。

 そこでソフィアは自分の衣類を譲ることを申し出た。桜にあまりにも粗末な服を着せるわけにはいかないが、新しい服を用意しては本末転倒というものだろう。自分の服なら年が近いこともあり、雰囲気的にも違和感ないと思う。

 申し出るには少し勇気が必要だった。何せ己の主に自らのお古を着させるのだ。恐縮しようというものだ。しかし桜はありがとうと嬉しそうに礼を述べるのみで、そんなことには頓着しない様子だった。

 桜に試着をさせてみると、思った通りよく似合っていた。ただし大きさは色々と手直しが必要で、手足部分が長く、胸は余っていた。これには桜が大層打ちのめされた様子で、エレーヌとソフィアはそれとなく慰めた。

 そもそも、そんなことを気にする必要はないのだ。

 桜は色白で、それに反比例するような色をした黒髪は癖がなく艶があり、背中まで真っ直ぐに伸びている。髪と同じ色をした大きな目はいつも好奇心に輝き、十七歳の割にはそれよりも幼く見える顔はあどけなく、充分にかわいらしい。身長も自分たちより低めなので、さらに保護欲を掻き立てられた。

 しかし本人は子供っぽい外見が不満らしく、「目標は妖艶な美女だ!」と以前に息巻いていた。それを耳にしたその場の誰もが口には出さなかったが、全員がそれは無理だろうという感想を抱いたであろうことは、想像に難くない。

 服の直しが終わり、桜に渡すと、ありがとうと嬉しそうに何度も礼を言われた。

 使用人である自分たちにも決して命令をしない主を、エレーヌとソフィアは愛している。だからもう決めたのだ。これからは何があっても、自分たち二人だけは桜の願いに添うようにしようと。

 例えばその望みがここを出ていくというものであっても、最後まで桜の味方であろうと誓い合った。



 桜から話があると告げられた時、ヘンリーは感心した。

 エレーヌとソフィアから報告を受けた際は、自分たちで決めればいいと申し渡したが、どうやら桜は首尾よく二人の協力を取りつけられたらしい。

 必要な準備をできる限り行い、自分を説得できそうな材料を持って臨んできたのだろう。あの小さかった子供がよくぞここまで成長したものだ、とヘンリーは深い感慨を覚えた。――まあまだ見かけは年齢よりも幼く見えるが。

 黙って街へ降りるようなことがあれば、ヘンリーも問答無用で連れ戻していただろう。隠れて行動してもすぐに分かる。周囲を掻き乱す身勝手な行動でしかない。

 自分や侍女の二人に了解を求めたのは、少しでも心配をかけたくなかったからだろうし、決意表明でもあるのだろうとヘンリーは考えた。

 ここまでの頑張りを見せられると、その努力を無下にするのも躊躇われる。恐らく、主人第一のエレーヌとソフィアを納得させるために相当骨を折ったはずだ。

 ヘンリーは常々、本人がやりたいと思ったことならば、その本人の責任に於いてしたいように行動させてやりたいと思っている。例え失敗したとしても、それはそれで何らかの糧になる。そして息子と娘に対してもその通りに実践してきた。

 しかし問題はその息子である。普段はヘンリーと同じく、他の人間の行動は見守るという姿勢を貫いているはずだった。妹のリデルに対してさえそうなのだ。しかしそれが桜に関することだけは、急に口やかましくなる。その違いは傍で見ていても面白いものだった。

 息子からは、くれぐれも桜に無茶なことはさせないでほしいと念を押されている。しかし今回の件は息子の言う『無茶』に相当することではあろうが、成長しようとしている桜の邪魔をするような真似はしたくない。

 そこでヘンリーは桜に条件を付けた。

 一つ、決して危ないことはせず、必ず日暮れまでには帰ってくること。

 一つ、城での予定は予め伝えておくので、そちらを優先させること。

 一つ、慣れるまで少なくとも一月は護衛を付けること。

 桜はおとなしく条件を聞いていたが、最後の護衛を付けるという点には難色を示した。護衛を付けて職探しなどできないし、職が決まった場合は終わるまで待たせるのは申し訳ないと言うのだ。

 待たせるということについてはそれが仕事なので気にしなくていいし、職探しの時は目につかない所に潜ませておけばいいと説明すると、桜が不承不承頷いた。


「お父様。アステルには絶対内緒にしておいてね」


 桜は部屋を出ていく前にこれだけはと重ねて頼み、ヘンリーは快く了承した。

 ヘンリーは桜がこの城へ来てから今日までのことを思い出す。桜はこの数年間、かなりの努力をしてこの世界の様々なことを学んできた。その忍耐強さがあれば職を勝ち取り、今までに触れることのなかった世界に飛び込むことも可能だろう。

 それが終わった時の成長ぶりが楽しみな反面、今までの拙い子供がいなくなってしまうことが寂しくもあった。


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