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空を映す海の色  作者: せおりめ
第1章
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森に閃く春の色 4

「私の名前……。イヴニング・ペリドット……。イヴって呼んで……」

「イヴ……? イヴっていうの? 分かった――けど。嬉しいんだけど、いいの、私に名前を教えてくれたりして?」


 ユヴェーレンのことはローズランドに来てからも常識の勉強で習った。それによると、名前を知っている人はいないってことだったから、こんなにあっさり分かってしまうと拍子抜けするというか、勿体ないというか。


「いいの……。名前に錠を掛けてあるから、口外はできない……。それに、きっとダイヤも教えている……」


 まあ要するに、他の人には名前を言いふらせないってことなんだろう。それなら私もうっかり喋ってしまうことはないだろうし、安心だ。それにしても私ってば、ダイヤモンドさんにも名前を教えてもらっていたんだ。


「じゃあ、イヴの言葉を伝えてくれてる、この子の名前も教えて?」


 腕に留まっている鳥に顔を向け、ふっくらしたほっぺたの羽をくすぐる。さっきから、ずっと代弁してくれているし、傷も治してくれたんだもの。


「この子の名前は梔子くちなし……。羽毛の色が梔子色だから……」


 喋っているのに『口無し』だなんて面白い。そしてこの羽毛の色は梔子色って言うんだ。額に付いている石の萌黄色とも彩りが合っていて、目にも楽しい。


「そういえば、さっきはすぐに向こうへ行かれちゃったし、ちゃんとお礼の言葉を受け取ってもらえてなかったよね。もう一回言わせてね。助けてくれてありがとう」


 改まって言うと、梔子は応えるように「ピピッ」と短く鳴いた後、私の手に嘴をこすりつけ、イヴの肩へとはばたいていった。

 肩に戻った梔子の背中をイヴが撫でる。


「桜は森で散歩……?」


 イヴは、散歩していたの? と訊きたかったんだろうけれど、その言葉を耳にした瞬間、氷水に浸けられたように顔から温度が抜き取られていったことを実感した。それが傍目にも明らかだったのか、イヴが「大丈夫?」と私との間にあった距離を詰めて、心配そうに声をかけてくれる。もちろん、実際に喋っているのは梔子。

 でも今の私からは、イヴの方から歩み寄ってくれた感動を味わう余裕も、親切心に応えられるゆとりも逃げ出してしまっている。多分、ちょっとしたことですぐに慌ててしまう私の心を囲む壁なんて低いもんだろうから、脱獄も簡単だったろうなあ……って斜め方向に思考を飛ばしている場合じゃなくて。

 思い出した。勝手に森の中へ入ってしまってたんだ。

 早くここから出ておかないと、アステルに見つかったら怒られてしまう!


「イヴ、私もう帰らなきゃ」


 そこではたと気づく。首を捻って傷が治った背中を確認してみると、切り裂かれた服はそのままだった。

 ローズランドの服装は割合に動きやすくて、今の私は紺色のチュニックにクリーム色のゆったりしたパンツを履いている。そうかといっても、柔らかくて光沢のある上等な布地はケチらずたっぷり使われてあるし、同色の糸を使った装飾性の高い刺繍や、襟元には邪魔にならない程度の繊細で華やかなレースも使われている。

 倒れた時に前部分は土で汚れてしまったけれど、幸い、パンツの方には血も付いていなくて、チュニックは色が濃いから血の色も目立たない。でもボロボロになった背中部分は誤魔化しようがないし、肌には血がこびり付いているみたいだ。こんな姿で帰ってしまったら、何があったのか絶対に問い詰められてしまう。そしてアステルに怒られて自由に外出できなくなってしまう。

 そこまで考えて浮かび上がってきた私の意志は力強いものだった。つまり。

 それは絶対に嫌だ!

 私は両手を頭に当てて、おろおろと落ち着きなくかぶりを振った。


「どうしようイヴ。私、怒られちゃうよ……」


 元々は自業自得だとしても、ちゃんと収穫はあったのだ。結果的に無事だったんだし。

 だから森に入ったことは後悔していないんだけれど、そんな理屈が通用するとは思えない。

 アステルは絶対に小言の大嵐を見舞ってくる!

 そんな私の様子を見るに見かねたのか、イヴが申し出てくれる。


「私も何か背中を隠せる物を持っていればいいんだけれど……。何も無い……。……送ろうか……?」

「え?」


 どういう意味?


「部屋に直接送ろうか……?」

「そんなこと、できるの?」

「できる……」


 瞬間移動ってやつだろうか? ちょっとの間、持ちかけられた内容について考える。

 …………。

 うん……。

 それだったら大丈夫かもしれない。部屋にエレーヌかソフィアがいるにしても、二人なら多分心配はされるだろうけれど、お願いすれば黙っていてくれるハズだ。実はこの二週間の間にも、何度か口を閉ざしてもらっていたことがあったのだ。

 でも本当、夢物語にいるみたい。瞬間移動なんて、まるでエスパーだ。や、魔術なのか。便利だなあ。なんか、魔術って聞いたらどんなに突飛な内容を告げられても、そんなもんかと納得できるから不思議だ。さすがはユヴェーレン。最高位の魔術師と敬われている存在。私も心からの賞賛を贈るぞ!


「ありがとうイヴ! 大好き」


 安心したら上機嫌になってしまい、思わず抱きつくと、イヴはまた真っ赤になってしまった。その弾みにバランスを崩した梔子も飛び上がってしまう。ごめんね。

 私は抱きついていた腕を離して、イヴと向き合った。


「イヴ、また会えるかな?」


 ユヴェーレンに抱いていたイメージとは全く違った女の子。でもそのおかげでとても親しみやすかったし、実際の年齢は大きく離れていても、外見はほぼ同年代だ。友達ができたみたいで嬉しいから、このままお別れしてしまうのは寂しくもあるんだけれど。

 でも私の言葉に、イヴが困ったような顔をして目を伏せる。それを見て、次のセリフが予想できてしまった。


「駄目……。桜が思い出すまでは、会えない……。余計なことを言ってしまいそうだから、ダイヤに叱られる……」

「そっか……」


 私の記憶が戻った時は、向こうの世界へ帰る時。折角仲良くなれたのに……残念だ。

 今度は私が顔を曇らせると、イヴが慌てた様子で頭を持ち上げる。

 肩に乗った梔子がイヴの意見を紡いだ。


「でもっ、目印は付けておくから……。桜が危ない時は助けにいく……。とっ、とも、だだだち、だっ、から……」


 やけに友達のところでどもっている。梔子はイヴの心の動きまで忠実に表現するんだろうか? 恥ずかしがり屋のイヴにとっては、清水の舞台から飛び降りるって発言だったのかもしれない。でも、イヴの方でもそう思ってくれているということに、胸が躍った。この世界でできた、初めての友達。

 自然とほっぺたが緩んでくる。笑いかけると、顔の熱が中々引かないイヴも、春色の大きな目を細めてはにかむ。


「うん、ありがとう。でも目印って?」


 なんだろう、と尋ねたんだけれど、イヴにはもじもじした様子で俯かれてしまった。何、その反応は?


「イヴ?」


 問いかけるように名前を呼ぶと、イヴが未だに赤い顔を上げる。そのまま背伸びをしたと思ったら、おでこにキスをされた。そしてまたすぐに俯いている。梔子がイヴの熱を冷まそうとばかりに、羽をばたつかせているのが印象的というか。


「これが目印……」


 おでこやほっぺたのキスには段々慣れてきたからそんなに驚かなくなってしまった。むしろ、イヴがこんな行動に出たという方にびっくりする。


「ありがとう」


 キスされたおでこに手を当てて、ちょっと呆然って感じの述べ方になってしまった。


「それじゃあ送る……。お城の外観をなるべく詳細に思い浮かべて……。そして、思い浮かべたお城にある自分の部屋の位置を意識して……。そしたら私がその空間を捕まえるから……」


 さすがに魔術のこととなると心構えが変わってくるのか、立ち直ったイヴが冷静に説明してくれる。

 とはいえなるべく詳細にと言われても、なかなか難しい。でもなんとか思い浮かべた――つもり。そして、自分の部屋の位置を意識する。確か、アステルの部屋が真上なんだよね。


「捕まえた……。怪我をしないように、長椅子か寝台の上に着地できるようにする……」

「うん。よろしくね」

「――思い出した時に、くじけないで……」

「え?」


 最後の声は、イヴ自身から出たような気がしたけれど、言葉を返す間もなく視界がブレた。



 ぽすんと柔らかい衝撃を感じた後、私は無事ソファの上に座っていた。

 うん。広い意味で、確かにここは、ソファの上といって間違いではないんだけれど……。

 でもね。

 ここは……。

 ソファに座った…………。


「桜!? 今、どうやってここへ?」


 アステルの膝の上じゃんか!!

 端正な眉目を驚愕に染めているアステルと、頭の中で感情が緊急事態発令警報を鳴らされたように右往左往している私は、思いがけず正面から見つめ合う格好になっている。

 うわ~~! ばかばかイヴのばか!! 一番会っちゃいけない人の所へ来ちゃったじゃないか! あ、違うのか。アステルの部屋のことを私が考えたから、イヴがそっちの方へ送ってしまったんだ。なんでも他人のせいにしてちゃいけないな、反省。いやでもそれに気がついたからって、何かの解決に繋がるわけでもなくて。どどどどどうしようどうしようどうしよう! いやいやいやこういう試練の時にこそ真価が試されのだ。落ち着いて、この場を無事にやり過ごした後には、大きく飛躍した自分と対面できるはず! そうだよ、こうしちゃいられない。知恵を振り絞って言葉を尽くして、とにかくなんとか誤魔化さねば!!

 私はパニクる胸の内をどうにか隠そうと、口を開いた。


「え~とえ~と、これには深い事情がありまして! 所謂ひとつの乙女の秘密というやつで! いやいや、私も一応は乙女のはしくれですからして!」


 自分でも、何を言っているのか分からない!


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