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空を映す海の色  作者: せおりめ
第1章
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森に閃く春の色 3

「ユヴェーレン……? ユヴェーレンって、ティア・ダイヤモンドと同じ?」

「……? ホー……じゃなくて、ダイヤがどうかしたの……? ああ、天海の彩……。あなたがダイヤの言っていた女の子……」


 いかにも仲間だといわんばかりに敬称も付けず、ティア・ダイヤモンドを呼び捨てにしている。それはとても舌に乗せ慣れた口調で、本人が名乗った通り、この人はユヴェーレンなんだと実感できた。

 でもね?

 なんだかユヴェーレンに対するイメージが崩れていく。それはもう、想像上のビルがガラガラと倒壊する音が聞こえそうなほど、はっきりと。

 だって、アステルや先生の話から想像していたユヴェーレンは、もっと端然としていて、孤高に生きる存在みたいな、とにかく何もかもが超越的な人なのだ。でもこの人はといえば。私が喋りかけるだけでビクついているし、どうやら他人と対面するのが怖いらしくて、話す時は鳥を通している。まるで腹話術。その喋り方だって、いつも言葉の最後部分が消え入りそうだ。ある意味普通を遥かに超えているといえなくはないけれど。

 ただの、異常に恥ずかしがり屋さんな女の子に見えた。灰色ローブだけは物語に出てくる魔法使いっぽい。

 とりあえず崩れたイメージは置いといて。

 やっとダイヤモンドさんの手掛かりを手に入れた! 仲良さそうな感じだし、この人に訊いたらダイヤモンドさんの居場所が判るかもしれない。


「ティア・ダイヤモンドのこと知ってるの? どこへ行ったら会える? その人なら私を元の世界へ帰すことができるんだよね? 私、帰りたい。知ってるんなら教えて!?」


 尋ねている内に感情が高ぶってきて、声音が大きくなっていく。ペリドットさんの性質も頭から飛んで、最後の方は何歩か詰め寄ってしまった。当然のように、ペリドットさんはビクリと身体を震わせて、同じ分だけ後ずさる。腕の鳥も足場が大きく揺れたせいで、バッサバッサと踏ん張っている。でもそれを気にしてあげる余裕なんてない。

 ああもう、逃げないでよ。おじさんたちに会いたいんだよ! 大体、人をイジメッ子みたいに!!


「あなたなら知ってるんでしょう?」


 少しだけ声を抑えて、努めて落ち着いた調子で重ねて問いかける。内心は開かずの踏切を待つ時みたいに苛々していたけれど。

 その努力が報われたのか、腰が引けそうになっているペリドットさんの命令を受けて、鳥から答えが返ってくる。


「ダイヤのことなら知っている……。聞いたからあなたのことも少しは知っている……。でも私の口からは言えない……。あなたが自分で思い出さなきゃ……。あなたはダイヤに一度会っている……。その時に全部聞いている……」


 ペリドットさんの心境を表すように、おずおずとした、さっきまでよりもさらに小さな声。でも内容はちゃんと聞き取れた。

 前にアステルも、私は一度ダイヤモンドさんに会っているって予想していた。本当にそうだったんだ。


「じゃあ、どうやったら思い出せるの?」


 ここが肝心なところ。


「思い出す条件を満たせば……」

「思い出す条件?」


 そんなのが要るの?


「ええ……。それも忘れているだろうけれど……。私からは言えない……」


 それでどうやって思い出せっていうんだろう? 随分と無茶なことを指定してくる人だ。

 ややこしいな。まさか、帰るための制約があるだなんて考えもしなかった。ダイヤモンドさんに会えば、それで解決すると思っていたのに。――でも。


「じゃあ、何かをして条件を達成したら、私は帰ることができるんだね?」

「帰るという選択肢を選ぶことが……。駄目……。これ以上言ったらダイヤに怒られる……」


 ううう、物凄く気になる! でも、私が思い出せたら帰れるんだ! おじさんたちに会える!!

 さっきまでの焦る気分は消えて、一気に希望が溢れてきた。今まではあっちへ戻れるかどうかも分からなかったんだもの。保証があると無いでは気分が全然違う。

 込み上げてきた喜びのままに、ペリドットさんと正面から向き合えるよう身体の方向を調節する。勢い余って足を踏み出しかけたけれど、私の一挙手一投足に目を配っているペリドットさんにまたしても逃げられそうになったので、なんとか堪えた。


「ありがとう! 帰れるって分かったっただけでも充分。本当にありがとう」

「そんなに嬉しい……? それならそれでいいんだけれど……」


 私の気持ちがよく理解できないのか、ちょっと首を傾げている。可能なら、胸を切り開いて見せてあげたい! それは不気味か……。

 そういえば、ペリドットさんに対する言葉遣いをすっかり忘れていた。この人はユヴェーレンなんだ。

 軽く頭を下げて謝っておくことにした。


「あ、すみません。私、あなたに失礼な態度を取ってました」


 ペリドットさんは一瞬、私が何を言い出したのか測りかねているようだったけれど、思い当たったのか、鳥を通して伝えてくる。


「言葉遣いとか態度なんてどうでもいいから、そういうのはやめて……」


 なんだか私が丁寧に話しかける人には、大抵こう断られているような気がする。まあ構わないと申し出てくれているんだから、今まで通りに喋っておこう。

 それにしても色々教えてくれたし、私を助けてくれたし、とっても親切な人だ。

 顔を見てみたいなあ。頼んだら見せてもらえないかな?


「ティア・ペリドット、もしよかったら、顔を見せてもらっちゃダメ?」

「………………」


 今までで一番大きく身体を震わせた後に、長い間沈黙されてしまった。やっぱり無理だったかな。フードで顔を隠すのは、人見知りの激しそうなペリドットにとっては心を守る手段みたいなもんだろうし。


「あっ、ごめんね。無理だったら全然いいから」

「……ううん、大丈夫……。見せるから、ゆっくりこっちへ近づいてきて……」


 え? 本当に見せてくれるんだ。なんでも頼んでみるもんだなあ。

 言われた通り、なるべく刺激しないようにそろそろと、鳥を腕に留まらせたままで近づいていく。ペリドットも、内心の気概をかき集めて辛抱してくれているのか、後ろの方へ足を引きそうになりながらも、その場に踏みとどまってくれていた。

 そして私はペリドットから少し離れた所で足を止めた。欲張って一気に距離を詰めてはいけない。怖がっている相手を解きほぐすには、相手の行動を待つことも必要だ。……なんか、野良猫を相手にしている気分になってきた。

 私が、あとは君次第だよとばかりに目線で合図を送りながら待機を決め込んでいると、それが伝わったのか、ペリドットはまず躊躇うみたいに片手で胸を押さえる。そしておもむろに木の陰を抜け出して、そろそろと慎重に近づいてきた。頑張れ、もうちょっと! なんて励ましたくなってしまう。

 ペリドットは数歩分離れた所で足を止めると、私と向き合った。

 それにしてもやけに緊張してしまうなあ。多分、ペリドットの不安感が私に伝わってきているんだ。某動物愛好家のおじいちゃんも、動物を馴らす時はこんな気分だったんじゃないかな。

 ペリドットの手が迷いを表すかのように持ち上がり、なんともゆっくりとした動作でフードの天辺部分を掴んだ。ああ、なんだか無駄にドキドキしてくる。

 そして、まるで天体の動きのように、より一層の時間をかけて落とされたフードから現れたのは、私と同い年くらいの、鮮やかな萌黄色の髪をした女の子の顔だった。腰まで伸びた髪を二つに分けて、三つ編みに結っている。目は長い前髪で隠されていて見えなかった。


「綺麗な髪の色……。私と歳が変わらないように見えるけど、いくつなの?」


 ほう、と溜息を吐きながら質問すると、腕の鳥が控え目に押し出すような声音を紡ぐ。


「歳は多分、あなたよりもずっと上……。――――髪の色、綺麗……?」

「うん、とっても。ユヴェーレンは天海の彩なんでしょう? 同じ色をしてる目も見てみたいな」

「……」


 私は少し首を傾げ、ここまできたら行けるところまで突っ走ってしまえ、とばかりに頼み込んだ。さらには「駄目かな?」と遠慮がちに聞こえるように、決め手の追い打ちをかける。私って、中々したたかじゃないの。

 策謀家な私の作戦に嵌ったペリドットは、しばらく黙った後に、思い切ってという感じでまず唇を引き結ぶ。次いで、固い動作で前髪を横に払ってくれた。


「うわあ」


 無意識に声を出してしまった。感嘆とか、賞賛といった色の混じる。その拍子に一歩分足を踏み出してしまったけれど、今回は逃げられなかった。

 目を出したペリドットはとっても可憐な女の子だった。芽吹いたばかりの植物みたいな春の色が、不安そうに私を見つめている。派手さはないけれど、長い睫毛に縁取られた大きな目はくりくりしていて、小動物みたいなかわいらしさだ。あれだよあれ。少女漫画で、眼鏡で目を隠している女の子が、それを取ったら凄くかわいくなるってあれ。散々じらされただけのことはあった。すごくいいものを見られた気分。


「すっごくかわいいよ! いつもそうやってればいいのに」


 感じたままを口に出したら、ペリドットは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。

 う~~かわい過ぎる~~! 守ってあげたいなんて初めて思ってしまった。……ペリドットの方がずっと強いんだろうけれど。


「イヴニング……」

「え?」


 最初、突然鳥が発した声の意味を掴むことができなかった。


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