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空を映す海の色  作者: せおりめ
第1章
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ローズランド公爵領 7

 部屋に入っておや? と思ったのはその内装。王都のお屋敷の部屋とほとんど変わらないのだ。そりゃあ石造りの壁がよくいえば歴史を感じ、悪くいえば古めかしいだとか、窓に綺麗なステンドグラスが嵌め込まれてあるだとか、細かい所に違いはあるけれど。


「桜様は一晩しか滞在されませんでしたが、少しでも見知った環境の方がよろしいでしょうと、アステル様がお心遣いくださったんですわ」


 まだ旅装を解いてなかった私を着替えさせ、髪を梳きながら説明してくれるエレーヌの言葉に、改めてアステルに対して感謝の念が湧いてくる。凄くありがたいと思う。確かにその方が安心できるのだ。

 相変わらず気を配ってもらっているけれど、どうしてこんなによくしてくれるんだろう? リディの疑問も尤もだ。アステルに訊いてもまた、ティア・ダイヤモンドから預かったからだって言われるだけなんだろうなあ。

 目の前の鏡には、ワンピースではなく、浅い紫地に銀糸の刺繍があしらわれたチュニックを着た私が、おとなしく座っている姿が映し出されている。髪はエレーヌが手を動かす度に、まるでその髪型が本来の形であったかのように、歪みなく編み込まれていく。

 エレーヌって器用だ。感心しながら私は口を開いた。


「エレーヌ、ちょっと聞きたいんだけど、グレアム家ってそんなに身分のある家柄なの?」


 さっきヘンリー父さんとアステルの会話の中で疑問に思ったことだ。何の気なしに聞いてみたんだけれど、エレーヌには今さら何を? という表情を返されてしまった。


「元来、ローズランド公爵家は他にもご領地をいくつかお持ちの、とても力のあるお家柄でしたが、現王の妹君であらせられるミルドレッド様が旦那様の元に降嫁なされまして、さらに隆盛を極めていらっしゃいます」

「ここ以外にも領地を持ってるの?」

「はい。旦那様は各領地ごとに爵位をお持ちでいらっしゃいますよ」


 以前にアステルが、人一人を受け入れられる程度には余裕があるなんて言っていたけれど、かなり控え目な表現だったんだなあ。私が十人いてもビクともしなさそうだ。

 それにしても、王様の妹ってことは王女様ってことだよね?

 王女様がヘンリー父さんの奥さんってことは――。


「もしかして、アステルとリディは王族の血を引いているってことなの? 王子様とは従兄弟ってこと?」


 思わずエレーヌを振り向く。すると編みかけだった髪の束を持って微笑むエレーヌに、「前をご覧になっていてくださいな」とやんわり注意されてしまった。私がごめんと謝ってまた鏡に向き直ると、髪のセット作業に戻ったエレーヌが答えてくれる。


「さようでございますよ。王太子殿下とアステル様は、主従関係をお結びになった間柄でもあり、幼い頃からのご友人同士でもあり、血の絆をお持ちの従兄弟同士でもあらせられます」


 なんなのそれ! じゃあアステルなんて、王子様の側近という地位があって、公爵家の息子兼王族の親戚という身分に加え、いずれ受け継ぐ領地の財産、トドメにあの綺麗なお顔!

 私は自分の頭に並べ立てた項目の数と内容に驚愕してしまった。

 そりゃあ中々逆らえる人なんかいないって。世のお姉様方が目の色変えて騒ぎ立てちゃうよ!

 これは重大な事態ですよ。この家の人たちにそこまでの身分があるとは思いもしなかった。タメ口なんてきいている場合じゃないのかもしれない。

 ――でもなあ……、身分なんてものに今まで縁がなかったんだよなあ…………。

 そりゃあ私の世界にも立場の強弱なんてものはあったけれど、法律の下で、一応人間は平等だとされていた。身分制度なんてものがあったとしても、それは外国や私の知らない場所での話だ。だからどうしてもその考え方が心に根ざしてしまっている。

 かといって、その概念を持ち込んで私一人が声高に平等を主張したところで、誰からも相手にしてもらえるはずがない。そんなことはさすがに子供の私でも分かる。

 それに身分が高い人っていうのは、一般人よりも余計に、階級差とそれに付いてくる特権に対して固執するものなんじゃないだろうか? それは当然の権利だからとことん甘い汁を吸ってやろう的な、傲慢さからくるこすっからさだけじゃなくて、例えば警察の人が違反者を捕まえるように、秩序を守るために必要な態度でもあると思う。ま、何も考えないで偉そうにしているだけの人もいるんだろうけどね。あ、そうか。侍女を付ける付けないで、アステルが言っていた役割ってことだ。

 でもそれを踏まえた上で、多分は私が少しでも居心地のいいようにするために、せめてできる範囲内では好きに振る舞えばいいと気遣ってくれるなんて、もしかしたらグレアム家の人たちは、すごく希少な価値観を持ち合わせているのかもしれない。

 ……私、そんな人たちに甘えてていいのかな…………。思わず、自分が滅茶苦茶わがままな子供だとみなされているんじゃないか、という想像が頭をよぎってしまった。

 でも……。

 まあいいか。身分とかそういうことに関しては、やっぱりピンとこないのだ。本人たちがそれでいいと言ってくれているんだから、構わないということにしておこう。でも、ここの人たちがとっても優しくて、私に心を砕いてくれているって事実は忘れないでおこう。憎まれ口をたたいてくるリディでさえそうなんだもの。感謝、感謝だ。


「どうかなさいましたか?」


 黙りこくってしまった私を訝しく思ったのか、エレーヌが鏡越しに顔を覗き込んでくる。エレーヌは最後の一房を編み込んでいるところだったみたいだ。答える代わりに私も鏡のエレーヌと目を合わせ、さらに質問を重ねる。


「そのミルドレッドさん、アステルたちのお母さんは?」


 他の家族の人たちは紹介されたのに、お母さんの話は出てこない。と、いうことは――。


「数年前に、病を得てお亡くなりになってしまわれました」


 やっぱりそういうことか。

 また髪に視線を戻し、エレーヌが手を動かし始める。


「アステル様と同じく、深く青い目をお持ちの大層お美しい方でいらっしゃいました。旦那様との仲睦まじいご様子は、側で拝見しておりますこちらまで幸せな気持ちにさせていただくようでございまして……。ですがその深い愛情故に、奥様がお隠れになった際の旦那様の嘆かれようは大変なものでございました。王城をご覧になると奥様を思い出してしまわれるからと、王都へお出向きになることも少なくなってしまわれました」


 よくこんな舌を噛みそうなセリフを、別の作業をしながらスラスラと言えるなあ。

 と、エレーヌの言葉遣いに感心している場合ではない。アステルたちも、ヘンリー父さんの前ではなるべくお母さんの話を出さないようにしているのかもしれない。私もその点には注意しておこう。


「さ、後はこれを御髪おぐしに刺して完成です」


 花弁がひらひらしたフリルみたいな青い花を飾ってもらう。エレーヌが後ろから手鏡を当てて見せてくれる、正面の鏡越しに覗く髪型には文句のつけようもありません。美容師さんになれるよ、エレーヌ!


「ありがとう。とってもかわいい」

「お気に召していただいたようで、ようございました」


 私の言葉を受けて満足そうに微笑むエレーヌに笑いかけながら、ミルドレッドさんについて考える。ヘンリー父さんが恋した人で、アステルのお母さんなんだから、性格も綺麗な人だったんだろうな。

 ちょっと会ってみたかったかも。



 それから、ローズランドでの生活が始まった。

 予想通り勉強だらけの毎日で、特に貴族の名前を覚えるというのにはうんざりだった。カーマイン家のモーリス伯爵だなんて、会ったこともない人の名前なんて知るもんか。大体、カタカナの名前って凄く覚えにくい。漢字っていいよね。字を見ただけで、大体の意味が分かるんだから。まあまだ私はこの世界の文字も読めないんだけれど。

 そういえば、アステルも爵位を持っているそうで『グランフォード侯爵』って呼ばれているらしい。別に領地を持っているというわけじゃなくて、グレアム家の長男に付いてくる称号だと言われた。こういう知っている人のことだったら覚えやすいのが不思議。

 剣についてはアステルがかなり頑張ってくれたらしく、持たなくてもいいことになったみたい。

 でもその変わりに――。


「棒?」


 私の目の前にあるのは木で出来た、堅そうな一本の棒がある。両端が金属で装飾されている。私の身長よりも少し長いくらい。


「剣を持たせること自体は諦めていただきましたが、やはり自分の身は自分で守るという方針は変わらないと言われました。これが妥協の限界だ、と」


 この棒を使って身を守る方法を学びなさいということか。


「すみません。貴女にはこんなことをさせたくはなかったんですが……」


 アステルがまだ納得しきっていないという表情で謝ってくる。

 確かに人を傷つけるのは嫌だけれど、剣を持つよりは大分気が楽だった。それに護衛の人を付けてもらうよりは、自衛できる方が少しでも世話をかけなくても済むようになると思う。


「そんなに気にしないでよ。自分で自分の身を守れるようになるんだったらそれに越したことはないんだし。でも剣を持たなくてもよくなったのはすごくホッとしてるよ。掛け合ってくれてありがとう、アステル」

「本当は俺が桜を守りたかったんですけどね。確かにずっと傍についているというのは不可能ですし、これはこれで良かったのかもしれません。ですが、これで襲ってくる輩を倒そうなどとは思わないでください。あくまで逃げる隙を作るだけです」


 分かりましたか? と問われて神妙に頷いておく。逃げ足なら任せといてよ!

 それを見てアステルは微笑みながら頭を撫でてくれた。


「俺もしばらくはここに滞在しますが、王都に帰らなければいけません」


 そうだった。アステルには王都でのお仕事があるんだ。私をここへ送り届けてくれるためにわざわざ休んでくれたんだろう。その上、少しでも慣れるまで傍にいてくれるつもりなんだ。

 とても申し訳ないと思う。でも、もう大丈夫だから帰っていいよなんて言えなかった。


「あとどのくらいここにいるの?」

「休暇を一月いただきましたから、帰りの時間を考えても約二週間というところです。……そんな顔をしないでください。まだもう少し先のことですし、折を見て帰ってくるようにしますから」


 私はどんな情けない顔をしていたんだろう? 困ったような顔で頭をポンポンされてしまった。

 でも、二週間後なんて来なければいいのに……。


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