望み
空はどこまでも澄んで高く、雲一つない青空が広がっている。
雨上がりの森には濃い緑の匂いが立ちこめ、木々の間に残る雫が落ちる音と、さえずる小鳥の声が響く。
自然の営みに洗い清められた景色の中に、一つの人影があった。
金色の髪に青い瞳を持つ、十代半ばほどの少年である。誰もが振り返るような類い希なる美貌の持ち主であるが、腰には端正な顔に不釣り合いな物々しい剣を吊り下げている。
少年は楽しそうに辺りへ目を向けながら、ゆったりと歩を進めていた。
ふと、その目が一点に留まる。怪訝そうに細められた視線の先には、蜘蛛の巣があった。
美しい造形を描く繊細な糸に、無数の雨粒が絡まっている。雫の一つ一つが陽光を弾き、装飾のように輝いている。
それらの中にあってなお、一際輝く存在が蜘蛛の巣に絡め取られ、もがいていた。
光を纏い、四枚の薄く透明な羽を震わせる、手のひら大の少女。
「――妖精?」
少年は今まで、妖精など書物の類でしか見たことがない。葉から零れる雨粒の化身のような姿に、目を奪われた。
暫しの間見蕩れていると、蜘蛛が獲物を味わうべく静かに近寄っていく。
「すみません」
蜘蛛に向かって律儀に謝りながら、少年は慌てて妖精を救いだした。
妖精はしばらく震えていたが、蜘蛛の巣から逃れたとわかると急いで少年の手から抜け出した。背中の羽を素早くはためかせて距離を置き、宙に浮遊している。
「ありがとう」
突如、声がした。少年が驚愕して振り返る。
森の緑を背景に、美しい少女が立っていた。濡れたような光沢に縁取られた漆黒の髪、無限の奥行きを感じさせる、星屑を散りばめたような同色の目。年の頃は十を数える程度に見えるが、纏う雰囲気は老成している。見た目通りの年齢ではないのだろう。
そして少女の両耳には、菱形を象った無色透明の宝石が煌めいていた。見事な大粒のダイヤモンドである。
髪と目の色が同じ人間はかなり希少で、『天海の彩』と呼ばれる。さらには特徴的なダイヤのピアス、いきなり背後に現れてみせる鮮やかな手並みは、魔術によるものだろう。
――と、いうことは……
少年は頭の中で推測し、導き出された結論に茫然とした。
「ティア・ダイヤモンド……?」
掠れた声でダイヤモンドと呼ばれた少女は、無邪気と形容して差し支えないほど愛らしく笑った。急いで片膝をつこうとした少年を手振りで止めている。
「そのままでいいから。それより、私の使い魔を助けてくれてありがとう」
いつの間にか、件の使い魔であろう妖精が少女の肩に留まっていた。
心配したわ、いけない子。咎める口調とは裏腹に、ダイヤモンドは慈しむ視線を妖精に注いでいる。主人の肩で使い魔はより一層輝いた。
「何かお礼をしたいのだけれど、望みはないかしら」
「望み?」
「ええ。私にできることなら、なんなりと」
少年は突然の申し出に目を瞠った。
暫し間を置いてから、口を開いた。
「私の望みは――」