―犬娘―
作「多分次辺りで、この章も終わるな。あ、ムラマサ達はまだ少し元気が無いからお休み中だ」
ラ「あんなに元気が無いみんなは、初めてだな・・・」
作「そうだな・・・」
子どもの願いが届いたのと同時に、あたしは過去の時間から夢の中へと戻った。
目を開けて子犬ちゃんを見てみると、まだすやすやと寝息を立てて眠っている。
でも、その目からは涙が流れていた。
今見た過去は、この子の過去なのかも知れない。
そして、その過去にあたしとハクアがいた。
『あの時の黒獣が、今の君なんだね?』
子犬ちゃんの頭をそっと撫でながら、あたしは牙をおじさん達に提出しなかった時のことを思い出していた。
牙を見せて、それを確認したお姉さんがあたしの手に乗っていた牙を受け取ろうとして、慌てて手を引っ込めると、お姉さんは一瞬ぽかんとした表情になって、どうしたのか聞いてきた。
今回は見せるだけにしておきたい。
そう言うと、お姉さんは初めてのあたし達の行動に面食らった様子で、慌てておじさんを呼びに言って、事情を聞いたのか、おじさんもなにかあったのかと聞いてきた。
別にあたしは何も違法なことなんてしていなかったんだけど、それまでどれだけ普通のアイテムだろうと貴重なアイテムだろうと例外なく提出していたから、余計に不思議だったんだと思う。
まあ、二人は間違いなく何かあるってことには気付いていたんだろうけど、そこには触れないでいてくれたから、助かった。
どう説明すれば良いか分からなかったからね・・・。
あの時も、それからも・・・本当に、なんとなく、また会えるんじゃないかって思っていた。
そして、あたしが気付いていなかっただけで、ずっと会っていた。
今はこうして触れることもできる。
『君が、どうしてあたしの側にいたいと思ってくれたのか・・・それは、あたしには分からない。
あたしが依頼を受けて、君のことを何も考えずに命を奪ったのに、どうしてそんなあたしの側にいたいと願ったのか。
それはとても嬉しいことだけど・・・ねえ、どうしてなの?』
問いかけても、返事が返ってくることがないことは分かっている。
それでも、聞かずにはいられなかった。
――貴女からは、何か不思議な物を感じたから
声が聞こえた。
まだまだ、幼い女の子の声が。
その声が子犬ちゃんの声だと言うことはすぐに分かった。
だって、ここにいるのはあたしと子犬ちゃんだけだから。
『不思議な物って?』
目を覚まし、微笑んでいる様な表情であたしを見る子犬ちゃんに問いかける。
――わからない
返ってきたのは、その一言。
『そっか。ねえ、あたし達に斬られた時、痛かった?』
――うん。すごく痛かった
『・・・・・・そりゃそうだよね』
――でも、貴女に斬られるなら構わなかった。貴女達が来る前にも、あたしの命を狙って来る人はいた
『うん。見たよ。君の過去』
突然訪れた孤独。
少しずつ現実を受け入れて、強く成長していった君を、あたしは見たよ。
『辛かったよね・・・なんて、あたしが言っても、何も意味は無いけど・・・それでも、やっぱりお母さんを失った時の辛さ、悲しさは大きかったよね?』
――うん。敵わないことは分かっていたけど、助けたかった。でも、あの時ママに『お前は生きろ。こんな所で死ぬのは私が許さない』って、言われた。自分は正に死ぬ直前だったのに・・・
『うん』
あのたった一声には、それだけじゃないもっと多くのことも込められていただろう。
娘の未来を護る為に、母親は娘を怒鳴りつけた。
娘の未来は、もっと続くべきだったから。
そして、その未来をあたしが閉ざした。
――貴女が来る前にあたしを狙っていた人達からは、唯の悪意しか感じなかった。だから、最初だけ少し力を抜いて、調子に乗った所で潰した
『うん』
確かに子犬ちゃんは、最初は力を抜いていて、それに気付かないギルドの人は、少し追い詰めたと思うと調子に乗って、その後、少しだけ力を上げた子犬ちゃんには全く歯が立たずに呆気なく散った。
偶に実力の高い人がいたけど、それも例外なく。
――貴女たちは、最初から本気で掛からないととても勝てないと思った。それでも、すぐにやられちゃったけど・・・
『・・・・・・これからどうする?』
――貴女の側にいる
間髪入れずに子犬ちゃんは答えた。
『そっか。すぐに来る?』
その問いに子犬ちゃんは、首を振った。
世界にもう一度、出てくるには牙にもっとマナを溜める必要があるらしく、それは自然にたまるのを待つしか無いそうだ。
ウルベリアの生物はマナを呼吸をすることで取り込むけど、牙しか残らなかったこの子にはそれを行う手段がない。
だから、もっとマナに触れて、たまるのを待つしか無い。
『どれ位掛かる?』
――多分、十年位だと思う
『その間も、君には会える?』
――ううん。実は、今こうして言葉を交わすのにもマナを使ってるから、本当に溜めるなら、少なくとも十年間は、ここに来ることもできないと思う
『・・・・・・分かった。待ってるからね?』
――うん。名前、貴女に付けてもらえると嬉しいな
『もう決めてるよ』
――そうなんだ。じゃあ、それを楽しみに、あたしは眠るよ
『お休み』
子犬ちゃんは、再び眠りに着き、体が粒子となって足下から消えていく。
これから十年、眠ってもここで子犬ちゃんと会うことはできない。
でも、夢じゃなくて、現実で会えるから。
楽しみにしてるよ。
やがて、子犬ちゃんは光輝く粒子となって、その姿を消して・・・あたしはそれを見送ると、夢から覚めた。
*
目を開けて最初に写ったのは、見慣れない天井。
プレールの宿は木造で、天井ももちろん木できていたけど、ここは石で造られていた。
「どこだろう?」
呟きに、返ってくる言葉は無かった。
とりあえず起きることにして、部屋を確認してみる。
今あたしが寝ていたベッドは部屋の左側にあって、枕の所にはマナを込めると光る照明がある。
それと机があって、その右にはベランダに繋がるドア。
対面にはこの部屋の出入り口であるドアがそれぞれある。
ベッドから降りて自分の格好を確認してみると、眠った時と変わらない着物だった。
ムラマサがいない所を見ると、多分ハクアかラーニャと一緒にいるんだろう。
それはそうと・・・もしかしてそんなに寝ていた訳じゃないのかな?
夢の中では、えっと・・・七~八年くらい経っていたけど。
前にも言ったけど、この子は保持者の成長に合わせて大きくなるから、時間が経過していても自分がどれ位背が伸びたりしたのか分からない。
少しだけ目線が高くなった気はしたけど、多分誤差だね。
もう自分の成長速度に期待はしないことにしたのだよ。
契約した影響ってのもあるんだろうけど、なかなか伸びないからね。
うん、もう期待しない。
と、そこで髪が少し伸びていることに気付いた。
体の成長に合わせても、髪の長さは関係ないからね。
ポニーテールが解かれていて、以前は腰の下までだった髪が、膝の少し上まで来ていた。
これくら伸びるには結構時間が掛かると思うけど・・・あれ、あたし結構寝てたのかな?
まあ、細かい事は気にしないでドアを開けて外に出てみた。
他には誰もいないみたいで、この建物の中は静まりかえっている。
まだそんなに遅い時間じゃないと思うけど・・・。
あたしがいた部屋は二階にあったみたいで、階段を使って下に降りる。
そこは、ご飯も食べることができるようで、テーブルがいくつか置いてあった。
でも、そこにもカウンターにも誰もいない。
何でだろう?
見た目からして、ここが宿なのは間違いないと思うけど、誰もいない、なんてことはまずあり得ないと思う。
そもそも、客がこないんじゃ宿を構えても意味が無いし・・・。
適当なテーブルに座って、少し考えてみようかと思ったけど、やっぱり面倒だから止めた。
「あ、カード」
ふと思い出して、袖の中をまさぐり、カードを取り出す。
魔力を込めて表示を出して、ランクが変わっていないことを確認する。
次に裏面のスキルを確認する。
「あれ?なんだろう、これ」
そこに見慣れないスキルが一つ。
「えっと・・・『犬っ娘のご主人様』?・・・え、なにこれ?」
本気で分からないんだけど・・・え?
あたし、誰かのご主人様になったの?
なんで?
疑問ばかりが浮かんでくるけど、とりあえず説明を読んでみることにした。
「えっと、『犬っ娘のご主人さま』。まんまじゃん!」
思わずカードをテーブルに叩きつけてしまった。
一度深呼吸して、カードをとって表示を消して袖にしまう。
「うん。まあ、放っておこう・・・みんな何処だろう?」
宿の外からは少しだけ声が聞こえたりするけど、出ようとは思わない。
面倒くさいし・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・暇」
バン!
「うわ!びっくりした」
いきなりドアが大きな音を立てて開かれて、突っ伏していた態勢から飛び起きた。
次いで聞こえてくるダダダ、と駆けてくる足音。
「あみ~!」
「うわ!」
ダン!
「あいた!」
駆け寄って来たであろう人に、抱きつかれて勢いを殺すことができず押し倒されてしまう。
「んふふ~・・・あみ~、やっと起きた~」
その押し倒した本人は、あたしに頬ずりしてきて、本当に嬉しそうにそう言った。
見てみると、その子は可愛い女の子で、髪は夜を写したようにとても綺麗な黒。
服も同じように黒いけど、なんだろう・・・着物のミニスカート版、とでも言えばいいのかな?
袖まではあたし達が着ている着物と同じだけど、足は太ももから下は全部露出されていて、とても色っぽい。
後、なんと言っても胸が・・・あたしとは比べものにならない程の大きさを持っていて、抱きつかれているからぐいぐいと押しつけられている。
そして、多分この娘の最大の特徴である、犬耳と尻尾がピコピコと動いている。
「あみ~」
「ち、ちょっと待って!君、だれ?」
尚も頬ずりしてくる女の子を押しのけて問うと女の子はキョトンとなった。
「忘れたの?あたしだよ、夢の中であんなにお話したでしょ?」
「え・・・夢?夢って・・・え?もしかして」
夢、話。
この二つの単語からあたしが連想するのは、一つしかない。
ついさっきまで、あたしはそれを体験していたんだから。
「そうだよ。黒獣だよ」
「え?」
「やっと会えたね?あみ」
えええええええええええ!!
心の中であたしは叫び声を上げていた。
ラ「良かった。暗くなくて」
作「まあ、まだムラマサ達は元気がないけどな。次は回復するだろうから心配はないぞ?」
ラ「ホント?」
作「ああ」
ラ「やったー!」
作「はは」