―初恋―
「ひゃああああああああ!」
自由落下を始めて五分程経過しているけど、紐なしバンジーみたいで楽しい。バンジージャンプをしたことがないからいまいち感覚は分からないけど、戻ったらやってみようかな?あとスカイダイビング・・・は今してるからいいや。
バサ!
突然聞こえた、何か羽ばたく様な音のした方を見ると、そこには白くて巨大なドラゴンがいた。正確にはどうか分からないけど、まあ形状からして間違いないと思う。なんでドラゴンがいるのか、とか思いはしたけど、多分ここって日本じゃないから、いても可笑しくはないかな、とも思う。
はあ・・・やっぱり日本じゃないのか・・・。
それを何となくでも理解すると一気にテンションが下がった。さっきまでの楽しい気分が嘘みたいだ。少しは希望があったんだけどなぁ・・・せめて地上が見えてくるまでは、日本だって思っていたかった。街なんかを見れば、どこだか大体の見当は付くと思ったけど、ドラゴンなんて、日本どころか世界のどこにも存在する訳がない。
バサ、とまた羽ばたく音が聞こえて、見ると落下しているあたしを、さっきのドラゴンが追いかけてきていた。
ここで死ぬのかな?
そう思った途端、一気に恐怖が込みあがってきた。
やだ・・・こんな訳の分からない所で死にたくない・・・。
「たすけて・・・旭・・・」
何の力も持っていないあたしに何ができる訳もなく、唯それを願うことしかできずに。
目尻に浮かんだ涙をどうすることもできずに。
あたしは意識を失った。
何かがあたしを受け止めるのを感じながら―――
旭と雫の二人とは、転校した小学校で会った。初日にみんなに見られているのを少し恥ずかしく思いながら、自己紹介をして、席に向かうと、後ろには無表情の男の子がいた。
その男の子が旭だった。
話しかけても無視されて、人付き合いが苦手なのかな?と思いながら席に着くと、前に座っていた女の子が小声で、何言っても無視されるから放っておきなよ、と言ってきたけどあたしはそんなことどうでも良かった。
折角席が近くなったんだから、お喋りしたい。
その日からあたしは、ずっと旭に話しかけていた。一週間経っても二週間経っても旭は一度も返事をくれたり、表情を変えてくれたりしなかったけど、一ヶ月位が経った時に、旭の顔を暫くじ~っと見つめていて、笑ったらどんな顔するのかな?と思って、
『ねえ・・・少しは笑おうよ?』
と言うと、旭はどうして、と聞き返してきた。
質問された、ということよりもやっと返事をしてくれたことの方が嬉しくて、あたしははしゃいでいた。そんなあたしを見て、今度は旭から問いかけてきた。
『何がそんなに嬉しいの?』
と。
あたしはその問いに無視されると辛いから、みたいなことを言ったと思う。
そして、また旭は質問に答えてくれてないと言って、あたしは笑った顔が見たいだけ、と答えた。
『・・・・・はは』
その時、旭は初めて笑った。
何かおかしな所があったのか、それ以外に何かあったのかは分からないけど、とにかく旭は笑った。
それからは旭が笑うことはほっっっっとんど無かったけど、それでも色々話してくれるようになった。
二年生になって、いつだったかは忘れたけど、一人で体育の後片付けをしている雫を見つけて、あたしと旭で手伝って、その時は、まあ関わることは無いだろうな・・・って思ったけど、次の日に雫の方から来てくれた。
用件は昨日のお礼だったみたいだけど、一度言ってくれたんだからそれで十分だったんだけど・・・とは思ったけど、多分本人もそれが目的だったんじゃないと思う。
それからは雫も加わって、三人でいることが多くなった。流石に修学旅行の時とかは無理だったけど、そういったこと以外では、ほぼ毎日。その過程で、あたしは段々雫に対して抱いている好意が友達に対するそれとは、どこか違うな、と思うようになった。
それが何なのか理解したのは、雫が小学校を卒業した時だった。
明日から雫はこの学校にいないんだって思うと、急に胸が締め付けられた気がして・・・。
これが好きって感情なんだって、子どもながらも理解できた。
旭は気付いていたみたいだけど、何故か教えてくれなかったんだよね・・・。それで良かったって思ってるけど。
雫も気が付いていたことにはびっくりしたけど。
ま、その恋が実ることは無かったけど、変わらず一緒にいてくれたから嬉しかった。
その内、誰か別の人を好きになるだろうなぁ・・・とは思っていたけど、結局今日まで、他の女の子に恋をしたことはなかったな・・・。
『貴女の初恋が私だっていうことは、私にとっては光栄よ?』
そう言ってくれただけでも嬉しかったから、良かったかな?
そんな雫の初恋は旭だったんだよね・・・どうもあたしは恋愛沙汰に疎い様で、雫が旭対して抱いていた好意が恋愛感情だとは気付かなかった。
今では、二人ともめでたくカップルになっているけど・・・二人とも同じ場所に飛ばされかな?
あの二人にはずっと一緒にいてもらいたい。
旭なら雫を何があっても守ってくれるだろうから。
でも、もし別々の場所に飛ばされていたら、誰が雫を守ってくれるんだろう?
誰が雫の隣に立つんだろう?
ツンツン・・・と何か、先の尖った様な物につつかれているのを感じて、あたしは落下中に意識を失ったことを思い出して、目を開いた。
「グオォ~」
目の前には、さっきの白いドラゴンがいて、その蒼い瞳に心配そうな色を浮かべてあたしを見ていた。