後日談 厄介な友人
最近、赤崎が接触してこない、と金森は感じていた。
具体的に言うと、事件が片付いた日の翌日から、赤崎は金森に直接には接触していなかった。
『別に気にしてないけど。でも、ちょっと前まで一緒に帰ってたのに……まあ、赤崎、面倒だったし、別にいなくてもいいけど。でも、相変わらず藍ちゃんとは、しゃべってるみたいなのよね。別にいいけど』
金森の意識上、赤崎は友人ではない。
赤崎のことは面倒な奴だと思っているし、かかわりが無くなるのも本来なら喜んで然るべきなのだろうが、それでもなんだかモヤモヤして、拗ねたように頬杖をついていた。
ボーッと廊下の方を見ていると、ふと、視界の端に大きな黒い物体が映る。
赤崎だった。
『ん? 何? あいつ、こっち見てるの?』
視線を感じて赤崎を注意深く見つめると、パチリと目が合った。
すると、赤崎は弾かれたように顔を背けて教室のドアの陰に隠れた。
しかし、一分もしない内に勢いよく物陰から飛び出してきて、ツカツカと足音を立てながら金森の方へとやって来る。
「何か用か? 金森響」
緊張しているのか、声は怒っているかのように固く、ぶっきらぼうだ。
「いや、用があるのはアンタでしょ。なんで、こっち見てたのよ?」
ヤレヤレと呆れると、赤崎はほんの少し目を見開いた。
「気づいていたのか、鋭いな。流石だ」
顎に手を当てて偉そうに言うと、それきり赤崎は黙ってしまった。
視線は明後日の方向を向いている。
その態度に金森は若干イラっとした。
「何よ? 用があるなら早く言いなさいな」
「いや、その、あの……」
再び金森の方へ目線を合わせた赤崎は、金森と目が合うなり、いや、あの、その、を連発してしまい、話にならない。
若干涙目にもなっていた。
『何よ、こいつ! 初めて会った時みたいになっているじゃない』
不審に慌てる様子を見て、金森は自分にちょっかいをかけてきた頃の赤崎を思い出していた。
まるで、しばらく会わなかった親戚に人見知りを発動する子供のようでもあった。
「何、慌ててんのよ。別に逃げないし怒らないから、要件があるなら言ってみなさいな」
赤崎の方にヒラヒラと手を差し出して言葉を促すが、依然として赤崎はまごついている。
「ああ、いや。別に用事があるわけではないのだ。ただ、何か……そう! 事件とか、発生していないだろうか! と」
「う~ん、特にないわね。期末テストとかいう地獄のイベントならあるけど」
「そうか」
ヒラメキ顔で出された、取ってつけたような質問に、苦々しい表情の金森があっさり答えて首を振ると、赤崎は「そうか……」と落胆して肩を落とした。
「何よ、らしくないわね。そういう赤崎には、事件とか起こってないの?」
ムッと口を尖らせた金森が質問を返すと、顎に手を当てて考え込んでいた赤崎が力なく首を横に振った。
「む、俺も事件と言うほどのことはないな。日課の見回り等はしているが」
「ふ~ん、まあ、平和ならいいじゃない」
「確かにそうなのだが……」
いつにもまして歯切れが悪い。
最初は若干イライラしていた金森だったが、どうにも赤崎の態度が今までと異なるので、少々心配になってきたようだ。
珍しく労わるような視線を向けている。
「本当にどうしたの? 最近あんまり話しかけてこないし。いや、別に話しかけてほしいわけではないけれど」
「ふむ、いや、な。俺たちは一度、堅い絆で結ばれた仲間として一つの事件を解決したわけだろ」
「仲間?」
金森の言葉は無視して、赤崎は続ける。
「だが、我々は普段は普通の高校生として活動し、事件発生時にだけ行動を共にするタイプのヒーローだからな。事件が起こるまではそれぞれの、我々が出会う前の、元の日常に戻るのだ。だから、少々寂しくはあるが……事件が起こるその日まで、さようならをせねばなるまい」
滔々と語った赤崎の瞳は、寂しげに揺れていた。
気のせいか、垂れた動物の耳が見え、分かりやすく落ち込んでいる。
そんな赤崎に対して、金森は深いため息を吐いた。
「何よ、その謎設定。んなわけないでしょ。大体、そんなのが適用されたら、藍ちゃんとおしゃべりできなくなるじゃない。赤崎だって藍ちゃんとはご飯食べてるんだし」
「俺は、事件が起きる前から清川藍と昼食を共にしていた! だからよいのだ」
「なによ、赤崎ばっかり藍ちゃんと仲良くしてたらずるいじゃない」
ポコポコと怒り出す金森に赤崎も言い返していると、妙に論点がズレてしまい、言い争いの内容が何故か清川の取り合いのようになっていく。
引っ込みがつかなくなって、金森は赤崎をギッと睨んだ後にそっぽを向いたのだが、そうした時にふと気が付いた事を口にした。
「もしかして、だからあんまり私に話しかけてこなかったわけ?」
金森に睨み返していた赤崎だが、キョトンとした表情になると言い難そうにしながら頭を掻いた。
「ああ、そうだ。清川藍の件があるまで、我々は仲間ではなかったのだから。それに、金森は俺……俺たちとの馴れ合いは嫌うだろうとも思ったのだ。だから、あまり話しかけずにいたのだ」
実は金森に鬱陶しがられていることを察している赤崎だが、主語を大きくして誤魔化す。
背丈は大きな赤崎だが、内面は割と繊細だ。
「まあ、アンタがちょっと面倒くさいのは事実だけど。というか、そんなくだらない理由だったのね」
「くだらなくないだろう!」
こめかみを押さえ、ため息交じりに言葉を出す姿にイラっとした様子の赤崎が吠える。
しかし、金森は構わずに続けた。
「くだらないわよ。せっかく友……知り合いになれたんだから、そんなよく分からん設定のせいで付き合いを断ちたくないわ」
腕を組んで偉そうに言い切ると、赤崎は半信半疑ながらも表情を明るくした。
「本当か?」
「まあ、一応本当よ」
「そうか!! じゃあ、早速裏山の調査をするぞ! 金森響!!」
金森が肯定するのを聞いた赤崎は完全に勢いを取り戻したようだ。
握りこぶしを思い切り天井めがけて突き上げた。
それに対し、金森は目を丸くして首を振る。
「何言ってんのよ。行かないわよ。大体、この学校に裏山はないでしょ」
金森たちの通う水晶高校は市街地に建てられているため、裏山は存在しない。
単純な山にだって、バスを使わなければいくことが出来ない。
そうであるのに、赤崎は教室の床を指差して、
「地下とかに裏山への入り口があるかもしれないだろう?」
と、堂々と言い放った。
行き過ぎた空想が口から躍り出てしまったようだ。
「絶対ないわよ!!」
「あるかもしれないだろう! だが、まあいい。それなら、俺の中学時代の母校の裏山に行こう。母なるグランド山脈だ」
「あんた、そんな名前で母校の山の事呼んでるの?」
金森は、呆れと疲れでため息を吐いた。
しかし、面倒くさいな、厄介だなと思いつつも、元気な赤崎を見て少し嬉しくなってしまった事も事実だった。
この厄介な友人との付き合いはきっとしばらく続くのだろう、と金森は心のどこかで確信していた。




