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正義な過去は罰を免れない

作者: 鈴木美脳
掲載日:2026/05/23

良い行いをすれば、必ず返ってくる。のちに悪い行いによって報われたときに必ず、非常に深い憎しみの感情を催すことになる。したがって、憎悪によって苦しめられたり破滅させられたりしたくない場合には、良い行いをすべきではない。しかし実際には、良い人々は良い行いをすることを避けられない。


賢さもまた、必ず報われる。邪悪な権力が偽善によって人類を支配しようとするとき、知性は心地良い偽りの外にある事実の存在に気づかせる。事実は唯一であり、事実は正義であるため、知性は必ず正義によっても報われることになる。しかし、邪悪な権力が偽善によって人類を支配しようとするとき、事実を認識して正義を実行する人々から順に殺害される。人格的な良心とともに、先天的な賢さもまた、捨て去ることはできない。


もしもテロリストやファシストや東側諸国が悪だったのではなく、ウォール街やシティ・オブ・ロンドンやイスラエルや米国が悪であったらどうなるか? つまりもしも、人類文明史が悪に対する正義の勝利ではなかったらどうなるのか? 啓蒙思想の勝利の節目である近代的な市民革命としての一例であるフランス革命などにおいて、絶対正義とされた「個人の自由」および自由と民主主義の正義が、公正を偽称したグローバル経済について、グローバル資本家を富ませる洗脳構造でしかなかったらどうなるか?


人類全体の幸福を目的としてはむしろ仕事のできない人々にほど社会的な地位と経済的な利益が与えられ、有能な人々ほど体制から阻害されて貧困化されるのだとしたらどうなるか? 同じ全体最適性のためにはむしろ知能つまりIQの低い人々ほどアカデミアでの地位や学歴が与えられていたらどうなるか? 文明が人類に教えている公正世界仮説は、家畜化し奴隷化するための虚偽であって事実ではないことになる。


公正世界仮説が嘘であったらどうなるか? 法律は正義よりも悪を守っていることになる。警察と警察官、軍隊と軍人もまた、正義よりも悪を守っていることになる。能力と努力の対価だと自認されているお金については単に、盗まれた人々と盗んだ人々がいることになる。恋愛や結婚についてもまた、恋人を殺された人々と殺した人々だけがいることになる。出産と育児についてもまた、子供達を殺された人々と子供達を殺した人々がいることになる。


その事実を、「持たざる人々は自業自得である」という情報支配が覆っていることになる。その情報支配は、強い立場にある人々にとって有利であり、搾取の実行を正当化させて深化させる。ならば人間存在の理性における世界への認識とは、先立つ権力構造に基づいて生じる欺瞞だということになる。人の妻を殺して「あなたが自ら殺したのだ」と言い、人のお金を盗んでおいて「これは私が所有するお金だ」と確信して断言するなら、それよりも邪悪な邪悪は存在しえない。


したがって世界は汚れているのであり、AIの出現もあって急速にさらに悪化している。拝金主義が世界を覆って公正世界仮説が強まるとともに、社会実態は公正から遠ざかっている。それがゆえに、分割統治されて争い合い奪い合うことの愚かさを教えるために、優れた人々は倫理的実践によって模範を示す。その実践が成功すればシステムは崩壊して資本家の生活水準が下がるために、それは失敗させられる。したがって個人の善意は社会から悪意として返ってくる。良い行いをすれば必ず返ってくることは、このように単に部分的な対象を超えて文明全体の構造だ。


であれば、イエスがパンを割れと説いたように、貧しさとは嘲笑うべきものではなく、共有すべきものだ。持たざる人々が、不当に盗まれた人々であるなら、その持たざることは積極的に共有すべきだ。人間は、テロリストやファシストと呼ばれて悪魔化されるべきであり、お金や恋人を有しないことによって嘲笑されるべきだ。我が子を殺した人々に、我が子を殺されたことを自業自得と嘲笑される無限大の痛みと無限大の憎しみを体験すべきなのである。


知能の低い人々ほど他者を馬鹿にして楽しむことが好きだが、知能の低い人々にほど地位と幸福が与えられるのが現代文明だ。しかし、他者を馬鹿にして得られるものなど実際には何もない。なぜなら、世界は公正ではないため、見下すことのできる苦しみは実在しないからだ。そのため、優れた人々は生涯に渡って決して他者を馬鹿にして楽しむ心理を持つことがない。そしてその人生は必ず報われるのであり、より愚かな人々から生涯に渡って嘲笑されて矮小化され、攻撃されて搾取される。結局やはり、他者の尊厳を認めて決して蔑まなかったぶんだけ、残るのは憎悪である。


人間は、過去を変えることはできないが、未来を変えることができる。未来は変えられるかもしれないが、過去は決して変えられないのだ。そして、倫理的または知性的に優秀に生まれ、ひどく困難な境遇を社会のために善良に生き抜いた人々ほど、倫理的に偉大な成功はその人の経歴を埋め尽くしている。いつか社会を変革することを目的にもしただろうし、あるいは誰か一人に理解され感謝され尊厳を認められることを求めもしただろう。そして、人類文明の構造は、そのような理性上の意味の構造が、「報われない」という意味の終端に結末することを運命づけている。ゆえに正義とは常に、絶望といういただきを見上げて歩む旅である。

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