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手配書の男

 翌日。俺は馬騰の屋敷に行くと、すぐに阿陽と阿興に声を掛けに行き、阿陽の部屋に集まった。

 二人に話すのは、もちろん先日会った男が手配書に書かれていた容姿と一致していた、というものだ。

 俺の話を聞いた阿陽が考え込みながら言う。


「その男の罪状の1つに子供の誘拐と書かれていたということは、もしかしたら、あの近辺に子供を隠しているのかもしれないな」


 阿陽が言うと、阿興が食い気味に言う。


「阿陽兄の言う通りだぜ。間違いないって!」

「阿興、憶測でものを決めてはダメだ。だが、似た男を見かけたことは役人に伝えても良いだろう」


 俺は阿陽の言葉に頷いた。別人かもしれないが、もし本当であれば、子供の命が掛かっているからだ。

 早めに動いて損はない。ただ、一つだけ俺の中で引っかかる事があったので、それを補足する。


「昨日、それとなく父に聞いたのですが、この男の手配書は并州から回って来たものだそうです。わざわざ隣の州からです」


 并州は俺達の住む涼州の南に位置する州だが、ここからかなり距離がある。

 そのような場所から手配書が回って来ることはあまりない。

 罪状には人殺しに放火も書かれているため、凶悪犯ではあるが、それでもこの広大な土地を越えてこれるのかと疑問に思う父の考えに同意だった。


「賊の頭目でもなさそうですし、どうしてこんな遠くまで手配書が来たのか父も不審に思っておりました」


 俺の抱いた疑問に対して阿陽が悩みつつ返してきた。


「それならば、馬英さんに伝える方が良いように僕は思う」

「確かに、そうかもしれませんが、私にはあの人が極悪人には見えませんでした」

「そうかぁ? 俺にはよく分からなかったぜ。阿陽兄はどう思う?」


 阿興はどうやら考えをあっさりと放棄したようだ。それに対して、阿陽はブツブツと独り言をつぶやき始めた。

 耳を澄ましてみても、聞き取れないほどに小さい声であった。

 これは阿陽の癖である。深く考えると、こうして一人の世界に没入するのだ。

 脳天気な阿興とは対照的な存在と言えよう。


 考えがまとまったのか、阿陽は顔を上げた。


「安能の言う通り、少しおかしな話だと思う。凶悪犯ならば昨日のように、わざわざ食べ物を乞うような真似はしないだろう。馬英さんに知らせるのはこちらで調べてからでも――」

「よしっ! なら、俺に任せてくれ」


 そう言って阿興は立ち上がると、部屋を飛び出して行った。

 

「一番任せてはダメな奴が行ってしまったな」



 呆れ顔で言った阿興に同調したくなったが、それを言ってしまうのは可哀想なので良い方向に捉えて言う。


「阿興兄さんの行動力は凄いですからね。では、俺達も調べましょうか」

「そうしようか。安能はもう少し馬英さんから、話を聞き出してほしい。俺も役人に知り合いがいるから、そっちから調べてみる」

「分かりました。阿陽兄さん、すみません。面倒事に巻き込んでしまって」


 俺だけで判断をすれば、こんな手間を掛けさせることはなかった。ただ、どうしてもあの人が極悪人とは思えなかったのだ。

 しおらしく頭を下げた俺に、阿陽が小さく笑った。


「安能はお人好しなところはあるが、人を見る目もあると僕は思っている。僕はお前の直感を信じるよ。阿興もあんな感じだが、同じように思っているはずさ」


 優しい声音に思わず、心が震えてしまった。

 そう言ってもらえて本当に嬉しい。俺はもう一度、深々と頭を下げ屋敷を後にした。



 阿陽と阿興に話をした二日が経った。

 その間、父から少しずつあの男についての情報を聞き出した。

 そこで驚いたのが、まだ発表はされていないが多額の懸賞金が掛けられるというものだった。


 そこまでしなければならない犯罪者なのか。父は罪状以外の何かがあるのではと考えているようだった。

 どれほどの額に昇るのかまでは聞き出せなかったが、父が気にするほどだ、かなりのものなのであろう。

 その情報を持って、馬騰の屋敷に行き、阿陽と阿興に会うことにした。


 三人で声を潜めながら持ち寄った情報を交換する。

 俺のもたらした情報に二人は、おお、と声を上げた。


「なんか怪しい臭いがプンプンするぜ。なぁ、阿陽兄?」

「ああ、確かにな。何か裏がありそうだ。安能、僕が役人の知り合いに確認したところ、あの男はこの辺りで目撃されたという情報までは掴んでいるようだ」


 あの男が手配書の男と同一人物という可能性が濃厚になってきた。

 これで懸賞金が掛かれば、皆が血眼になって探し始める可能性がある。そうなってしまえば、すぐに見つかってしまうだろう。

 本当にあの男が犯罪者であれば、それで良いが、もし違ったとしたら。


 どうしても、あの澄んだ目が頭から離れない。悪者はもっと怪しい目をしている。


「よし、じゃあ、俺の情報だが――」


 阿興が意気揚々と言おうとするのを阿陽が遮った。


「お前の奴は当てにならない。酔っ払いの言葉だぞ?」

「ひでぇなぁ。安能、聞いてくれよ。あの男、実は漢王室の血縁の子供をさらったって話だ。だから、馬英さんの言ったように懸賞金を掛けられたのかもしれねぇなぁ」


 自信満々に言った阿興の横で、阿陽が額に手を当てて軽く嘆いた。


「まったく……。そんな話、信じる方がどうかしている」

「だってよぉ、それだったら辻褄が合うんじゃね? 漢王室の子供って書いたら、それこそ他の野盗どもに狙われるしよ」

「だったら、役人にそう伝えた方が、もっと大規模に動けるだろう? そうせずに、多額の懸賞金を掛けることがおかしいんだ。そうだろう、安能?」


 阿陽の言う通りだ。本当に漢王室の子供をさらったとすれば、それこそ軍を上げて捜索をしてもおかしくない。

 漢王室は衰退しているが、まだ帝の威光は偉大だ。漢王室の子供を救ったとあれば、帝からの覚えもよくなるに違いない。

 だが、そういう動きは聞かない。手配書を回して捜索していることから考えると、そこまで大それた話ではないと思う。


「阿陽兄さんが言う通りだと思います。阿興兄さんの言葉が正しければ、今頃軍を上げての捜索を行っているはずです」

「んだよ。無駄骨かぁ」

「阿興兄さんが聞いたのは、子供さらいの話を面白おかしく広げたものだと思いますが……」


 三人の間に沈黙が流れた。

 子供さらいか。漢王室は尾ひれのついた話だと思うがどこか引っかかるところがある。

 人殺しと放火は重罪だ。子供をさらうのももちろん罪だが、でかでかと罪状に並べる必要があるのか。

  

「じゃあ、いっそのこと、確認しに行かね?」


 阿興はあっけらかんと言った。それはそうだが、危険過ぎはしないだろうか。

 もし、本当に犯罪者であったら下手に首を突っ込んでは大変なことになってしまう。

 だが、犯罪者じゃない可能性も。頭の中がこんがらがってきた。


 そんな俺の不安を晴らすように、阿興は胸を張った。

 

「俺と阿陽兄の腕は知っているだろう? それに、お前だって孟起兄から鍛えられてんだから、大人一人くらいなんてことないだろう」


 なんてことあると思います。と言いかけたが、阿陽がぼそぼそと呟き始めたので口からは出さなかった。

 何を悩んでいるのだろう。阿陽なら、このような話、一蹴するかと思っていたが。

 阿陽が伏せていた顔を上げた。


「阿興の案もありかもしれない」

「どうしてですか? 危険ではありませんか?」

「安能、もし子供がさらわれて生きているとしたら、下手な捜索が始まればどうだ? 足手まといと判断されて殺されてしまうかもしれない」

「確かに。では、阿陽兄さんは、あの男が人相書きの男と同一人物とお考えですか?」


 俺の言葉に、阿陽はこくりと頷いて口を開いた。


「子供を救うには今しかないと僕は考える。安能は、まだあの男が犯罪者でないと思っているのか?」


 この言葉に俺は少し考えた。仮に男が犯罪者で子供を連れているとしたら、足手まといになるのは間違いない。

 そう判断される前に俺達が動いて男を取り押さえれば、全てが解決する。

 俺の腕前は別にして、阿陽の弓術と阿興の槍術は目を見張るものがあるので、一人の男ぐらいならものともしないはずだ。

 もし、全く無関係な人であれば、手配書に似ているため気を付けるように言えば、それで済む話でもある。


 だが、それでも気になるのだ。俺に向けてくれる家族や親戚の瞳と同じ色をした男の事が。


「まだ判断できません。ですが、確認はしたいです。明日、また釣りに行くということにして、山に向かいましょう」

「おう! ひっ捕まえて、子供を助けようぜ」

「阿興、お前は少し落ち着け」


 その日は夕刻まで作戦会議をし、家に帰って寝床に入るとあの男のことを考えた。

 本当に犯罪者なのだろうか。未だにそこは判断できないが、それを明確にするためにも俺達は行かなければならない。

 興奮しているのか、なかなか寝付けない夜を過ごした。

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