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群雄割拠

 馬騰の董卓討伐は失敗に終わった。

 初戦こそは馬騰を含め、王力を分け与えられた武将の活躍により圧勝したが、その後が悪手だった。

 勢いに乗った馬騰軍はそのまま董卓の勢力下に進んだところで、董卓軍の猛将達が待ち構えていたのだ。


 その者達は王力を董卓より授かっていたが、その情報を入手していなかった馬騰軍は力任せの突撃を仕掛けてしまった。

 王力があれば勝てる。そう思い込んだ者達は敵陣の奥深くまで誘導され、そこで董卓軍の王力による反撃を受けることとなった。

 馬騰の王力は炎狼を操るのに対し、董卓の王力は牛頭の闘気をまとった剛力であった。


 その力はすさまじく、槍を一振りするだけで数十人の人間を蹴散らせるというものだった。

 董卓の王力は単純に力が増すのに対し、馬騰の王力は炎狼を操るという練度が必要なものであったため、形勢は董卓に傾いた。

 勢いが削がれ、逆に押され始めると、馬騰軍は混乱し大敗。多くの戦死者を出しながら、涼州へと逃げ帰ったのだ。


 その間、反董卓を掲げた者達も馬騰と同じく挙兵し、董卓に攻めかかったが滅ぼすことはできなかった。

 それどころか、足並みが揃わず、次第に諸将でいがみ合いが始まってしまったことで、董卓討伐どころではなくなった。

 このまま董卓の時代が訪れるのではないか。そう思われたとき、予想外の事態が起きた。


 董卓が暗殺されたのだ。実行犯は董卓と親子の契りを交わした、天下無双と呼び名の高い呂布であった。

 呂布の裏切りにより董卓軍は内部分裂を起こし、その隙を見て帝は僅かな供回りを連れて逃走。そして、ある男に救われた。


 その男の名前は曹操 孟徳。俺はその名を聞いて、記憶を刺激された。はっきりとは思い出せないが、何か恐ろしいものを感じる。


 初めて知った名前なのに、何故、そのように思ってしまったのだろうか。

 結局、その答えは出ることなく時は過ぎて、俺は十三歳となった。



 照りつける太陽と乾いた風が吹く昼下がり、俺の前に孟起が槍を持って立っていた。

 その立ち姿は、男でも惚れ惚れするほどたくましく、そして凛々しい。

 惚けて見てしまいそうになるが、そんなことをしたら、容赦ない突きを食らって悶絶してしまうだろう。


 意識をすぐに切り替えて、孟起に剣先を向ける。

 俺の持っている剣は昔と違って木剣ではなく、本物の剣だ。ただ、訓練で使うものなので刃引きはしてある。

 十三歳が持つにはまだ大ぶりな剣であるが、日頃から孟起のしごきに耐えてきた結果、大人に負けないくらいには使えるようになっていた。


 だが、孟起の力の前では未だに子供同然で、稽古の度にボコボコにされるという一連の流れは継続中である。

 とはいえ、俺もただがむしゃらに剣を振ってきた訳ではない。色々な戦い方を考え、それを孟起にぶつけている。未だに一本を取ったことはないが。

 じわじわと距離を詰めていき、孟起に圧力を掛けていく。


 そんな力などどこ吹く風と、涼しい表情の孟起は逆に俺を威圧してきた。

 孟起の発する熱量によって、俺の額に汗が浮かぶ。これを堪えるのが一番大変である。プレッシャーに負けて、思わず斬りかかるか、距離を置きたくなるのだ。

 そうしてしまえば楽になれるが、楽をした先には孟起の一撃が待っている。


 力も技量も孟起には到底かなわない。孟起が逆立ちしても、俺が一本とれる想像ができないほどだ。

 ただ、心ならば戦える。心でのぶつかり合いには、体格も年齢も関係ない。心が屈してしまえば、それは真の意味での敗北となる。

 だから、心での勝負だけは負けてはならないのだ。


 俺の意地を孟起にぶつけ、少しだけ足を前に出した。

 その瞬間、孟起の槍先がひゅっと動いた。認識したときには、槍先が俺の目の前に迫っていた。

 俺は剣を跳ね上げて、槍に剣をぶつけた。弾かれた槍が俺の顔を掠める。


 今が好機。姿勢を低くして、孟起の懐に入るように接近する。

 そうして、孟起の腹部を目掛けて剣を一閃。だが、孟起の槍の柄によって斬撃は防がれてしまい、そのまま剣を弾かれると、槍の端にある石突きによって額を殴打された。


「ぐっ!」


 強烈な一撃を食らったが、まだ倒れなかった。今度は剣を引き、更に姿勢を低くして孟起に突きを繰り出す。

 剣が孟起に到達する直前、切っ先は空を斬った。剣を半身になって回避した孟起は、高々と上げた槍の穂を俺の脳天に叩きつけた。


「がっ!?」


 全身に電撃が走ったかのような痺れと痛みを覚え、そのまま地面に大の字になって倒れた。

 思考がまとまらず、何をしたらいいのか分からない。朦朧とする意識の中、俺の視界に一つの影が映った。

 それに気づくと、反射的に体をよじって地面を転がった。


 ドンっと、鈍い音を耳にする。視線を向けると、地面に槍の石突きを立てている孟起の姿があった。

 あのまま寝ていたら、確実に気絶していたに違いない。全身が粟立つと、手をついて剣を支えにし、ゆっくりと立ち上がった。

 まだめまいがするが、戦えない訳ではない。深く呼吸をして、神経を研ぎ澄ます。


 孟起がゆるりと俺に体を向けて、槍を構えた。

 一瞬も気が抜けない稽古は、孟起の一撃で俺が気を失うまで続いた。



 うららかな日差しの下、俺は阿陽と阿興に連れられて山の中で釣りをしていた。

 阿興が川の上流の方が釣れるというので、山の深くまで入った。せせらぎを聞きながら釣りをするのは、趣があってとても良い。

 永遠に幸せになりたければ、釣りを覚えなさいという言葉を聞いたことがあるが、このゆったりとした時間は確かに幸せだと思う。


 戦の世を迎えて、この国は混迷を極めており、人々は不安の中で生活をしている。

 俺達もそうだ。成人した際には、戦場に出ることになるだろう。いや、孟起のようにもっと早く戦場に出ることになるかもしれない。

 そう考えてしまう事態が起きたのだ。


 涼州を馬騰と共に支えていた韓遂(かんすい)と戦になったのだ。

 馬騰と韓遂は義兄弟の契りを交わしていたが、涼州の統治の仕方で衝突してしまい、それが戦に発展した。

 その戦によって、馬騰の妻子が殺されてしまい馬騰は激しく怒り、和睦は困難となってしまったことで涼州内で戦が頻発するようになった。


 殺されたのは阿陽と阿興の母親ではないが、それでもしばらくは気落ちしていたのを覚えている。

 俺もあまり交流がなかったとはいえ、話を聞いた時には愕然としてしまった。本当に戦をしているということを実感した事件であった。

 戦の火が傍に迫ってきている。明日には兵士となって、敵と戦わなければならなくなるかもしれない。


 そう考えると、こうやって気晴らしにも出たくなるものだ。

 のんびりと釣りを楽しんでいると、がさがさと森の奥から音が聞こえた。

 その音を聞き、阿陽が携えていた弓を構え、矢を弦に掛けた。


 阿興も短槍を手に取ると身構える。警戒した二人と同じように俺も剣を鞘から抜いて、構えた。

 木の陰から姿を見せたのは、薄汚れた格好をし、伸びるに任せた髭面の中年の男であった。その腰には剣が下げられている。

 見た目から山賊か。はたまた物乞いか。どちらにせよ、武器を持っているのは穏やかではない。


 阿陽が、その男に矢を向けて言う。


「止まれ。何者だ? それ以上、こちらに来れば矢を放つぞ」


 更に弓を引き絞った。男は足を止めると、両手を前に出し首を横に振った。


「待ってくれ。怪しく見えるかもしれないが、襲いに来たわけではない」


 阿陽は表情を変えることなく言う。


「では、何をしに来た?」

「魚を分けてもらいたかったのだ。まともな食事を取っていないんだ」


 男はそういうと、空腹を告げる音を腹から鳴らした。

 槍を肩に乗せた阿興が呆れ顔で言う。


「おっさん、どんだけ腹が減ってんだよ。仕方がねぇな。一匹やるよ」


 阿興は言うと、籠から魚を一匹取り出して男に向けて放った。

 男はゆっくりと魚に近づき拾い上げると、俺達に向け頭を下げた。


「すまない。助かった」


 そういった男の腹がまた鳴った。一匹で足りるのだろうか。男の顔を見ていると、その目はとても澄んで見えた。

 それに腰にぶら下げている剣の装飾も気になった。ただの物乞いが持つには似つかわしくない。


 すると、俺の視線に気づいたのか声を掛けられた。


「俺に何か?」

「いえ、何でもないです」

「そうか。君達は命の恩人だ。本当に感謝する」


 またお辞儀をすると、男はこの場から去ろうとした。

 どうも悪い人間には見えない。もし山賊の類であれば、もっと飢えた瞳をしていると思う。

 物乞いであれば、こんな山奥には来ないだろう。

 

 となると、何か事情があって、この山奥にいるのかもしれない。そう思ってしまうと、どうにも放っておけない気になってしまった。

 俺は鞄から、母に作ってもらった粟団子を取り出すと、釣った魚と一緒に袋に包んで男に近づいた。


「安能!?」


 阿陽が俺を制しようとしたが、大丈夫、と言って男の近くに袋を置いた。


「どうぞ、持って行ってください」


 男は目を丸くすると、困惑気味に返してきた。

 

「良いのか、貰っても?」

「はい。何やら、お困りのようですので。これぐらいしか俺達にはできませんが」


 俺が言うと、男は瞳をにじませて、涙をこぼした。


「感謝する」

 

 そういって、男は袋を抱きかかえると森の奥へと消えていった。

 その背中を見ていると、脳天をゴンッと叩かれた。


「いてて」

 

 振り返ると、短槍をもう一度俺の頭に打ち付ける阿興の姿があった。


「痛いって、阿興兄さん」

「なんで、魚を全部やるんだよ。俺達の収穫がなくなっただろ?」

「いや、なんか放っておけなくて」


 俺自身もなんであそこまで優しくしたのか、明確に答えることができないので、笑ってごまかした。

 俺を見ていた阿陽が深いため息を吐いた。


「まあ、お前はお人好しだからな。仕方がない。今日はもう帰るとするか」


 三人で釣りを切り上げると、帰宅の途に着いた。


 日暮れ前に城門をくぐり、阿陽と阿興は屋敷へと帰っていった。

 俺も自分の家へ向かっていると、高札の前に人だかりができていたので、ちょっと見に行くことにした。


 高札には人相書きがされており、罪状が並んでいる。

 その罪状の長さから、余程の犯罪を犯したのだろう。

 読み進めていると、思わず声を上げそうになった。


 描かれている顔は、昼間にあった男にそっくりであったからだ。

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