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宴のあと

 阿世の誕生日会は夜を迎えても、まだ続いていた。

 いや、今では阿世の誕生日を祝うよりも、馬騰の得た王力と反董卓決起の話題で持ち切りとなっていた。

 大人達は子供達をそっちのけで話に熱中しているので、阿陽や阿興は既に寝床に向かったようだ。


 父も会話の輪に加わっており、母は奥様方と話し込んでいる。

 俺もできれば父達の会話に参加したかったが、子供が入るのも場違いな気がするので聞き耳を立てるだけにしていた。

 ふと、視界の隅に阿世が映った。どうやら庭に出ていくようだ。話に飽きてきたのだろう。


 こうやってコソコソ会話を聞いているよりは、阿世と話した方が余程楽しいに違いない。

 俺は阿世の後を追うことにした。外に出ると、庭にある池の傍の岩に腰を下ろしている阿世を見つけた。

 近づいてみると、阿世は夜空を眺めていた。


「阿世兄さ――」


 呼び掛けたところで思い出した。阿世は馬超 孟起と名を改めたのだ。

 慌てて言い直す。


「孟起兄さん、星を眺めていたのですか?」


 孟起は夜空から目を俺に移すと、微かに笑った。


「安能。俺達が董卓に勝てると思うか?」

「え」

 

 突然の問いかけに、返す言葉を考える。

 董卓は俺達の住む涼州の南にある揚州をまとめる将軍だ。勢力だけ見れば、董卓の軍勢の方が勝る

 だが、複数の勢力で攻めかかれば勝てない訳ではないと思う。


 それになんと言っても、馬騰は王力を持っているのだ。

 王力はまさに一騎当千の力を持つ。戦況を一変させる力であるため、圧倒的劣勢からの逆転劇も書物で読んだことがある。

 負ける姿はあまり想像できないが。


「負けはしないのではないでしょうか? 王力があれば、並大抵の敵は倒せると思います」

「なるほど。王力があればな」


 孟起はそういうと、蒼白い炎を体から発っして、あの狼を出現させた。


「これが、か」


 燃える狼の頭を孟起は優しく触った。気持ちよさそうに目を細める狼。

 この狼に心というものがあれば、王力の使い方を孟起は最初から知っていたかのようである。

 文献には、簡単に扱えるものもあれば、そうでないものもあると書いてあった。

 この炎狼が、どの程度のものなのかは分からないが、それでも初めてでここまで扱えるのは、凄いの一言だ。


「さすがは孟起兄さんです。まるで前から知っていたかのようです」

「知っていたとしたら?」


 思わず首を傾げてしまった。孟起は冗談を言う人間ではないことは知っている。どういう意図で語りかけてきたのか。

 返す言葉に窮していると、孟起が小さく笑った。

 

「悪い。冗談だ」

「やめてくださいよ。びっくりするじゃないですか」

「すまなかった。確かにこいつの力は凄まじいに違いない。使いこなせれば強いであろう。ただし、それができれば、だがな」


 孟起が撫でていた炎狼が、スっと消えた。

 含みを持たせた物言いだったので、言葉を返す。


「だがな、とは?」

「皆が扱えるか。誰もが簡単に扱える程、王力は簡単なものでは無い。それにな」


 夜空に目を向けた孟起がぽつりと言う。


「王力を持っているのが、父上だけとは限らん」


 その言葉に頭をがつんと殴られた思いがした。

 その通りだ。昔は様々な権力者が王力を持っており、国の覇権を巡っていた。

 国を一つにまとめた漢王朝になってからは、常に王室の者のみに王力が宿っていたが、もし、それが昔のように複数人が手にしているとしたら。


「孟起兄さん。それは馬騰叔父上に言うべきです。挙兵を留まってもらって、万全の状態で――」

「聞かないだろう。父上だけではない。周りの者もすでに天下を取ったように考えている。残念ながら、この涼州には知者が少ない。諌める者はいないだろう」

「ですが、孟起兄さんが言えば」

 

 食い下がった俺に孟起は目を向けると、力なく首を横に振った。


「父上のことは俺がよく分かっている。王力はただの力ではない。人の欲望を肥大させるものでもあるのだ。現に俺もこの力を振るってみたい欲求に駆られている」

 

 孟起は右手から蒼白い炎を発してみせる。その炎に照らされた孟起の瞳は飢えた人のように見えた。

 確かに、王力を持った者は野心家が多い。いや、王力を手にすれば誰だって上を目指したいと思うものではないだろうか。

 考え込んでいる俺に孟起が言う。


「自ら会得した力であれば、それを制御することは難しくない。だが、降って湧いたような力であればどうだ。苦労せずに力を手にすれば、誰でも舞い上がってしまう。俺も含めてな」

「では、孟起兄さんは馬騰叔父上を止めないのですか?」

「俺が語ったのは、可能性があるというだけだ。止められんよ、ああなってしまった者達はな」


 そういうと孟起は立ち上がり、俺の傍に寄った。

 そして、俺の肩にポンと手を置いた。


「王力を手にしたのが、お前だったら話は違ったかもな」

「えっ?」

 

 ぽつりと言い残して、孟起は屋敷へと戻って行った。

 何故、孟起は俺に言ったのだろうか。よく分からないが、ここに俺一人でいる理由もない。屋敷に戻ろう。

 そう思って、ふと夜空を見上げてみた。ただの星空が広がっているばかりで、なんの変哲もなかったが風が吹き、雲がかかり始めていた。

 天気が崩れなければいいが。


 その日は夜更けに雨が降り出し、長雨が続いた。だが、熱狂した者達の勢いは止まることなく、春の訪れと共に諸侯にならって董卓攻めが始まった。

 

 誰もが勝ちを予想していただろう。王力があれば、勝てると。

 だが、現実は残酷だった。

 董卓もまた、王力を保有していたのだ。

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