その名は
俺の誕生日を迎えた数日後、父が突然の謹慎処分を受けた。
理由は教えてはくれなかったが、恐らく審端が何がしかの圧力を掛けたのだろう。
一ヶ月程の謹慎期間がすぎた時、突然、それは解消された。理由は馬騰による取り成しであった。
今、馬騰は中央の圧力にも負けない力を持っている。
俺は父に黙って馬騰に礼を言いに言ったが、笑みを浮かべるだけで答えてはくれなかったが。
◇
俺の誕生日から二ヶ月が過ぎると、今度は阿世が誕生日を迎えた。
そのため、俺達家族は朝から身綺麗な格好に着替えて、阿世の父である馬騰の屋敷へと向かった。
馬騰は先年まで州の将軍の副官であったが、今は将軍に昇格したことで城内の一等地に屋敷がある。
街中を両親と共に歩いていると、屋敷から二人の少年が駆け寄ってきた。
「叔父上、伯母上、お待ちしておりました」
「よう、安能。この間も阿世兄にコテンパンにやられたんだってな?」
礼儀正しく挨拶したのは、馬騰の次男坊である、阿陽。
俺のことを弄ってきたのは三男坊の阿興だ。
二人とも俺より年上で、阿陽は穏やかな性格をしており、それとは対照的に阿興はやんちゃである。
長男の阿世が一本気な性格なので、兄弟で性格はバラバラだが、三人とも優しい者達だ。
両親と一緒に二人に挨拶をすると、阿陽が屋敷に入るように促したので、それに従って屋敷に入った。
通された大広間ではすでに宴の準備が整っており、百名ほどの人達が歓談をしていた。
ここにいるのは馬家の親族だけでなく、州の役人や軍の高官も集まっており、馬騰の地位の高さが伺える。
俺達は末席に座り、周囲の人に挨拶をした。一通り挨拶をすると、正装をした馬騰と阿世が大広間に入ってきた。
全員で起立して迎えると、馬騰が言う。
「今日は我が息子、阿世のために集まってもらったことに礼を言う。思う存分、宴を楽しんでほしい」
そういうと、皆が拍手をした。料理と酒が続々と運ばれてくる中、誕生日会は進んでいく。
大人たちにお酒が回り始めると、馬騰がおもむろに立ち上がった。
「皆に聞いてもらいたい。先日、儂は夢を見た。蒼炎の如く揺らめく大きな狼が儂に語り掛けてきたのだ。汝、天下を欲するか、と」
唐突な話に一同、目を丸くしてしまった。何故、このような場で夢の話をするのだろうか。集まった者の間に不安の色が広がっていく。
だが、隣に座る阿世に目を向けると、こちらは戸惑った表情は浮かべておらず、真っ直ぐ前を見ている。
「儂は、この乱れた世を正す力ならば欲しい、と言った。すると、狼はこう答えた」
馬騰は一拍置くと、右手を胸の高さまで上げて右側の口角を吊った。
「決起せよ、炎狼の王。その力を天下に示せ、と」
そういうと、馬騰の体から青白いもやのようなものが漂う。それは蒼い炎のように燃え上がると、それが形を成していった。
巨大な狼。馬騰の二倍以上の大きさを誇る狼は、口や目、全身から青白い炎をくゆらせていた。
あまりの事態にここにいる全員が絶句してしまい、ただただ、その狼を見ることしかできなかった。
すると突然、馬騰が笑い出すと、狼は姿を消した。
「驚かせてすまんかった。ここにいる者達に知っておいてほしかったのだ。これは紛れもなく、王力。先年に失われた、霊帝の力が儂に宿ったのだ」
王力。数年前までは、漢王室で継承され続けた力。そして、突然消え去ってしまった王力。
それが馬騰に宿ったということは、それが何を意味しているのか。
俺は思わず立ち上がって、声を上げた。
「馬騰叔父上!無礼を承知し、申し上げます」
俺の突然の言葉に馬騰は静かに頷いた。
「王力は漢王室でのみ継承されてきた力。そして、それが叔父上に宿ったということは、まさか天下を!?」
そうだ。かつて、多くの権力者達に王力が宿っていた時は、王力を持つ者が、この国の天下を取ることができると言われていた。
そして、馬騰は言った。この乱れた世を正すと。それはすなわち。
馬騰は俺の問いに、不敵な笑みを浮かべた。
「今、天下は乱れ、漢王室の権威は失墜しておる。だが、まだ途絶えてはおらん。儂は再び、漢王室を立て直す。そして、我らの国を救うのだ!」
馬騰から発せられた力は、まさに王者のものであった。先日までの馬騰とはまるで違う。
集まったもの達も馬騰のただならぬ力に押されたのか、ごくりと唾を飲み込んでいた。
これが天下人となる者の力なのか。その熱量の高さによって、汗が噴き出てしまった。
「皆も知っての通り、今、漢王室は董卓によって意のままに操られておる。だが、諸侯は納得してはおらん。反董卓を掲げて決起しようとする者達が大勢いるのだ」
「では、馬騰叔父上は、打倒董卓のために立ち上がると?
」
「そうだ。董卓の傀儡となっている帝を救い、この天下を平定する。董卓征伐のための出陣の日は近い。そして、その前に儂はこの力の一部を授けようと思う」
馬騰がそういうと、隣で座っていた阿世が立ち上がり、馬騰の前に膝まづいた。
その阿世の頭に馬騰が手を乗せると、青白い光が馬騰の手から発せられ、阿世の頭へと流れ込んでいく。
固唾を飲んで見守っていると、馬騰が手を放し、阿世が立ち上がった。
阿世は目を閉じ、息を整えているようだ。その目が、カッと見開かれた。
馬騰の時と同じように、阿世の体から蒼い炎が上がり、すぐ傍に炎の狼が姿を見せた。
その狼は阿世の身の丈程の大きさではあるが、威圧感は先ほどの狼と変わりない。
今度も突然、狼が姿を消した。表情を変えない阿世の横で、馬騰が誇らしげな笑みを見せた。
「阿世、やはりお前ならば、使いこなせると思うておった」
その顔は先ほどまで見せていた猛々しいものではなく、父親らしい優しさを含んだものであった。
馬騰の顔つきが険しいものになると、声を張り上げた。
「皆の見た通り、阿世はもはや子供とは呼べぬ。よって、慣例よりも早いが幼名を捨てる。新しき名は」
思わずごくりと唾を飲んだ。馬騰の口が大きく開いた。
「馬超 孟起!」




