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両親への想い

 男は周りを威嚇すると、俺を肩に担いで走り始めた。

 子供を人質に取られているからか、男が人だかりに迫ると皆が道を譲った。

 市場の中を全力疾走する男の背中を叩いて言う。


「早く馬に乗ってください。今なら逃げきれます」

「分かった。坊や、すまない。助けてくれて」

「お礼なら、逃げ伸びてからにしましょう」


 男に言うと、追手の姿がないか走ってきた道を見る。

 まだ役人に連絡が行っていないのか、俺達を追いかける人の姿はない。

 これならば馬に乗って城内から外にでることが可能だ。


 男が街の外れにある馬を繋ぐ所まで来ると、自分の乗ってきた馬なのだろう、手早く縄をほどいて馬に俺を乗せると自分もすぐに跨った。


「坊や、少し飛ばすぞ?」

「馬に乗るのは慣れております。どうぞ、全力で行かれてください」


 乗馬も馬家のたしなみとして、父と何度も遠乗りをした経験がある。

 全力疾走する馬の背中に乗るのは大変だったが、今では慣れてきているので、落馬することもないだろう。

 男が手綱を振るうと馬がいななき、駆け始めた。外に出るためには門を抜けなければならないが、そこには衛兵や城外にでる人達がいるため駆け抜けるのは難しいと思う。


 突破するのならば、人通りが少ない門だ。馬を操る男に言う。


「西門は今の時間は人が多くいます。北門ならば人が少ないです。北門を目指してください」

「分かった。北門に向かう」


 男は馬首を返すと、北門へ向けて馬を疾駆させた。

 猛スピードで街中を掛ける馬に、人々は悲鳴を上げて避けていく。

 しばらく走ると、北門が目に入った。開け放たれている門を通過しようとしている人は多くない。


 これならば、突破できよう。


「このまま全速力で行きましょう。俺の心配は不要です」

「ああ。しっかり掴まっていてくれよ」


 男は手綱を何度も振るうと、更に馬を加速させた。

 駆け寄ってくる馬に気づいた衛兵が俺達を制しようと、声を上げながら手を振った。

 それを無視して、馬は直進する。ただごとではない雰囲気を察したのか、衛兵達が俺達の行く手を阻もう槍を構えるが、それを飛び越えるように馬が跳躍した。


 門を通過して原野を駆ける。後ろから追手の声が微かに聞こえたので、そろそろ降ろしてもらった方がいいだろう。


「このまま走れば、逃げ切ることができると思います。俺を降ろしてもらえますか?」

「ああ、悪かった。助かったよ」


 男はそういうと、馬を止めた。先に男が馬から降りてから、次に俺を持ち抱えて降ろしてくれた。

 すると、男は深々と頭を下げた。


「坊や、本当にありがとう。なんとお礼をしたものか」

「お気になさらず。俺は審端という男が許せなかっただけです。それに、誰かのためにお薬を買いに来たのでしょう?」


 この世界では薬効の高いものは高値で取引される。

 市場で簡単に買えるものではなく、審端のような怪しげな奴を通じて買わなければならなかったことから考えると、おそらく貴重なものなのだろう。

 そこまでして薬を手に入れようと考えるのは、自分のためよりも大事な人のためという場合が多い。


 審端に騙されたことを知ったときの悔しそうな表情から、そうに違いないと直感的に思ったのだ。

 男は俺の言葉に目を丸くすると、声を上げて笑った。


「君は一体、何者なんだい? とても子供には思えない。そうだ。この薬は妹のために買いに来たんだ」

「そうでしたか。では、すぐにここを去って、妹さんにお薬を届けてください」


 男はこくりと頷くと、馬にまたがって俺に目を向けた。


「そうだ、君の名前を教えてもらえるか?」

「馬英の子、安能と申します。あなたは?」

泰旦たいたんだ。安能、必ずこの恩には報いさせてもらう」

「楽しみにしております。さあ、お早く」


 そういうと、泰旦は手綱を振るって馬を疾駆させた。

 少しすると、背後から馬蹄が聞こえたので振り返ると、馬に乗った衛兵たちが来ていた。

 それを見て安堵したのか、体が震え、足がすくんだ。


 たとえ、精神年齢が大人でも、こんな大胆なことができる人間ではなかったと思う。

 俺は父の背中を思い出し正しいことをしたつもりだ。

 だが、両親になんと言ったものだろうか。


 いや、隠すのはよくない。起こったことを素直に話そう。

 衛兵たちに手を振りながら、話の切り出し方を考えた。



 誕生日会が終わり、近所の人たちが去っていくと、母が寝床の準備を始めてくれた。

 家に帰った俺を待っていたのは、青ざめた顔をした母であった。俺がさらわれたのを聞いたらしく、気が気ではなかったようだ。

 俺は白菜を買って帰れなかったことを謝ると、母からきつく抱きしめられた。


 涙を流す母の姿に、俺も思わず涙を流して母の名を何度も呼んだ。

 母の温もりで本当に安堵したのだろう。緊張の糸が途切れたように涙を垂れ流した。

 それだけ気を張っていたということだ。しばらく泣いていると、今度は血相を変えた父が帰ってきて、また体を強く抱きしめられた。


 家族三人で無事を喜び合うと、俺は姿勢を正して、事の顛末を両親に伝えた。

 呆気に取られる両親。全てを語り終えた俺は、最後に深々と頭を下げて、自分の短慮で両親を心配させたことを詫びた。

 母はハラハラとした表情を浮かべ、父の言葉を待っているようだ。


 父な何度もうなり、眉をひそめ、顔をゆがめた。

 そして、父の開口一番がこれだった。


 ならば、よし。


 全てを許してくれた父と、困り果てつつも納得して笑みを見せた母に、俺はまた深く頭を下げた。

 そうして、家族総出で誕生日会の準備を始めたのだが、俺はそこで気づいてしまった。

 この両親の元に生まれて良かったと。


 前の世界に戻りたい気持ちはある。だが、この世界で、この両親と共に生きたいとも思っている。

 俺はどうしたらいいのだろうか。二つの思いを抱きながら、誕生日の夜を過ごした。

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