急報
魏延と別れて一月が経った。
俺は朝の鍛錬の時間を終えて、湯で体の汚れを取っていると、旅装姿の男が声を掛けてきた。
「馬岱様、ですね」
「ああ、そうだが? あなたは?」
「冥、と言えば分かりますね?」
冥。かつては帝の下で働いていた闇の存在の一員だった男だ。
夕の裏切りにより、里が壊滅したおりに俺への恩義を感じて、韓遂の下で小蘭の事件のことを追わせていた。
そんな冥から使者が来たのだ。俺は家の中へ、といって家へと招いた。
旅装の男は見た目こそ、ただの男だが体のしなりぐあいから、只者でないことは察せる。
さすがは帝の周りで働いていた者達である。
「どのようなことが分かったのだ」
「はい。まず、分かったことは、小蘭殿を脅した者は審端の部下でした」
「なっ!?」
審端が小蘭の事件に関与していた。何故、あの悪党が小蘭を使って万吉を殺そうとしたのか。
俺は問い詰めたい気持ちを抑えて、こくりと頷いた。
「審端の部下から仕入れた情報なので、間違いないと。ただ、命令を下した審端は行方をくらませました」
「韓遂の調べから逃げるためか?」
旅装の男は首を横に振った。
「冥は逆だと考えております。小蘭を脅した数日後、審端の屋敷に賊が押し入ったとの話がございました」
「賊だと? 悪党の懐に飛び込む賊などいるのか?」
「そうです。冥はこれを権力者が動かした者達によっての口封じと考えております」
「口封じ。ということはまさか審端は……」
俺の問いかけに、旅装の男は再び首を振った。
「審端という男は悪運が強いようです。死体は見つかってはいませんでした」
「では、今、どこにいるのだ」
「はい。逃げた先は長安。ここでも裏稼業に手を染めているようです」
長安。韓遂の下から離れ、馬騰の下にも戻れなかったのだろう。
かなりの行程であるが、生き延びたということか。
旅装の男が続ける。
「長安で暗躍していることは分かったのですが、どうやら取り入った相手がかなりの者のようで、行方を調べるだけでかなりの時間を要してしまいました」
「ありがとう。危険なことをやらせてしまった」
「それが我らのお役目ですので」
「そう言ってくれると助かる。整理すると、審端の手下が審端から指示を受けて毒を手に入れたこと。これは間違いないか?」
旅装の男は小さく頷いた。
「そして小蘭を脅迫。決行の数日後に審端の屋敷に賊が押し入った。だが、そこで審端は命からがら逃げ伸び、長安にいるということだな」
「はい、その通りです」
「ここで気になるのは、賊の正体だ。毒殺事件から数日後となるとできすぎた話だ。これは賊に見せかけたもので、おそらく誰かの差し金と思われる。それができるのは、それなりの地位にいる人物と考えることができそうだ。だが、それは対象者が複数いてしまう」
「そうなります。さすがに三年近く前の賊の動きは追えませんでした。ただ、有力者が動いたのは間違いないかと」
旅装の男の言葉に俺も頷いた。
有力者でなければ、賊に見せかけて審端を殺害しようとするのは難しいだろう。
俺達人質を煙たがっている連中がいたのは確かだ。殺害しようと考えていた者は何人もいたかもしれない。
「それならば、あとは長安に潜む審端を捕まえるしかないな」
「はい。ですが、そこが問題となっております。行方を掴めても、なかなか表に出てこず、裏に隠れている様子。かなり疑り深くなったようです」
「殺されそうになれば、そうなるのも仕方がないか……。冥もそこで、手詰まりとなっている訳だな」
「その通りです」
「ならば、俺が行こう」
俺の発言に旅装の男は首を横に何度も振った。
「ここは冥に任せるのが得策かと。必ず、機会はあると思います」
「そうかもしれない。だが、俺には小蘭の仇が生きているのが許せない。この手で殺してやりたいのだ」
「しかし、それではあなた様が危険を冒すことに」
「元より承知の上だ。小蘭の仇を討てるなら、俺は命をかけよう」
「ご意思は固いのですな?」
俺は真っ直ぐ目を見て、しかと頷いた。
小蘭の仇がいるのに、どうしてここで待っていることができようか。
俺の決意が揺るがないことが分かったのか、旅装の男が肩をすくめた。
「では、長安に行きましたら、冥と合流してください。先に話は通しておきます」
「ああ、助かる」
「くれぐれも命を無駄にしないでください」
「分かった。全書しよう」
俺が言い終わると、旅装の男は去っていった。
小蘭。君を脅したやつの正体が分かった。ここからは俺が裁きを下そう。
だが、気になるのは賊の存在だ。審端を殺そうとしたのは口封じと考えれば、審端を殺しただけでは仇討ちとはならない。
そこも審端から聞き出す必要がありそうだ。
言わなければ拷問でもすればいい。審端も報いを受けなければならないのだから。
◇
旅に備えて荷物の整理をしていると、視線の中に倶利伽羅が目に入った。
これは目立つし、持って行ってもしものことがあれば馬騰に迷惑がかかるかもしれない。
ここは信頼できる人の元に預けに行こう。
俺は家の戸を閉めて向かったのは、諸葛亮の屋敷だった。
門を叩くと、いつもの少女が顔を見せた。俺のことは通してよいということになっているようで、快く家に招いてくれた。
諸葛亮は部屋で読書をしている最中であった。
「諸葛亮殿、おはようございます」
「馬岱殿、朝からどうしたのですか? それにその恰好」
「私は故あって、しばらくここを離れることになりました。つきましては、お願いしたいことがあり参上いたしました」
「お願いしたいこととは?」
俺は腰に佩いていた倶利伽羅を手にして、諸葛亮の前に置いた。
「これは私が旅に出るときに渡していただいた剣です。これを持っていて欲しいのです」
「それは……。命がけで何かをなそうとするおつもりでしょうか?」
「はい。必ず成し遂げてきます。その誓いとして、この剣を預かっていただきたい」
諸葛亮は目を閉じて、少し考える素振りを見せた。
「私はあなたのことを友人だと思っております。そのような方が死地に行かれるのを簡単には了承できかねます」
「諸葛亮殿」
「ですが、友人だからこそ、あなたを信じ、待ちたいと思います。必ず帰ってくることを約束してください」
「はい、必ず戻ってまいります。まだまだ話したいことが多くありますので」
最後に少し冗談めかしたように言うと、諸葛亮は微笑み頷いた。
「お帰りをお待ちしております」
「はい。行ってまいります」
俺を門まで諸葛亮は送ってくれた。
俺は背中に諸葛亮の視線を感じながら、前へと進んだ。これが復讐に続く道だと信じて。




