盃
武芸大会が終わった翌日。
俺の家には様々な人が訪れてきた。司馬徽、徐庶、龐統、諸葛亮、それ以外にも司馬徽の門下生などだ。
そして、劉表の腹心である蒯越であった。
蒯越は武芸大会を見ており、俺達の武勇を高く評価してくれたようだった。
ぜひ、劉表の部下になってほしいと言われた。俺はそれを固辞した。馬騰以外に仕える気はない。
だが、魏延も同じく仕官を断ったのだ。これには正直、驚いた。待遇も良かったし、断る理由はないと思っていた。
蒯越の誘いを断った魏延に俺は問いかけた。
「魏延さんは何で断ったんですか? 最初から部下を率いられるなんて、良い条件だと思いますが?」
「いや、ワシは決めたんじゃ。ワシはここで終わることはできんとな。世界はもっと広い。お前からそれを学んだ」
「じゃあ、これからどうするんですか?」
「北に行こうと思うとる。曹操と袁紹。どっちもキナ臭くて楽しいことがありそうじゃ」
北へ行く。それは危険を意味していることと、俺との別れを意味していた。
少しだけ悲しい気持ちになった。分かり合えたと思った人が去っていく。次に会えるかも分からない所へ。
「魏延さん、いつ発つんですか?」
「明日には旅立つつもりじゃ。何、戦場で生きておればまた会えるじゃろう」
「そうですか。寂しくなりますね」
「おう。寂しくなる。じゃからの、お前と盃を交わしたいと思っておるがどうじゃろうか?」
「盃?」
俺が呆けた声を上げると、魏延がもどかしそうに言った。
「義兄弟じゃ。血の関係を超えた、兄弟。心の兄弟になりたいというとるんじゃ」
義兄弟。有名な話では劉備の三兄弟が思い浮かぶ。血の繋がりではなく、心の繋がりになりたい。
それはとても魏延らしい素直な愛情表現だと思った。
俺はそれがおかしくて、笑い声をあげた。
「俺なんかでいいんですか?」
「お前だから良いんじゃ。どうじゃ? ワシの弟にならんか?」
魏延はかなり乗り気のようだ。そして、俺もその言葉が聞けてとても嬉しかった。
嘘、偽りのない言葉で本当のことを話したい。
「魏延さんが、強くなったら、どこかに仕官するかもしれませんよね?」
「う~む、そうなるのぉ」
「俺は馬騰叔父上の下で戦います。もしかしたら、敵同士になるかもしれません。殺し合いになるかも」
「なら、ワシが馬騰の下へ行くのはどうじゃ?」
俺は魏延の提案に首を振った。
「魏延さんが納得いくまで、世界を回ってから決めて欲しいんです。それは馬騰叔父上の所に来てくれたら、俺も喜びまずが、それは魏延さんのやりたいことを捻じ曲げてしまう気がします」
「馬岱……」
「だから、どんな形になっても俺のことを忘れないで欲しいです。俺も忘れません。最後まで笑顔でいましょう」
「お前ってやつは……。分かった。心の中にお前がいる。それは忘れん。死ぬときはお前のことを思い、笑って死のうぞ」
俺と魏延は柔和な笑みを浮かべて、頷き合った。
義兄弟の契りを交わすため、酒を取りに行った。
盃になりそうなお椀に酒を注ぎ、縁側に座って、お互い見つめ合う。
「ワシら生まれも育ちも違う。じゃが、心は共にある」
「血の繋がりよりも強く、親子の絆よりも固く。俺達はここに誓います。共に死ねる日が来ることを」
「もし、先に死ぬことがあれば、お前のために悲しみ、そして笑おうぞ」
「我々はこれをもって、義兄弟の契りをかわさん」
「ワシ、魏延 文長と兄として」
「俺、馬岱 賢正は弟として」
「「兄弟となる」」
そういうと、お椀の酒を一気に飲み干した。
俺は言う。
「文長兄さん」
魏延は言う。
「賢正。今宵は飲み明かそうぞ」
「はい!」
そうして、夜が更けるまで俺と文長は酒を飲み、共に笑った。
この時代、また会えるとも分からない。それを知ってもなお、俺達は義兄弟となった。
別れの日が来るまで、俺は文長のことを忘れない。いや、一生忘れない。
その顔を心に刻み込むように、俺達は互いに語った。
◇
次の朝、日が昇ると共に魏延の出立の見送りに出た。
文長と初めて会った日のことを思い出す。
無茶苦茶な人だったし、乱暴で短絡的で粗野な人だ。だが、誰よりも純粋なように思えた。
強さを求めて、ただひたすらにまい進する姿に好感を覚えてしまっていた。
たった数日で、俺はこの人に惹かれてしまったのだな。
嬉しさと、別れる寂しさがごちゃ混ぜになってしまって、なんとも言えない感情になっている。
「賢正、どうした。うかない顔じゃな?」
「いえ、色々と思い出してしまって」
「そうか。奇遇じゃな、ワシもじゃ。たった数日の間、過ごしただけで、お前と深く分かり合えた」
「俺もそう思います。文長兄さんと出会えて、俺は幸せ者です」
俺は言うと、文長は大口を開けて笑った。
「まったく、同じ考えじゃ。じゃが、ワシとお前で違うことがある」
「違うことですか?」
「賢正、お前は小蘭の仇を討たねばならん。そのことは決して忘れてはならん。もし、その時、力が必要とあれば、ワシはワシの命をかけてでも力を貸す」
「文長兄さん……」
小蘭。ああ、小蘭。君の仇を討つために俺は腕を磨いてきた。知識も蓄えた。
今はまだ叶わなくとも、必ず君の仇は俺が取って見せる。心の中で見える小蘭の笑顔に再び誓いをした。
「お前のように一途な男に惚れられた小蘭も幸せ者じゃ。お前なりの想いを返すのじゃぞ」
「はい。必ず」
「もう、この辺で良いじゃろ。賢正、ありがとな」
「文長兄さん、次にお会いするときは、もっと大きな男になって刮目させて見せます」
「なら、ワシもお前の目をひん剥かせるとしようかのぉ」
共に笑うと、俺は足を止めた。
「文長兄さん、お達者で」
「おう。賢正、お前もな」
俺を置いていくように歩き出した文長の背中に俺は深々と頭を下げた。
もう二度と会えないかもしれない。だが、会えなくとも心の中に深く居続けてくれる存在。
そんな魏延 文長という男との出会いに天に感謝をし、踵を返した。
小蘭。俺はまた一つ強くなれたと思う。君の仇を取るまで、どれほどの道のりがあろうとも乗り越えて見せる。
文長にそのことを報告できるよう、俺も頑張るから、見守っていて欲しい。
いつか君に会える日が来たら、新しい兄について語ろう。楽しい話がいっぱいあるのだから。
俺は気持ちを新たにし、家路へと着いた。




