武芸大会③
魏延の心変わりに俺は激しく動揺した。
「魏延さん、なんで?」
「本気のお前と戦いたくなったんじゃ。ワシは強くなれる。強い奴と戦って強くなるんじゃ」
「話をっ!?」
魏延の強烈な拳を俺は思わず、木剣で受け止めてしまった。
指の骨が折れるのではと思うほど、強力な一撃を放った魏延は笑い声をあげた。
「そうじゃ、馬岱。本気で来い。じゃなければ、死ぬかもしれんぞ?」
指を負傷したであろう魏延は再び俺に襲い掛かる。
もし、木剣で攻撃を弾いたりしたら、魏延に怪我をさせてしまう。だが、魏延はそれを気にも留めていない。
俺には分からない。何故、そうまでして強くなりたいのかを。
俺は魏延にぶつかり、声を潜めた。
「ここじゃなくても強くはなれるでしょう?」
「いや! 今のお前に勝ちたいんじゃ。お前は勝って満足していたじゃろう? ワシも勝てて満足した。本気の戦いこそがワシを満足させてくれる」
確かに俺は文聘との戦いで満足いく戦いができた。
試合が終わって幸せだと思った。自分の全てをぶつけることができる相手に出会えたことが嬉しかった。
魏延もそう思っているのかもしれない。自分の力の全てを発揮したい。
すべてをぶつけることで、更に強くなれると信じている。魏延は俺を乗り越えて高みを目指そうとしているのだ。
「魏延さん、分かりました。全力で行きます」
「おう。やっとその気になってくれたか。いくぞ」
俺は覚悟を決めて、魏延に全力で斬りかかった。
魏延はそれを後ろに下がって避ける。それを俺は更に追って、斬撃を繰り返す。
俺の攻撃を避けているばかりでは、勝つことはできない。魏延もそれくらいは分かっているだろう。
怖いのは魏延が俺の隙をついての反撃だ。
木剣で斬りかかるのは、ある程度力を抑えつつ、振りぬきすぎないにしなければならない。
隙を作らせない戦い。魏延は避け続けることで確実に体力を奪われている。
俺は今度は連続で突きを放った。
魏延は大きく後ろに下がった。そこで気づいた。魏延の背に壁があることを。
魏延はこの状況に持ち込みたかったのか。黄忠を倒したように、再び上空から攻める機会を。
だが、それは一度、使った手だ。二度目は警戒される。
それくらい分かっているはずだ。魏延が何を考えているのかは分からないが、ここは安易に攻めるのは良い戦法ではない。
俺は距離をじわじわと縮めて、突きの間合いに魏延を捉えた。
最小限の動きで仕留める。俺は高速の突きを一撃放った。
魏延はどちらに避ける。俺はそれを見てから、次の攻撃に移ろうと考えていた。
そう、突きを避けられたら。
だが、魏延は俺の突きに動きを見せなかった。
いや、両手を上げて、魏延の胸を突く木剣を待ち構えていた。
これはまさか。
「ふんっ」
魏延は気合の声と共に、剣を両手で挟んだ。
真剣白刃取り。その言葉が頭に過ったとき、魏延は俺の剣を全力で引っ張った。
このまま魏延の間合いに引き込まれれば、反撃をくらうことになる。
俺が一瞬の思考で導き出したのは、木剣を手放すことだった。
木剣を引っ張るために全力を入れていた魏延。木剣がすっぽ抜けたことにより、体勢を崩した。
俺は一気に距離を詰めて、魏延の顔面に拳を振るった。
「ぐおっ」
魏延の顔面が歪む。魏延に隙がある内に打てるだけ打つ。
拳、蹴りを繰り出しては、魏延の体に叩き込んでいく。魏延が俺の攻撃をくらっている中、着実に防御の姿勢へと変わった。
この人はどこまで強靭な体を持っているんだ。
守りに入られては、まともに打撃を与えるのは難しい。
俺はいったん距離を置く。瞬間、魏延の足が爆発したかのように、一気に距離を詰めてきた。
俺とぶつかると、腰に手を回した。まずい。このままでは持ち上げられて叩きつけられてしまう。
俺は魏延の両手の内側に手を差し込むと、必死で拘束を外そうとした。
筋肉が軋むような音が聞こえる。俺の両手が魏延の拘束を解こうとした時、魏延は更に俺に体当たりを仕掛けた。
両手に力を込めていた俺は、あっさり後ろに倒れてしまった。
魏延に馬乗りになられる形になったと気づいた時には、顔面に拳を打ち付けられていた。
「おりゃ! うらぁ!」
魏延も疲れているのか、拳から伝わる痛みはそれほど強くはなかった。
両手で顔面を覆って、拳から身を守り続ける。魏延の息が上がったをの見て、腹筋と背筋に全力を入れて魏延を跳ね上げた。
今度は俺が魏延に馬乗りになった。
「魏延! さん! これで! 満足! ですか!」
俺は魏延を殴りつけながら言った。
魏延からは返事がなく、ただ亀のように防御に徹している。
俺はひたすら殴り続けた。拳がダメなら、掌で何度も打ち付けた。邪魔する魏延の両手を手でこじ開けて、頭突きを繰り出した。
魏延の鼻から血が飛び散った。今度は魏延が俺を跳ね除けると、頭突きをしてきた。
鼻が血で詰まって息ができない。口で荒い呼吸をしていると、魏延がニヤリと笑みを浮かべた。
「いい顔になっとるじゃないか、馬岱」
「魏延さんこそ。ひどい顔ですよ」
二人で軽く笑う。もう限界だ。立っているのもつらい。でも、負けたくない。
魏延はそう思わせてくれる人だった。俺は最後の力を振り絞り、全力の一撃を放った。
それと同時に魏延も拳を打ち込んでいた。
俺の顔と魏延の顔の両方に互いの拳がめりこんだ。視界が歪み、脳に電撃が走ったような痛み。
俺は糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。魏延の勝ちか。
複雑な感情を覚えていると、魏延もゆっくりと地面に倒れ込んだ。
二人して地面に大の字になって、天を見上げている。
それが何かおかしく、俺は声を上げて笑った。
「何か面白いことがあったか?」
魏延の問いかけに、俺は言う。
「空が広くて。雲一つない青空の下で、全力で戦って。全身が痛いのに、なのに楽しくって」
俺は取り留めのないことを言った。魏延が笑い声をあげた。
「そうじゃの。ワシも楽しかった。ワシは今まで自分より強いヤツを知らんかった。じゃが、馬岱。お前のおかげでもっと強いヤツがいると分かった。ありがとな」
ははっと、俺は笑った。
「魏延さんと出会えて、俺も良かったです。すごく充実してます」
「おう、ワシもじゃ。のう? 馬岱は強くなったのは、大事な人ができたから、と言っていたのぁ」
「はい」
「なら、ワシの大事な人はお前じゃ、馬岱。お前に出会えて、心の底から嬉しく思っとる」
魏延の言葉に思わず笑ってしまった。
「そうですね。俺の中でも魏延さんは大事な人になりました。一緒にこんなことができる人はそういませんよ」
「じゃろ? は~、楽しい時間じゃったわ」
「そうですね。どっちが勝ちとか関係ないですね」
「ああ、こんな楽しい時間は初めてじゃ」
そう言うと、俺達は腹の底から笑った。その笑い声をかき消すような歓声が観客から上がった。
こうして俺と魏延の武芸大会は幕を下ろした。




