武芸大会②
文聘と俺は同時に動いた。
速さは互角か。いや、俺の方が少し早い。先に剣の間合いに踏み込んだ俺は、木剣を横に振るった。
「くっ」
文聘がギリギリのところで木剣を受け止めたが、少なくとも手首には重い衝撃が伝わったようだ。
次の一撃を放つのに僅かだが隙ができた。俺はその隙を見逃さなかった。木剣を小さく振って手首に一撃を与える。
「つうっ!」
文聘が苦痛の声を上げた。右手首に軽い一撃だが確実に骨に響く痛みを与えることができたのだ。
俺は文聘の次の攻撃に備えるため、一歩後ろに下がった。
それを追う様に文聘の木剣が空を斬った。苦々しい表情を浮かべる文聘はまだ負けを認めないようだ。
俺は真っ直ぐ木剣を構えると、文聘も遅れて木剣を構えた。
痛手を負ってなお、この気迫。そう簡単に引くことをしない根性には敬服してしまう。
だが、この戦いを制するのは俺だ。
じりじりと距離を詰めていき、俺と文聘の両方の間合いに入った。
木剣を振れば相手を捉えることができるが、どちらも振ることができなかった。
文聘は額に汗をかいており、俺も一筋の汗が流れた。文聘は痛みに堪えての汗ではない。
俺との間に見えない力のぶつかり合いをしているためだ。
下手に動けば反撃にあう。文聘は右手を痛めてはいるが、それでも反撃の一太刀を与えるのを狙っているようだ。
動くか。動かざるべきか。俺と文聘の戦いをじれったく感じたのか、観衆が野次を飛ばし始めた。
騒ぐな。俺も文聘も真剣で戦っているような覚悟を見せている。
文聘も同じ気持ちなのか、わずかに顔をしかめた。
「うるさいな」
文聘が言った。
「まったくです」
俺は応じると、二人でニっと頬を緩めた。
それが合図のように俺は動いた。文聘は俺の剣筋を読むように木剣を構え、受ける体勢とった。
俺は自分の剣を文聘の剣にぶち当てる。文聘の顔に痛みが見えた。
だが、受けきったことで、木剣と木剣での競り合いに発展した。
右手を痛めていようとも全身の体重と力で俺を押し込んでくる。俺もそれに負けないように剣を押し込んいく。
木剣同士がこすれ合い、ギリギリと音を立てている。
このままでは、らちがあかない。俺は文聘の力に更に一層力をぶつけた。
文聘もそれに応じようと、体に力を入れようとした。俺はその力が加わる前に、木剣を逸らして横に飛んだ。
一瞬前のめりになった文聘。俺はその無防備な肩に一撃を与えた。
地に膝を文聘は着いた。俺は、次の攻撃に備えるように距離を取った。
確実に痛撃を与えたことは間違いない。骨にヒビが入っているだろう。だが、文聘は歯ぎしりをして左手で剣を支えに立ち上がった。
まだやれるのか。俺は目でそう伝えた。文聘は笑った。
この男の心はまだ折れてはいない。俺はそれが嬉しかったのか、思わず口元が緩んだ。
文聘が左手だけで俺に斬りかかってきた。
俺はその木剣を弾くと、文聘の額に木剣を叩きつけた。どさりと倒れた文聘を見た審判が旗を上げる。
「勝者、馬岱」
わっと歓声が上がった。
気を失った文聘を見て思う。こんな戦いができて俺は幸せだったと。
全力をぶつけることができる相手。その出会いに感謝をし、文聘に一礼すると控え所に向かった。
控え所で出迎えてくれたのは魏延であった。
「いい試合じゃったな」
「ありがとうございます。かなりギリギリでした」
「うむ。あの文聘とやらもかなりの腕前じゃった。それに勝ったお前もまた強い」
「あんまり褒めないでください。少し恥ずかしいです」
「さて、次はワシの番じゃの」
魏延と黄忠の名が審判に呼ばれたので、二人は控え所を出て行った。
木剣を手にした黄忠と、やはりここでも木剣を持たない魏延。二人がにらみ合い、不敵な笑みを浮かべた。
剣と徒手空拳では、剣の方が間合いは広い。それを覆せるほどの力が魏延にあるのか。
黄忠もここまでの試合で圧倒的な力を見せている。
疲れはお互いにたまってはいないだろう。となれば、魏延は黄忠と互角以上の力が必要となる。
魏延はどうでるのか。固唾を飲んで見守っていると、黄忠が一歩踏み込んだ。
黄忠は強烈な突きを繰り出した。それを魏延は後ろに飛んで避ける。
それをそのまま見逃す黄忠ではなかった。一歩踏み込めば、一太刀。更に一歩で一太刀。
容赦ない攻撃に魏延はかろうじて避けている状況であった。
そこで気づいてしまった。黄忠の狙いに。
避ける場所を敢えて残している。そうして、魏延を追い詰めているのだ。
魏延が黄忠の木剣を避けようと後ろに飛んだ時、壁に背中をぶつけた。
黄忠の剣はギリギリ、魏延には届かなかったが、もう後ろに避けることはできない。
これで避けることができるのは左か右か。木剣を横に振るえば、避けることは不可能だろう。
後はできるだけ傷を負わない方向で逃げるしかない。魏延は追い詰められたことが分かったのか、歯噛みをしているのが見えた。
黄忠は剣を横に構える。正攻法できた。これをいかに避けるか。
ゴクリと唾を飲んだ瞬間、黄忠が動いた。それと同時に魏延が宙に飛んだ。
左でもなければ右でもない。上に飛んで避けたのだ。
「おりゃあぁぁぁぁ!」
魏延は飛んだ状態で壁を蹴りつけ、黄忠の頭上へ飛び掛かった。
黄忠は剣を振るったため、咄嗟に避けることができず、二人は地面に倒れ込んだ。
もしや、これが魏延の狙いだったのか。敢えて相手の狙いに乗って、逆転の一撃を。
黄忠が魏延を押しのけようとすると、魏延は黄忠の腹に手を回して、高々と抱き上げた。
そのまま魏延は体を思い切りのけ反ると、黄忠を地面に叩きつけた。
後頭部を強打した黄忠はだらりと力なく手を垂らした。
魏延は黄忠から手を離すと、立ち上がって右手を天に突き上げた。
「勝者、魏延」
審判の声に触発されたように、観衆が大声で称賛した。
まさかこんな戦いになるとは思っていなかった。悠々と控え所に戻ってきた魏延に興奮気味に勝利を喜んだ。
「魏延さん、すごいですね! まさか、あそこから勝つなんて」
俺の言葉に魏延は高らかに笑った。
「ワシも驚いとるわ。いや、実に面白い戦いじゃったわ」
「ですね。どうします? 次の試合は魏延さんに勝ちを譲れば良いでしょうか?」
「ん? ああ、そうじゃなぁ……」
歯切れの悪い答えを残して、魏延は黙り込んでしまった。
まあ、次の試合が始まれば棄権したらいい話だ。
先に別の相手の準決勝があり、戦いが終わった。
「魏延さん、試合が終わったみたいですよ。俺達も行きましょう」
「おお……。そうじゃな」
俺は小首をかしげるが、審判に呼ばれたので控え所を後にした。
遅れて出てきた魏延。二人が見合うと、審判が開始の合図をした。
さて、ここで棄権を表明しよう。そう思った。だが、その刹那、激しい悪寒が走った。
魏延が全力で俺に向かってきたのだ。
大きく振りかぶった一撃は、まともに食らえば骨が砕けそうなほどだった。
「魏延さん! 何をするんですか?」
「気が変わった。お前とは真剣勝負じゃ」




