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ぶつけ合い

 魏延と名乗った男はいきなり俺に殴りかかってきた。

 大振りの拳だったが、思った以上に早い。顔面に直撃する前に両手で打撃をしのいだ。


「やりおるなぁ、馬岱。続けていくぞ!」


 繰り出される拳の嵐。とにかく強烈な一撃をもらわないように、守りに徹して猛攻に耐える。

 魏延の攻撃にかげりが見えた。俺はそれを見逃さずに、渾身の一撃を放った。

 魏延の顔に拳がめり込んだ。これで倒れる。そう思っていた。


 だが、魏延は倒れなかった。よろけてはいるが闘争心は消えてはいないようだ。


「やるじゃねぇか。ワシにきっつい一撃をくらわせたのはお前が初めてじゃ」

「そうですか。これ以上やるなら、また殴るしかないですよ?」

「はっ! やっとやる気になってきたようじゃな。お前の全部を俺にぶつけてみろや」


 再び、魏延が攻撃を仕掛けてきた。まだ、俺の一撃の痛みが残っているのか、繰り出す攻撃に力が入っていない。

 俺は再度、攻撃をひたすらに耐えた。隙ができるのを待って、待って、待ち続ける。

 今! そう思い、踏み込んだ時、強烈な悪寒に襲われた。


 慌てて顔面を両手で隠すと、その防御を打ち破るような痛烈な一撃に襲われた。

 これを待っていたのか。あえて油断させて、隙を狙ったところを狙っての一撃。

 まともにくらったら、こちらが倒れるところだった。


「まさか、くらわんかったとはな。天晴れじゃ」


 腫れ上がった頬を緩めて笑みを浮かべた。

 こいつは思ったよりも強い。心が折れるまで負けを認めない男だ。

 また隙を狙うか。それとも、こちらから攻めるか。戦い方を想像するが、先程の一撃が頭のなかでちらつき勝ち筋が見えない。


 一つ深く呼吸をし、じっと魏延を見つめた。

 動くなら動け。こちらも乱打戦に応じてやる。魏延が動き出す。その瞬間。


「お前達! 何をしている!」


 役人が大勢で押し寄せてきた。おそらく、ここでの騒ぎを誰かが役人に伝えたのだろう。

 俺は構えを解くと、両手をあげた。


「すみません。ちょっとした喧嘩です。もうしませんので――」

「馬岱、何を言っているんじゃ! ここからが楽しい時じゃろがい」


 魏延が喧嘩を続ける気が満々な事が伝わったことで役人の目がきびしくなった。


「そんなに喧嘩をしたければ、街の外でやるんだな。少しは頭を冷やしてもらうぞ? 二人ともひっ捕らえろ」


 ああ、なんて事だ。まさか役人の厄介になってしまうとは。

 魏延が何かを喚いているが、多勢に無勢だ。取り押さえられて、縄で締め上げられた。

 俺と魏延は役人に捕らえられ、役所の牢屋に入れられることとなった。



 一晩は牢屋で過ごせと言われたので、大人しく牢屋の中で寝転がっていた。

 幸いというか、他に捕まっているものもいないため、一人で過ごす事ができる。


「おい、馬岱。起きとるんじゃろ? ちょいと話をせんか?」


 向かい側の牢屋にいる魏延からの声だ。

 寝たフリを決め込もうと思ったが、それも悪い気がしたので体を起こした。


「なんですか? 話って?」

「お前がなんで強いんか教えて欲しいんじゃ」

「なんでって……。鍛えてるからじゃないんですか?」


 常日頃から鍛錬を欠かしてはいない。知略も大事だが、俺の体に染み付いているのは武である。

 だが、魏延は納得の表情をしなかった。


「鍛えるとか、そんなじゃなくての。もっと芯に近いというか……。そうじゃ! 大志的なやつがあるんじゃないか?」

「大志ですか? そんなの」


 俺は言いかけて、口をつぐんだ。大志と呼べるものではないが、俺を強くしてくれた存在。そして、果たさなければならないことを思い出した。


「その顔よ。なんかあるんじゃろ? ワシは強くなりたいんじゃ。自慢じゃないが、腕っ節には自信がある。じゃが、それだけじゃ足りんのじゃ。お前の目を見て、そう思った」

「大志なんて、そんなに大層なことはありません。ただ、やり遂げたい事があるだけです」

「なんじゃ? やり遂げたいこととは?」


 復讐だ。小蘭の仇を討つ。そのために俺は生きていると言っても良いかもしれない。

 それがどんなに過酷なことでも、成し遂げたい事だ。


「……魏延さんは、大事な人とかいましたか?」

「ワシか? ん~、親はクソみたいなやつじゃったから、大事な人って言われてものぉ」

「もし、大事な人が殺されたら、どうしますか?」


 俺は何を聞いてるんだ。こんな人に話したところで何も変わらないのに。


「好きなようにする。仇討ちも、諦めるのもなんでもいい。したいようにする」

「えっ?」

「ワシには大事に思える人はおらん。でも、もし、そんな人が殺されたなら、ワシはワシの心にケリがつくまで好きに生きる」

「心にケリ、ですか」


 復讐が俺を支えている。何かをなす為の原動力になっているのは間違いない。

 だが、それが果たせなかったときはどうする。魏延の言うように好きに生きるか。

 どうしたら良いのか分からないが、少しだけ魏延と話したくなってきた。


「つまらない話になりますけど、聞きますか?」

「おう? 話してくれるのか?」

「はい。三年程前の話です」


 俺は過去に思いを馳せながら話をした。

 口にするだけで自分の不甲斐なさが身に染みて分かる。

 小蘭を好きだった。想いは通じていた。なのに結果が死別だった。


 今の俺なら、何とかできたのだろうか。そう考えながら話を終えた。

 魏延が何も言葉を発さないため、俺から話すことにした。


「この乱世では、よくある話だと思います。仇討ちなんて珍しくもない」


 仇討ちの話はよく聞く。相手が見つかれば御の字。成し遂げられた者もいれば、逆に返り討ちにあう者もいる。 

 俺には仇が討てるのだろうか。小蘭を死に追い詰めた者を殺すことが。


「お前の強さの意味が分かった気がする」

「えっ?」

「悲しみ、そして怒り。それがお前を鍛え、研ぎ澄ませたんじゃな」

「そうですね……。そうかもしれません」

「ワシにも見つけられるかのぉ。お前のように大事なものが」


 分からない。見つかるなんて、簡単に言えたことじゃない。

 だが、見つけて欲しいと思う。純粋な生き方をする魏延を見て、そう思った。

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