戦が終わりて
平原を悠々と進む。張順は不敵な笑みを浮かべていた。
先程、襲った村はそこそこ食糧を溜め込んでいたので、持ち帰れば冬を容易に越すことができるだろう。
袁術の取り立てる税が最近重くなって来たため、生きるために賊を始めたが案外楽しいものである。
抵抗する者は容赦なく殺し、無抵抗な者でも気に入らなければ殺す。まるで自分が選ばれし者のように感じてしまう。
昔から力が強く、袁術軍にも入ったが軍隊暮らしに飽きてしまった。自分より強いやつはそうはいない。
実際、袁術軍でも指折りの猛者だったと自負している。
なのに、上のやつらは、態度が悪いだのなんだのと文句をつけて認めなかった。
張順にとっては上から押さえつけられるより、気ままに生きる方が性に合っている。
気づけば奪う側になり、下につく部下を持った。今の勢いなら、更に規模がでかくなるかもしれない。
規模がでかくなれば、必要になってくるのは食糧だ。
こうして、ちんけな村を襲うのは格好がつかないが部下たちにひもじい思いをさせると、刃向かって来るものも出るかもしれない。
飯はしっかり食べさせて元気に奪う。それが張順の考え方であった。
そうこうして歩みを進めていると、斥候に出していた部下が戻ってきた。
慌てた様子だが、何があったのか。
「お頭、村には人っ子一人いませんでした。食糧もなく、逃げ出したようです」
張順達の動きに気づいたのか、村から逃げたのかもしれない。
だが、それほど早くは対応できないだろう。どこかに身を隠しているか、逃げている真っ最中に違いない。
「よし、馬に乗ってるやつは俺に続け。歩きのやつは気合い入れて走ってこいよ」
張順はそう言うと、部下達を引き連れて猛然と駆ける。
村が近づくと、確かに人の気配が感じられない。村に入ると、静寂が周りを包んでいた。
張順が周囲を探っていると、真新しい轍ができていることに気づいた。
それも重めの物を運んだのか、底が深い。
轍を辿ると、森の方へと続いていた。張順はすぐに部下達に指示を出した。
「森だ! ヤツら森に逃げているぞ」
すぐに馬を走らせ、森の中へと入った。人の往来があるため道ができている。
轍は続いており、その視線の先に荷車が見えた。やはり逃げている最中だったか。
更に加速をしようと手綱を振るおうとした。
その時、視線の脇で何かが動いた気がした。瞬間、世界が回る感覚と、地面に叩きつけられた痛みが走った。
◇
作戦は上手くいった。馬の脚の付け根の高さまで紐をあげることで、馬を転倒させたのだ。
転倒に巻き込まれなかった。馬も足を止めたので棒立ちになっている。
「今だ!」
徐庶の指示で村人達が一斉に木の影から姿を見せて、農具で馬に乗った賊共を突き落としていく。
地面に落ちた賊は棒で滅多打ちにした。十一いた賊もそのほとんどが痛みで丸くなっている。
そんな中、立ち上がった男が一人いた。手には大きな斧を持っており、体も大柄だ。
こいつが賊の大将か。俺は倶利伽羅に手をかけると、素早く接近した。
斧を振り上げた男の胸を深く斬りつけると、男は断末魔の声を上げて倒れた。
地面には男の死体と、うずくまった賊が十名。徐庶が男の首を斬るとあとから走ってきた賊に向けて、首を放り投げた。
「そうなりたくなければ去れ。今なら見逃す」
徐庶の冷めた言葉と、大将の首を見た賊はすぐに退散してしまった。
うずくまっている賊は手足を拘束して、動けないようにした。
「諸葛亮殿、上手く行きましたね」
「ええ。思い通りでしたね」
諸葛亮が提案したのは、空城の計であった。相手を困惑させ、轍をわざと見せつけて、馬に乗ったやつらと、歩きのやつらで分断させる。
馬で追いかけてきたやつの先頭を紐で足止めさせることで機動力も奪った。
あとは大将首を取ることで、賊を追い払う事ができた。
全てが諸葛亮の作戦であり、村人に被害を出すことく追い払うことができた。
満足できる結果に終わったことに安堵していると、村人達がにわかに騒がしくなった。
「徐庶! なんで逃がしたんだ。あいつらはまた村を襲うかもしれないんだぞ」
「そうだ。見せしめにこいつらを殺そう。そうしたら、もう賊は来ないかもしれない」
村人達は興奮しているのか、捕縛した者たちを殺そうとしていた。
「みんな、よく見てみろ。こいつらは賊の前に貧民だ。鎧も武具もたいしたものを揃えていない」
「だからなんだ? 役人に引き渡しても死刑になるだけだろう? なら、痛めつけて――」
「俺達は賊にならない。そう言い切れるか?」
徐庶が鋭い目つきでそう言うと、村人はぐっと息を飲んだ。
「こいつらは元は袁術の領土の者たちだろう。袁術のところは税は重いし、今年は不作だったと聞く。奪いでもしないと生きていけない者がいたと思う」
「でもよ、こいつらは――」
「もし、俺達が同じ状況になったら、俺は奪う側に回ったかもしれない。そうして負の連鎖が続く。殺された者の恨みを晴らそうとな」
徐庶の言葉が俺の胸に刺さった。恨みを晴らす。
それは俺の本懐であり、達成しなければならないことだ。
徐庶は言葉を続けた。
「だから、それを断ち切るためにも役人に裁きをくださせる。あとは……お前達に人殺しになって欲しくない」
「徐庶……」
村人は納得したのか、場に満ちていた怒りの気持ちが萎んで行くのが分かった。
徐庶は村人の一人に役人に伝えに行くようにと言うと、数人の見張りを残して、他のもの達は村に返した。
俺は胸の疼きが消えない。そんな俺を察したのか徐庶が声を掛けてきた。
「馬岱? どうかしたのか?」
「徐庶殿……。消えない恨みはどうしたら良いと思いますか?」
「お前……。恨みを晴らすことで、失った者が帰って気はしない」
「……はい」
「だが、殺さなければ無念は残る。殺して無念が晴れるかもしれない。しかし、それが新たな因縁を産むかもしれない。結局は蓋を開けることまで分からないんだ」
徐庶の言いたいことは分かる。やった結果次第でどうなるかは誰にも分からないのだ。
「だがな」
徐庶は少し笑みを浮かべた。
「それがお前のやりたいことなら、俺は応援するぜ。皆の手前、ああ、言わざるを得なかったが、どうせやるならスッキリした方が良いだろう?」
「徐庶殿……」
「俺は、復讐は何も産まないとか青臭い事は言わない。お前の心に従う生き方をしろ」
思わず涙ぐみそうになった。俺の思いを汲み取ってくれたように感じたからだ。
復讐に囚われている俺には徐庶の言葉はあまりにも優しかった。
涙を堪えていると、横に諸葛亮が立っていた。
「馬岱殿は、そのような激情を抱えられているのですね。苦しいでしょうが、少し羨ましくも思います」
「羨ましく……ですか?」
「私は感情が薄いと思っています。人の生き死にでも、あまり心が揺さぶられません。だから、人とはあまり関われないのです。他人の心に寄り添うのは私には難しい」
「諸葛亮殿は、冷たい方ではございません。私の願いを聞いてくださったではありませんか。礼には礼を、という考えは思いやりがなければできません」
「思いやり……」
遠い目を諸葛亮はすると、少しだけ頬を緩めた。
「馬岱殿は不思議な方ですね。心の中にするりと入って来られる。あなたの優しさこそが、村を救ったのですね」
「おやめ下さい。恥ずかしいです」
照れる俺を見て、諸葛亮が小さく笑った。
それがおかしかったのか、徐庶も声を上げて笑った。
優しさだけで、人は救えない。強さだけでも、人は救えない。
ならば、どちらも兼ね備えよう。そうして強い男になりたい。そう思える戦いであった。




