里の夜明け
夜が明けた。
王力の暴走が生み出した爆発は凄まじいものだった。
里の多くの家屋が吹き飛ばされ、一面、更地のようになってしまった。
生き残った者がいないかを俺と冥、彩の三人で探した。幸い無事だった者も少数いたので、少し安心した。
王力の恐ろしさの片りんをまざまざと見せつけられることになった。
俺の手にも、あの恐ろしい力が宿っていると考えると、少し気分が憂鬱になってしまう。
今、生き残りの者達と冥と彩が今後について話を進めていた。
どのような結果が出るのか。里が壊滅的になってしまった以上、ここに残り続けるのはあまり良い案だとは思えない。
事実上、掟もなくなってしまったようなものだ。縛られない選択肢を選んで欲しいものだが。
「馬岱」
冥の問いかけに、俺は想像の世界から戻った。
「決まったのか?」
「ああ。ほとんどの者達は、身分を偽り、曹操の領地を避けて次の住処を探すそうだ」
「それが妥当かもな」
曹操の領地に戻るのも逆転の発想かもしれないが、わざわざ危険を冒す必要はない。
荊州などに逃げ込むのも手だと考えられる。
「残りの者達なのだが……」
「何か話がまとまらないのか?」
「いや、まとまってはいる。馬岱、君に恩義を感じる者もいるんだ。もし、君が良ければ君の下で働きたいと言っている。もちろん、俺と彩もだ」
「俺の下で?」
思わぬ言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。
冥達のような人たちがいれば、間違いなく戦力になる。それがあれば、馬騰の助けにもなるだろう。
だが、俺の下で働くということはやはり命の危険が伴うということだ。
「冥、俺はある一門の人間だ。その人は戦いに生きている。俺に仕えるということは死がつきまとうぞ?」
「無論だ。だが、できるなら、馬岱。君の命令に従いたいんだ。君の上のものでなく、俺達を助けようとしてくれた君の力に」
「俺の力……」
思わぬ申し出に戸惑ってしまった。
直接馬騰の力になれなくても、俺の指示で動いてくれるなら、問題はなさそうだ。
「分かった。君達が良ければ、俺の下で働いてほしい」
「ありがとう、馬岱」
「こちらこそ。例えば、どんな仕事を依頼したら良い? 暗殺とかはなしにしておきたいんだが」
「世界の情勢の把握などもできるし、間諜もすることができる」
敵の懐に入ることもできるということだな。
ここで、俺は自分の中で暗い欲望がぷつぷつと湧き上がるのを感じた。
この欲望に巻き込むのか。思案し、ゆっくりと口を開いた。
「冥、早速、頼みたいことがあるんだが、聞いてもらえるか」
「ああ。もちろんだ」
「二年ほど前だ。韓遂の都市で俺が暮らしていた時に、毒殺されたものがいる。名は小蘭。彼女は何者かに脅迫されて毒を盛ろうとした」
俺の中で口に出すだけで辛い過去を語り始めた。
冥は黙って聞いてくれている。
「俺達を助けるために、彼女は毒を自ら飲み自決した。彼女を脅した者が誰なのか突き止めて欲しい。二年も前のことだ。難しいことは分かる。だが、頼む」
俺は冥に頭を深く下げて、懇願した。
「人は暗い過去を消すことは難しい。その過去に目を避けるために誇るものも多い。探る手段はあると思う。一つ、教えて欲しい。小蘭とはどのようなものだったのだ?」
「俺の想い人だ」
「それが聞けて安心した」
「え?」
俺が思わず声を上げると、冥はうっすら微笑んでいた。
「俺達はもう掟に縛られない。主と共に生きたいと思っている。その主が想っていた人ならば、どうしてその死の真相を調べない訳がなかろうか。馬岱、君のその想いの一端を担わせてほしい」
「冥……。ありがとう」
「俺達は涼州へと向かい。韓遂の治める土地に潜伏する。何か分かれば、連絡しよう」
「でも、どうやって連絡を?」
俺は荊州に行くが、どこに留まるかは話していない。
少し疑問を浮かべていると、冥が笑った。
「里は失っても、里の築いてきた情報網は生きている。それが潰えないように、今残った者達を使わそうと思う」
「それなら俺を探すこともできるということだな。分かった。それで頼む」
冥は頷くと彩達を伴って、森から離れて行った。
俺も荊州に向けて、旅を再開した。
◇
荊州の最北である新野に到着したのは、あれから一月以上たってのことだった。
俺は新野の役人と話をし、太守に馬騰から預かった書状を渡し、劉表宛の手紙も渡した。
しばらくは役所の管理する宿に泊まらせてもらって過ごした。
新野の太守より滞在の許可が出た。
用意された家に向かうと、なかなかのボロ家だった。
ここでも酷い扱いを受けていることに気づいた。どうやら、このような扱いを受ける星のもとに生まれたのかもしれない。
俺はボロ屋の掃除から始め、家の修繕に努めた。
夜が明けると、司馬徽と呼ばれる知識人が開いている塾があるというのを事前に聞いていたので、そこを訪れる。
来る者は拒まずという考えなのか、多少の銭は取られたが詮索されるようなことはなかった。
司馬徽というものは、白髪混じりの老人であるが、その目にはまだ強い意志を感じさせた。
ここで学ぶもの達も、それに感化されているのか誰もが熱を持って勉学に勤しんだいた。
俺は隅っこの席に座る。今は話しているのは孫子の兵法についての話のようだ。
本では読んだことあるが、司馬徽は己の考えや解釈を交えて話していた。
これはためになるな。俺は司馬徽の話に耳を傾けていると、俺とは反対側に座っていた男がふらりと立ち上がり、塾を後にした。
背中しか見えなかったが、背が高く、長い髪をした男のようだった。
「そこの君、君はこの言葉について、どう考えるかね?」
司馬徽の目が完全に俺を向いている。しまった。話を聞きそびれてしまった。
素直に頭を下げようとしたとき、机の端に一枚の走り書きされたものが置かれた。
それを俺は見ながら答えた。
「戦わずして勝つのが最善、との事です。ただ、戦いに至るまでの戦いもあると私は考えます」
「ふむ。戦争を起こさずに勝つには、その前の戦いに勝つ、ということじゃな。戦争は最後の手段と言ってもいい。良い考えだ。ありがとう」
俺は司馬徽に一礼すると、隣の人に目を向ける。
そこには一人の男がいた。男はニッと楽しそうな笑みを浮かべた。
男が小声で話しかけてきた。
「お前、見かけないやつだな。俺の名は徐庶 元直だ」
「さっきは助けてくれてありがとうございます。私は馬岱 賢正と申します」
「馬岱か……。お前、人を殺したことがあるだろう?」
徐庶が鋭い目で俺を見つめて言った。




