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強奪

 左慈に深々と刺さっていた剣に、さらに力が込められ左慈の腹部を貫いた。


「左慈殿!」


 俺が声を上げた時に見えた。左慈の体から黒いもやのようなものが、夕の体に流れ込む様を。

 それが何なのか、俺は気付いたときには駆け出し、倶利伽羅を鞘から抜いた。


「ツバメ! 噛み付け」


 俺の体から炎狼が出現すると、一直線に夕へと向かう。

 ツバメの牙が夕を捉えた。そう思ったとき、夕が忽然と姿を消した。

 まさか、王力を使ったのか。では、どこに。逡巡したとき、ツバメが俺に向かって吠えた。


 咄嗟に床を蹴って前に飛んだ。次の瞬間、俺の背中に鋭い痛みが走った。

 振り返ると、そこには夕が剣を突き出した姿があった。

 俺は体ごと後ろに向く流れで、倶利伽羅を振るった。夕の腕は俺の剣の間合いに入っている。


 だが、その一太刀は空を斬った。

 また、王力を使ったのか。苦々しい思いをしていると、ツバメが俺の背後に唸り声をあげて飛びかかってきた。

 再び振り返った俺。そこには痛みに顔を歪める夕がいた。


「つうっ!? 王力相手だとやりづらいね」


 炎狼のツバメは夕の臭いを覚えたのか、俺よりも先に反応できたのだ。

 痛みでできた隙をつき、俺は倶利伽羅で斬りかかった。

 その一振も当たる直前に消えられてしまった。


 今度はどこに出てくる。


「ツバメ、警戒してくれ」


 俺達は少しの間、全集中力を注いで夕の攻撃を待った。

 だが、次の動きがなかった。どこかで伺っているのだろうか。

 瞬間移動を使われれば、一気に距離を縮められる。俺に王力があることを知ったからか、攻撃するのをあぐねいてるのかもしれない。


 少しの間、沈黙が流れると、どこからか夕の声が聞こえてきた。


「馬岱だっけ?素直にここを去るなら追わないよ」

「そんな言葉信じられないな。さっき、斬り殺そうとしたじゃないか?」

「口封じも必要だと考えてねぇ。でも、王力持ちとやり合うのは危険と分かった。だから、見逃そう」


 随分と上から目線の言葉だと思った。

 俺達の事を脅威と判断したことは分かった。なら、何故、左慈を殺したのか。

 王力を奪うためか。それともこの里の長になるためか。


「何故、左慈殿を殺した?」

「はあ? それ聞いてどうすんのよ?」

「左慈殿は天下を取りに行こうとした。それがいけないことなのか?」

「はあ~……。里の掟を知ってる? 星砕けたとき、次代の覇者に従うってさ」


 冥に聞いた話だ。それが左慈を殺したのとどう関係が。


「馬岱はさぁ、この里にどれだけ掟があるか知ってる? そりゃあもう、うんざりするほどあるんだよねぇ。そんな中にはさ、命令を全うするなら親兄弟でも見捨てろってのがあってさ。馬鹿げた掟だろう? 生まれたのがここってだけで人生は決められるし、肉親でも切り捨てる。それだけやって、俺に何が残るんだ? ただの自己満足だけじゃないか」


 俺は返す言葉が見つからなかった。確かに夕の言う通りだ。

 生まれた場所によって人生が決められてしまう。自由のない人生など、生きている意味がないようにも思える。

 夕はそのことに憤りを覚えていたのか。


「だからさぁ、驚いちゃったよ。影様に王力が宿った時は。でも、あれだけ掟、掟と言っていた影様が里の掟を破っちゃうんだよ? そりゃあ、殺すよ。だって、掟が全てだからさ」

「じゃあ、王力を手に入れたお前は何がしたい? この里を長になるのか?」

「馬鹿だなぁ。こんな里、滅んじゃえば良いのさ。掟に縛られる人生なんていらないんだよ。まあ、影が死んで、王力も無くなれば自然と淘汰されると思うけど……。でも、少しは憂さ晴らししなきゃね」


 そう言い残すと、夕の声は聞こえなくなった。

 周囲を警戒していると、悲鳴が聞こえた。それもひとつではない。

 憂晴らしとはこの里を滅ぼすということか。


 俺は左慈の家を飛び出す。そこには幾つもの家が火を上げており、地面には複数の死体が転がっていた。

 俺は怒りを覚えた。左慈は掟を破ったと言われれば、そうかもしれないが、ここにいる人達は殺される謂れはない。


「馬岱!」


 俺に声をかけてきたのは、冥であった。その後ろには彩がいる。


「何が、どうなっているんだ?」

「夕だ。全て夕がやったことだ。夕はこの里を滅ぼす気だ」

「なんだと? しかし、夕一人でこんな……」

「夕は左慈殿から王力を奪った。その力を使っているんだ」


 冥がごくりと唾を飲んだ音が聞こえた。

 そこら中で悲鳴が響き渡っている。このままだと、冥や彩も危ういかもしれない。


「冥、彩、俺は夕を追う。君達は逃げ――」

「いや、俺達も戦う。里の者の不始末は里の者でケリをつけなければならない」

「それも掟か?」

「半分は私怨だ」


 冥が微かに笑った。余程嫌な思いをしたのだろう。

 味方は多い方が良い。


「ツバメ、夕の臭いを追ってくれ」


 ツバメは軽く吠えて答えると、村の中を駆け出した。

 置いていかれないように、俺は全力で走った。横目で村の惨状を見る。

 女、子供関係なしに殺している。更に怒りを覚えていると、ツバメの足が止まった。低い唸り声をあげている。


 その視線の先には夕がいた。


「おやぁ、追いかけて来たのかい? そのまま逃げれば良かったのに」

「虐殺を見て見ぬ振りはできない」

「随分な正義を掲げているようだ。こんな里がなくなろうと知ったことでは無いだろうに」


 夕の言う通りかもしれない。だが、ここで人を見捨ててしまえば、一生後悔することになる。

 後悔がどれだけ人を前に進む力を阻むか知っている。立ち上がれなくなる時もある。

 何をやっても後悔することもあるだろう。それなら自分の心に従って後悔したい。


「俺は俺の正義で戦うと決めた! 夕、お前を止める」

「ははっ! いいねぇ。そういう良い子ちゃんはこの世界ではすぐに死ぬんだ。真っ先に殺してやろう」


 夕が消えた。王力を使ったな。だが、こちらも王力があるのだ。ツバメの鼻なら、捉えられる。俺は倶利伽羅を構えて夕の訪れる瞬間を待った。


 その時、ツバメが吠えた。

 俺は前方に飛ぶ。俺のいた所に夕の剣の切っ先が走った。

 また夕が消えた。次はどう来る。また背後を狙うか。それとも横か。いや頭上からかもしれない。


 全周囲を守り切るなんて不可能だ。だが、やるしかない。


「馬岱!」


 冥が俺の名を呼ぶと、背中にピタリと着いた。


「彩も来い!」


 俺と冥と彩の三人で背中を合わせるようにして、各々の死角を防ぐことができる。

 ツバメが吠えた。夕が来る。

 俺の前には来ていない。他の二人に行ったか。


 いや、気配を周囲に感じない。これは。


「上か!」


 俺は空に目を向ける。そこには天から舞い降りる夕の姿があった。

 倶利伽羅を天に向け、夕を迎撃する構えを取った。襲い来る夕が顔を渋くした。

 ぶつかり合うと思った刹那、夕は姿を消した。


 また消えたか。だが、この構えなら攻めあぐねることになるだろう。

 俺達から少し離れたところに夕が姿を見せた。苛立ちを隠せていない表情だ。

 

「まったく、邪魔なことをしてくれるねぇ。でも、死角を隠すだけじゃあ、俺は殺せないよ?」


 その通りだ。夕に一撃を与えるには、奴の反応を上回る必要がある。

 今の俺達にそれができるのか。力量では劣っているが、俺にも王力がある。

 ツバメで活路を見いだせないか。俺は考えを巡らせていると、夕が一瞬ふらついた。


「ツバメ! 噛め!」


 咄嗟に出た言葉。ツバメは夕の腕に飛び掛かった。

 ツバメの牙は空を噛んだ。夕がまた消えてしまった。

 すぐに夕は姿を見せる。だが、心なしか、疲労の色が見える気がした。


 慣れていない王力を連発で使用しているせいなのか分からないが、今が攻め時だ。

 俺は再び、ツバメに指示を飛ばした。


「噛め!」


 ツバメが目にもとまらぬ速さで駆け、夕に飛び掛かる。


「くっ!?」


 夕が消えた。いや、夕はすぐに姿を見せた。が、体がふらついている。

 今なら仕留められる。ツバメに最後の一撃を指示を出そうとした時、夕が全身を震わせ、光を放ち始めた。


「ぐうぁぁぁぁ!」


 夕の悲鳴が響く。

 光は体からだけでなく、目や口からも出ている。光は更に力を増していくと、夕の体も膨張し始めた。


「馬岱、これは!?」


 冥の問いかけに、俺はかつて文献で読んだことを伝える。


「王力の器……。夕は王力を受け止められる器じゃなかったんだ」

「どういうことだ?」

「王力に覚醒した人物は、その力を入れる心の器を持っているんだ。だが、王力を奪った者に、その器があるか分からない。奪った力が大きければ大きいほど、器が満たされていく。そして、最後には溢れてしまう」

 

 そう、今まさに夕から王力が漏れ出したのだ。

 このままではまずい。王力の暴走が始まってしまう。


「冥、彩、逃げるぞ!」


 俺達は一斉に駆け出す。

 夕の絶叫が一帯にこだまする。その声が次第に消えて行くと、里の家々を照らすほどの光を放ち、爆散した。 

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