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炎狼

 荊州への旅に出る前日に馬騰の屋敷に呼ばれた。

 応接室に通されると、そこには馬騰と孟起が並んで座っていた。


「いよいよ、明日、出立だな」


 馬騰の言葉に俺は頷いた。


「荊州まで順調に行けば二ヶ月ほどの旅になりそうです」

「過酷な旅となるだろう。そんなお前に、授けたいものがある」


 使用人を呼ぶための鈴を鳴らした。少しすると、奥の扉から使用人が一振りの剣を手にして入ってきた。

 馬騰が使用人の手から剣を受け取る。

 

「馬家に伝わる名剣、倶利伽羅くりからを渡そう」

「そのような物を私に? 良いのですか?」

「うむ。孟起の申し出によるものだ。礼は孟起に伝えると良い」


 そう言うと、孟起へ視線を向けた。

 孟起はその視線に頷くと、真剣な眼差しで俺を見つめた。


「道中、何があるか分からない。お前ならば心配はないと思うが、役立ててくれ」

「そうでしたか。孟起兄さん、ありがとうございます」

「ああ。それでは、父上」


 孟起が馬騰に促すように言うと、馬騰は俺に向けて手招きをした。

 席を立ち、馬騰の傍に寄って膝をついた。


「賢正、お前に王力を授ける」


 思わず目を大きく開いて、馬騰を見た。

 王力。かつては皇帝のみが持ちえた魔法のような力。

 いや、王力を持ったものが皇帝になってきたのだ。


 王力こそが血や生まれよりも貴きとされており、たとえ長男がいたとしても王力に目覚めたのが、それ以降の子であれば、王力を持つものが皇帝となってきた。

 今、曹操が保護している皇帝には王力がない。皇帝の威光は王力があってこそのもので、皇帝を擁立していようとも、その皇帝自身の権威は失墜したままだ。

 王力を手にした者が、この国の覇権を巡る戦いに参加できると言っても過言ではない。


 漢王朝になるまで、多くの英雄たちが王力を手にし、天下の覇権をかけて争っていた。

 それこそ、身分の低い者でも王力を授かれば、天下取りを目指すことができたのだ。

 今、流れ聞く話では王力を手にしている者は六人いる。


 俺達、馬家の長であり、涼州を治める馬騰。

 大陸の北を制覇した袁紹えんしょう

 南東で躍進している孫策そんさく

 

 天下無双の呼び声が高い呂布りょふ

 大陸の中央に位置し、周囲を敵に囲まれつつも勢力を拡大しつつある曹操。

 そして小勢力ながらも、草鞋わらじ売りから、立身出世を遂げた劉備。


 王力を手にした者達は、その力に魅入られたように各地で王力を振るっている。

 誰もが上辺では漢王朝の復興のためと、義をかざして戦っている。

 だが、裏では己こそが天下人だと考えているだろう。馬騰もそのような思いを抱いているかもしれない。


 そのような王力の一部を俺に分けようとしている。 


「恐れながら申し上げます。私のような若輩者に授けるよりも、もっと適任の者がいると考えます」


 俺は恐縮し、頭を深く下げた。

 王力を手にする方法は二つある。それは王力に目覚めた者から分け与えられるものが一つ。

 そして、もう一つは王力を持つ者を殺した時だ。


 董卓は王力を保有していたが、呂布に殺されたため、その王力は呂布に渡っている。

 王力を持つ者が、他の王力を持つ者を殺せば、さらに王力を手にすることができる仕組みだ。

 今までは王力を持つ者が、持たざる者達を倒していった構図だが、ここからは違う。


 王力を持つ者同士が戦い、相手の王力を奪い合う戦いになるのだ。

 その前に力を分け与えて良いのか。


「賢正、表を上げよ」


 馬騰が優しい声音で言った。


「戦いは激化の一途を辿るであろう。だが、戦いは何も戦場だけとは限らん。お前の旅もまた戦いだ」

「叔父上……」

「儂も腹心の部下たちほどの力を渡すことはできぬが、受けとってはくれぬか?」


 ここまで言われれば、返す言葉もない。

 俺は床に額をこすりつけた。


「ありがたき幸せ」


 ただただ、俺は馬騰に感謝をし、顔を上げた。

 馬騰はそんな俺に手を伸ばす。その掌から蒼い光が発せられた。

 蒼い光は俺の体を包むと、溶け込むように消えた。


「これで王力をお前は手にした。その力で勝利を掴んで見せろ。頼んだぞ、賢正」

「はい! 必ずご期待に沿えるよう、尽力いたします」

「うむ。孟起、王力の扱い方はお前から伝えてやれ」

「承知しました」


 孟起が了承すると、馬騰は席を立ち応接間を後にした。

 残った俺に孟起が言う。


「父上の王力は炎狼を操るものだ。まずは炎狼を出すところからだ。目を閉じて集中する。己の体に巡る別の力を探してみろ」


 別の力。俺は集中すると、体の内側から温かなものを感じた。

 その温かさはへその少ししたから広がっているようだ。


「孟起兄さん、感じました」

「よし。次はその力を手に集中させる。ゆっくりでいい。力が手に移る感覚を想像しろ」


 孟起の言葉に従って、手に温もりを移していく。

 手が熱を帯び、熱くなってきた。


「手に感じます」

「ならば、その力を掌から放て。力を入れて解き放つのだ」


 俺は掌に熱を収束すると、一気に力を込めて発した。

 突然、蒼い炎の揺らめきが現れると、それが形をなしていく。

 それは狼、というには少し怪しい大きさの炎狼が現れた。


 その炎狼を見て、孟起が頷いた。


「与えられた力は、それほど大きくは無いが戦うには十分な力だ。今の感覚を覚えておけ」

「分かりました」

「あとは炎狼を操るところだ。声に出して指示するのが一番楽だが、頭の中で念じることでも動く。何度も繰り返して感覚を掴むといい」


 俺は頷くと炎狼に指示をする。


「孟起兄さんの所へ歩け」


 だが、炎狼は俺の足元から動かず、終いには後ろ足で首をかき始めた。

 舐められている。そんな感じがする。

 孟起が苦笑した。


「初めはそんなものだ。何度も繰り返す事が重要だ」

「はい……。分かりました」


 炎狼に舐められている気がするが、こればかりは練習を重ねるしかない。

 欠伸をする炎狼のあごの下をさすった。


「賢正、過酷な旅になるだろうが、きっとお前を強くする。お前の帰りを待っているぞ」

「はい! 兄上を刮目させてみせます」


 俺は名剣倶利伽羅と王力を手にした。

 動乱の世を渡る力を。



 俺は涼州から隣の揚州を通った。

 基本、街道沿いを歩き、休憩所を兼ねている井戸で水を汲んで飲んだ。

 ひょうたんに水を入れると、荷物を背負って街道を歩き出した。


 旅はなかなか過酷だ。食材は調達せねばならないし、手に入れても、それを調理する鍋等も必要だ。

 おかげで大量の荷を背負うことになった。

 だが、この旅での収穫もあった。炎狼がかなり扱えるようになったのだ。


 最初は指示も聞かなければ、すぐにどこかに走っていく、といった具合だったが、今は声を出せば言うことをちゃんと理解してくれる。

 俺は炎狼に名前をつけた。ツバメ、という。

 小蘭が軒下に巣を作った燕を愛しそうに眺めいてたのを思い出し、そう命名した。


 ここでも小蘭の面影が残ってしまっている。それほどまでに愛してしまったのだ。

 少し感慨深くなっていると、日が暮れ始めた。旅は基本野宿だ。寝起きは体が痛いが、それも慣れたものだ。

 だが、少し雨が降りそうな天気模様だ。近くに林があるので、今日はそこを寝床にしよう。


 林の中で薪になるような木を探していると、馬のいななきが聞こえた。

 そちらの方に目を向けると、黒い装束に身を包んだひとが馬に乗って駆けてきた。

 俺のいる林まで来ると足を緩めた。その時、馬の背に乗ってい人が、地面へ吸い込まれるように落ちた。


「大丈夫ですか!?」


 俺は駆け寄ると、呻き声をあげている人の体を見た。

 幾つもの切り傷がある。倒れた人はよろよろと立ち上がると、荷物から小さな壺を取り出した。

 馬の後ろに回ると馬のしっぽに小さな壺を近づけると、しっぽに何かの液体をかけた。


 そして、火打石と思われるものを馬のしっぽに打ち付けると、火の手が上がった。

 馬は悲鳴をあげると平原を駆けて行った。


「これで時間が稼げれば……」


 黒装束の人が喋った。それはまだ幼い女の子の声に聞こえた。

 フラフラと林に向かっていく黒装束の人は林に辿り着いたところで力尽きたように倒れた。


「あの?」


 俺は声を掛けたが反応がない。浅い呼吸をしているので生きてはいるだろうが、このままでは危険かもしれない。

 俺は持ってきた気つけ薬を口に含ませて、ゆっくり水を飲ませた。

 薬を飲み込んだのを確認すると木の陰に連れていき、横たわらせる。


 一体、この黒装束の人は何者だ。口元を隠している布を取ると、可愛らしい少女であることが分かった。

 傷は幾つもあるが、どれも浅そうなので出血による死は無さそうだ。

 少し安心していると、馬が駆ける音が聞こえた。それも多数の足音だ。


 俺は林から出ると、近くまで馬が近づいてきていた。

 馬群の先頭にいた人が指をさして指示を出しているようだ。

 もう少し近寄ると、馬に乗るもの達の姿が分かった。武装した集団であった。


 先頭に立って指示していた人が俺に気づいたのか、馬を走らせてきた。

 馬が近づき、その人の顔が見えた時、俺は体が緊張したのを感じた。


「旅の……者か?」


 少し間の空いた喋り方をした。

 だが、そこは問題ではない。この男から伝わる力強さに俺は飲まれつつあった。


「は、はい。そうです」

「ここらで……黒装束の者を……見なかったか?」


 この男はあの少女を追っている。あの少女が何者で、この男が何者か分からない今、状況を確認せねばなるまい。


「さあ? 何かあったのですか?」

「知らぬ……のなら良い」

「そうですか。あの、あなたは?」

「俺は……夏侯淵(かこうえん)だ」


 夏侯淵。俺はその名に思わず身構えてしまった。

 曹操孟徳の腹心の武将だ。

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